第163話 テスト最終日、運命の日
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
その日の始まりは、恐ろしいほど静かで、恐ろしいほどいつも通りだった。
テスト最終日、いつもと同じ時間に起きた姫愛は同じように朝食を食べ、そして登校する。
昨日まではあれほど緊張していたというのに、今の姫愛の心は驚くほど落ち着いていた。
その理由は零音と向き合うと心に決めたからか、それとももう引き返せないと思っているからか。
どんな理由であるかは姫愛自身にも判然としなかったものの、それでも今の姫愛が前を向くことができているのは事実だ。
そして教室にたどり着いた姫愛は、彼女と、そして彼と会った。
「おはようございます」
「あぁ、おはようヒメ」
「おはよう東雲さん」
「もう昨日もテスト勉強大変だったんだよ。ハル君が全然勉強しようとしないから」
「それでまた無理やり勉強させられたんだがな」
「それでも寝不足にならないように早めに終わらせたでしょ」
「そうだけど……」
「ふふ、でも最終日ですから。今日さえ乗り気ってしまえばと思えば少しは気が楽になるのでは?」
「まぁ確かになぁ。東雲さんの言う通りか」
「ヒメ、だめだよ。まだテストも終わってないのに気を抜かせるようなこと言っちゃ。ハル君はすぐに楽な方に逃げようとするんだから」
「に、逃げねぇよ!」
「ほんとかなぁ? ちょっと怪しいけど」
「当たり前だろうが!」
「はい言質取ったからね。もし今回のテスト結果が悪かったからしばらくは勉強漬けだから」
「それは卑怯だろ!」
「私達と一緒に勉強したんだから、テスト結果が悪いなんてことはあり得ないよ。ね、ヒメ」
「そうですね。あれだけ一緒に勉強したんですもの」
「東雲さんまで!? 頼むから悪ノリはしないでくれって。こいつ言い出したらホントに聞かないんだから」
「大丈夫ですわ。私達と今まで培ってきたものを思えば、今日のテスト程度日向さんの敵ではありませんわ」
「うぐ……」
「さすがヒメ、笑顔で圧をかけていくスタイル」
信頼というものが時として一番プレッシャーになるということに姫愛は気付いていなかった。意図して圧をかける零音よりも、ともすれば姫愛からの信頼の方が今の晴彦にはプレッシャーに感じていた。
「朝から元気ねぇ、あなた達」
「あら、山織さん。って、どうしましたの? 目の下、すごい隈ですけれど」
「あー、ここ数日ろくに寝ないでテスト勉強してたから……ふぁ……」
姫愛達に声を掛けてきたのは、委員長の山織沙織。
普段はピシッと伸びた背筋も、今ばかりはだらしなく猫背になっている。軽く押せば倒れてしまいそうな雰囲気だ。
「あんまり無茶なテスト勉強するのはどうかと思うけど」
「それはわかってるけどねぇ。一点でもあげるためにはこうするしかないのよ」
「ホント、テストに命かけてるよね」
「当たり前じゃない。中学生活は勉強に捨てる! 高校に進学して華々しいリア充ライフを送るために!」
「その決意はいいんだけど、動機がそれなんだ」
「ま、まぁ動機がなんであれ、それが頑張る気力であるならよいのではないかと思いますけど」
「そうなんだけどさ。ま、いいか。あー、でもごめんね。ちょっとうるさかった?」
「ううん、気にしないで。テスト最終日まできてちょっとピリピリしてたところにいい感じの息抜きって感じだったから。日向君のテスト結果、私も楽しみにさせてもらうね」
「山織さんまで……頼むから勘弁してくれ」
「あはは、冗談だってば。さーて、それじゃあ私も最後の追い込みしとこうかな」
「ちょっとは休んだほうがいいと思うけど」
「あ~ダメダメ。今休んだら寝ちゃうから。テストになっても起きれないから」
「確かに……一日でも寝れそうな雰囲気」
「まぁ私の事は大丈夫だから、自分のテストのこと心配してなさいってね。そんじゃねぇ~」
眠そうに欠伸をしながら自分の席へ戻る沙織。
そのまま己の限界に挑むように鬼気とした雰囲気で教科書を開く。怖すぎて誰も声がかけられないほどだ。
「あれ絶対大丈夫じゃないよね」
「えぇ、そう思いますけど。まぁ、私達が口を挟むことでもないのでしょう」
苦笑しながら呟く零音に、同じく苦笑ながら同意する姫愛。
「姫愛はどうする? これから最後の追い込みする?」
「いえ、しませんわ。焦ってもいいことなんてありませんもの」
「まぁ確かにそうだけど。ハル君は?」
「すると思うか?」
「だよねぇ。まぁ私もしないけど」
何気ない、ありふれた、どこにでもあるような会話。
その流れが、次の瞬間不意に崩された。
「あ、そうだヒメ」
「?」
「今日のテスト終わり、屋上でいいよね」
「っ……えぇ、そうしましょうか」
「ん、待ってるね」
なんでもないことのように交わされる約束。
しかしそれは姫愛にとって、なによりも重要な約束だった。
「なんかあんのか?」
「ハル君には教えてあげなーい。女の子同士のお約束です」
「なんだそれ。まぁそういうことなら深くは聞かねぇけどよ」
「あ、それよりもハル君今日の夜なんだけどさ——」
約束のことを告げた零音はすでに次の話題へと移っている。
「……放課後、屋上で……」
零音と晴彦を横目で見つつ、自分の席へと戻った姫愛は今しがた交わされた言葉を反芻し、その時に備えるのだった。
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