第171話 最後の日
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姫愛の転校が決まってからのことは、驚くほどとんとん拍子に進んでいった。
学校への手続き、新居の用意など、まるで何かに導かれるように一切の淀みなく準備が進んでいったのだ。
そして、零音と姫愛はそれ以降ほとんど会話することもないままに転校の日を迎えることになるのだった。
朝の教室で担任から姫愛が転校することを告げられた零音は一瞬驚きながらも、どこかで安堵している自分がいることに気づいた。
「突然のことで私自身も驚いていますが、みなさんと勉強できたこの期間は私にとって得難い経験となりましたわ。次の学校へ行ってもみなさんのことは忘れません。今までありがとうございました」
そう言って頭を下げる姫愛。
クラスメイト達が口々に悲哀の声を上げるなか、姫愛は一瞬だけ零音の方へと目を向ける。二人の視線が絡み合ったのはほんの一瞬、すぐに姫愛は悲しみと怒りの入り混じったような目をして視線を逸らした。
そんな姫愛の様子にズキリと胸が痛んだが、それも短い間だけ。その痛みもすぐになくなり心の奥底へと沈んでいった。
(転校……か。晴彦を狙う人がいなくなるのはありがたいけど、でも本当に急っていうか。転校ってそんなに急に決まるものなのかな)
「……まぁいいか。どうせ私にはもう関係ないことだし」
あの日以降、姫愛は転校準備のために休むことも多くほとんど学校には来ていなかった。来ていたとしても零音と会話することはほとんどなく、そして零音からも声をかけるような真似はせず、避け合うような関係となっていた。
そのことを晴彦にはずいぶんと訝しげに思われはしたが、言葉巧みに躱し、追及は避け続けていた。姫愛自身が零音の、そして晴彦のことを避けていたことも大きい。
直接の原因について晴彦が姫愛に尋ねることはできなかったのだ。まるで世界がそう導いているかのように。
「今日ハル君は熱だして休んでるし、本当に都合がいいというかなんというか……」
あらゆる状況が零音にとって優位に働いていた。今日が終われば姫愛は転校し、もう会うこともなくなる。そうなれば今は疑念を抱いている晴彦も姫愛のことを記憶の底に沈めていくだろうと零音は考えていた。
「どのみち、ハル君と一緒にいるのは私なんだから」
だが、そう簡単に全てが終わるはずはなかった。
姫愛がいる最後の一日はあっという間に終わりを迎えた。
姫愛が登校するのが最後ということもあって、クラスメイト達から話しかけられ続け、その対処に追われていた。零音にとっては普段と何も変わらない日常だったが、それぞれが関わることもなく一日を終えようとしていた。互いに関わることもなく、そのまま終わるはずだった一日。
しかし放課後となり、先生から頼まれた用事を終わらせた零音が教室に鞄を取りに戻ったその時、彼女は……姫愛はそこにいた。
教室には他に誰もいない。いるのは姫愛一人だけ。
「…………」
「…………」
微妙な気まずさが教室に中に満ちる。
どうしたものかと悩んだ零音だったが、すぐに気を取り直して鞄を取りに自分の机へと向かった。そして鞄を手に取り教室を後にしようとした零音のことを姫愛は呼び止めた。
「朝道さん(・・・・)」
「……なに、東雲さん」
「何も言うことはないんですの?」
「あぁ、そっか。今日で終わりだもんね。ハル君が今日休んじゃったのは残念だけど、この数ヶ月間楽しかったよ。ありがとう。ハル君の分も合わせてお礼言っとくね」
「っ……」
神経を逆なでするするような零音の言い方に姫愛はキッと目つきを鋭くする。
「あなたはっ!」
「ごめん、ハル君の家に行かないといけないからもういいかな」
拒絶するような零音の言い方に姫愛は言葉を詰まらせる。
「ごめんね。本当はもっと色々お喋りしたかったけど」
「……わかりました。そして、あらためて認識しましたわ。私は……あなたのことが嫌いです」
「……だろうね」
嫌い、という言葉にチクリと胸の奥が痛む。しかしこれが自分の選んだことなのだと自分に言い聞かせ、なんでもないように装う。
そしてそのまま教室から出て行く零音。その背を姫愛はただ見送ることしかしなかった。
それが最後だった。
結局最後まで二人は目を合わせようともしなかった。
それから時が経ち、姫愛の、そして零音の心の傷は完全に風化し過去のものとなった。しかしそれは忘れたわけではなく、時折思い出したかのように疼きを訴える。この時の悲しみを、怒りを、決して忘れるなと。
それは三年後、零音と姫愛が再会するその日まで続くこととなるのだった。
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次回投稿は6月26日21時を予定しています。




