第166話 壊れる関係
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「どうして……どうしてどうしてどうしてっっ!!」
「れ、零音さん……?」
地団駄を踏みながら、狂ったように連呼する零音。普段の零音を知っている姫愛からすれば、その様はあまりにも異様で、一瞬目の前にいるのが本当に零音なのかどうか疑ってしまったほどだ。
「晴彦のことが好き? ふざけるなっ! そんなの認めない。絶対に認めないっ! 私以外の誰かが晴彦の隣に立つなんて、そんなのあり得ない! 晴彦の隣に立っていいのはこの世界でただ一人、私だけなんだ! ただのモブでしかないお前が、晴彦の隣に立てると思うな!」
それは紛れもない零音の感情の発露。今までずっと深く深くに封印してきた零音の本当の部分だ。
姫愛が自身の想いを零音に告げたことをきっかけに、零音がずっと隠してきた心が表へと現れてきていた。
あるいはそれは、『朝道零音』ではない部分が初めて姫愛の前に姿を現した瞬間と言ってもいいのかもしれない。
「っ……あ、あなたは……誰ですの」
あまりにも異様な零音の変化に、姫愛は思わずそう呟いてしまった。
それほどまでに零音の変化は急で、いつもの『朝道零音』を知る姫愛にとっては受け入れがたいものだったのだ。
しかしそれを告げた瞬間の零音の反応もまた顕著だった。
「っ……あぁ、そっか。そうだよね……あなたは結局、私が誰かなんてことすら知らない。はは……あはは……なんで私、そんなモブ相手に本気になって……ダサ。ダサすぎでしょ」
「さっきから何を言ってるんですの、零音さん!」
「別に。あなたには関係ない。これは私の話だから」
「っぅ……」
「でもだからって認めるわけにはいかない。あなたという存在を。ねぇヒメ。最後のチャンスをあげる」
「最後の……チャンス?」
「そ。今自分が言ったこと。晴彦への想い。全部無かったことにしてよ」
「……え?」
「うん、名案じゃない? そしたらさ、私もさっきのことを忘れて、お友達ごっこを続けてあげるから」
「お友達……ごっこ?」
「何? もしかして私のことを本当に友達だとでも思ってた? 確かに『朝道零音』だったらそうかもね。でも私は違う。あなたのことを友達だと思ったことなんて一度もない」
「っ……さっきから何を言ってるんですのあなたは!」
グラグラと視界が揺らぎ、足元すら定かではなくなる。困惑、怒り、悲しみ、ありとあらゆる感情がないまぜになって、処理しきれない。
それでも姫愛はその中で必死に己を保って、零音に対して言葉を紡いだ。
そんな姫愛の言葉に対しても、零音はどこまでも無情だった。
「事実だよ。ヒメの知らない私の真実。お友達ごっこ。楽しかったでしょ? 何も知らない、世間知らずのお嬢様。警戒して近づいたけど……やっぱりそれが間違いだったかなぁ。下手なことして晴彦に近づかれたら困ると思っただけだったけど。でもあの段階じゃどうにも言えなかったしなぁ。その後が問題だったのかも」
己の行動を反省する零音。それはまるで、『朝道零音』という人物の行動を第三者の視点から批評しているようで。
あの時こうしていれば、あぁしていればと、まるでゲームで選ばなかった選択肢の先を想像するような言葉。
零音のそんな様子を見て、姫愛はいよいよ目の前の人物が自分の知る『朝道零音』だとは思えなくなってしまっていた。
「ふ……ふざけないでください!」
「? どうしたのヒメ」
「私のこの想いを無かったことにしろと……あなたは本気でそうおっしゃるんですの?!」
「うん、だからそう言ってるでしょ?」
「っ……私がどれだけの覚悟であなたにこの想いを告げたのか、わからないわけじゃないでしょう!」
姫愛が零音に対して想いを告げたのはある意味で筋を通すためだ。常に晴彦の隣にいる零音。そんな零音が晴彦に対して少なからぬ想いを抱いているのはわかっていたから。
想いを告げて零音に手伝って欲しかったわけじゃない。ただ、何も言わないのは友人として違うと、そう思ったのだ。
初めてできた友人……親友と呼べるかもしれない人を欺くような真似はしたくなかったから。
しかしそんな姫愛の想いを、零音は最悪の形で踏みにじった。
「あなたの想いに興味なんてないもの」
「え……」
「私はあなたが晴彦に近づくか否か。心配してたのはそれだけ。そしたらまぁ案の定というか、くだらない想いを晴彦に対して抱いたみたいだけど」
「くだらない……想い……」
「黙って友達のままでいればよかったのに」
「何の、なんの資格があってあなたが私の想いをくだらないなどとっ! 人の想いを馬鹿にする権利などあるはずが——」
「あるよ。この世界でただ一人、私にだけは」
「え?」
「私は……私が私になる前から晴彦のことを知ってた。それこそ生まれる前から。そして生まれてからずっと、晴彦と出会う前からずっと晴彦のことだけを想って生きてきたの。それ以外のことには目もくれず。ただ晴彦のために、ただ晴彦に相応しくなるために。晴彦に選んでもらうために。そのために私は自分の容姿を磨いた。勉強も家事も、全部全部全部晴彦のため。まぁそのせいで晴彦以外のクソみたいな男に言い寄られたりもしたけど。それはそれで私がちゃんと晴彦のために成長してる証ってことで耐えたけど。私は十年以上晴彦のことを想い続けてるの。それを、ぽっと出の、出会って数ヶ月程度しか経ってない奴に好きですなんて言われても、重みも、深さも感じない。感じるわけがない。ヒメの晴彦への想いが、私の晴彦への想いに勝るはずがない!!」
「あ、あなたは……」
零音の言っていることの全てを理解できたわけではなかったが、零音の言葉から確かに感じたのは晴彦への異常なまでの執着。
零音は本気で言っているのだ。己以外に晴彦に相応しい人間などいないと。そしてそれを裏付けるだけの努力を零音は重ねてきた。
「ねぇ、ヒメは晴彦のために何をした? 晴彦のためにどこまで捧げることができる? 私の全部は晴彦のためにあるの。私の全部は晴彦のもので、晴彦の全部は私のもの。私が晴彦が望むならなんだってしてあげることができる。ヒメにそれだけの覚悟がある? ただ晴彦が『好き』なだけのヒメに」
「私……私は……」
「できないよね。何も。晴彦のことが好きだって私に言ったのも、あなたは私のためだなんて思ってるんだろうけど……はっ、笑わせないで。違うでしょ。あわよくば私に手伝ってもらおうとした。私に身を引いてもらおうとした。そうでしょ?」
「ち、違います!」
「違わないよ、何も。もしあなたが真に私のことも想ってくれるなら。晴彦のことを想ってるなら。何も言わずに身を引くべきだった。でもあなたは私に黙っているのがツラいとか、私と対等であるためだとか、そんな自分本位の、自分が楽になりたいがための理由で今回の場を用意した。結局ヒメは自分のことしか考えてない。それを言われた私がどう思うのかも、友情なんてどうでもいい言葉を言い訳にして考えようとしなかった」
「そんな、ちがう……私……」
容赦のない零音の言葉にいよいよ立っていられなくなった姫愛はその場に膝をつく。
そんな姫愛を零音は凍えるような、冷徹な瞳で見つめていた。
「……残念だよヒメ。あなたは舞台に立つ資格を持ってないから。ふふっ、まぁそれなりに楽しかったよ。バイバイ、ヒメ——ううん、東雲姫愛さん」
「あ……」
それはある種の決別の言葉。
もうどうしようもないほどに、二人の関係が壊れてしまったことを示す別れの言葉だった。
「っっ!!」
己の中のぐちゃぐちゃな感情から目を逸らすように、何よりも目の前にいる零音から逃げるように、姫愛は立ち上がり、その場から脱兎のごとく逃げ出した。
零音はそれ以上何も言わずに、そんな姫愛の事を見送った。
「はは……あはは……あはははははははははっっ!!」
気付けば零音の頭上に広がっていた曇天から、ぽつぽつと雨が降り始め、その雨は徐々に強さを増していく。
しかし零音はその場から動かず、空を見上げて狂ったように笑い続けていた。
その頬を流れるのが雨なのか、涙なのか、それすら理解せぬままに。
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次回投稿は4月3日21時を予定しています。




