第157話 勉強の鬼、その始まり
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「ごめーん、お待たせー」
姫愛と晴彦が数学の勉強の始めてからしばらくして、先生の手伝いに駆り出されていた零音が図書室へとやって来た。
「あ、零音さん。ずいぶん時間がかかりましたのね」
「うん。私も用事があるって言ったんだけど……一つ用事を聞いたらじゃあこれも、ついでにこれもーって、どんどん任されちゃって」
「お前そういうとこあるよなー。ま、そんだけ先生に頼りにされてるってことだろ」
「そんな形で頼りにされても全然嬉しくない。成績上げてくれるなら話は別だけどさ。手伝い聞いたくらいじゃ先生の心象くらいしか良くならないし」
「あら、心象が良いならそれに越したことはないのでは?」
「この場合はこの子ならお願い聞いてくれるってタイプの心象の良さだから。何か面倒事があった時とりあえずって形で任されちゃいそうで嫌なんだよねー」
「小学校の頃もそれで委員長とかやらされてたな」
「あー、あったあった。あれで私は確信したよ。先生の言うこと素直に聞いてもいいことないって」
「でも今も聞いてるんだろ?」
「うぐ……そ、それはまぁそうなんだけど」
「ま、人はそう簡単には変われないってことだな」
「あぁもう、私の話はいいから! それより二人は何の勉強してたの?」
「数学ですわ。日向君がわからないとおっしゃるので、その部分について」
「ふーん、どれどれ……って、これ基礎の部分? ここ勉強してたの?」
「……悪いかよ」
「悪くはないんだけど……うん、悪くはない。でもさハル君」
「なんだよ」
「授業中なにしてるの? ノートとかちゃんと取ってるよね? 宿題だってちゃんとやってるはずだし。それなのにここで詰まってたの? あのさ、勉強ってただやればいいってもんじゃないんだよ。予習も復習もする気がないならせめて授業くらいまともに受けてないと。テストで点数取るとかそれ以前の問題で——」
「ちょ、ちょっと待ってくださいな零音さん」
「?」
「とりあえず責めるのはそのくらいに。日向君も……ほら、このようにちゃんと反省……していますし」
気の毒そうな表情で晴彦を見つめる姫愛。
淡々と零音に説教された晴彦はがっくりと項垂れていた。
もちろん零音が悪いわけではない。ただ、淡々と正論をぶつけられるというのは時として理不尽に説教されるよりも辛いのだ。
言い訳のしようがないのだから。
今回に関しても悪いのは百パーセント晴彦だ。零音の言う通り、まともに授業さえ受けていれば基礎などできて当然。少なくとも、テストまでの間に忘れることなどあり得ない。
それを忘れてしまうというのは晴彦がちゃんと授業を受けていないことの証明にほかならず、そのことをわかっていながら予習も復習もしないのは愚かな行為でしかないのだ。
「私としてはまだ半分も言えてないんだけど。まぁ反省してるならいっか。それで苦労するのはハル君だし。よし決めた」
「決めた? な、何を?」
パン、と軽く手を叩く零音を見た晴彦は嫌な予感を覚えて顔を上げる。
実に晴れやかな零音の笑顔が晴彦の感じた嫌な予感をさらに助長させる。
「次のテスト、全教科七割で行こうねハル君」
「な……七割? それって……つまり……」
「うん。全教科七十点以上。本当は八割って言いたいけど、それはまたの機会にして。中間テストでそんなに範囲も広くないから大丈夫でしょ」
「いや、十分広いんだが!?」
「それはハル君がちゃんと勉強してないせい。少なくとも、ちゃんと勉強してる私とかヒメにとっては今回のテスト範囲はそんなに難しくないよ。ね?」
「えーと……まぁ、そうですわね。テスト範囲が広いかどうかは別にして、特別難しい箇所は存在しないかと思いますわ。慣れれば全部難なく解ける問題ばかりかと」
「ほらね?」
「いや、それは二人が頭良いからだろ!」
「ハル君だって別に頭悪いわけじゃないでしょ。教えたら理解できるんだし。大丈夫、私達がついてるから!」
「マジか……」
この時、零音の内心にあったのは二つのことだ。
一つは現実的理由。中学二年生の最初のテストとはいえ、成績に関わるものであるのは確かなのだ。
だというのにここで悪い成績ばかり取っていては、高校受験の時に不利になりかねない。
零音が見据えるのは雨咲学園の入試だ。今のままの晴彦の成績ではとてもではないが合格基準に達しているとは思えなかった。
もし万が一にでも晴彦が雨咲学園の入試で落ちるようなことがあれば、それは全ての計画の破綻を意味する。
そんなことを認めるわけにはいかなかったのだ。
そしてもう一つ。こちらの方がより大きな理由かもしれない。それは嫉妬だ。必死に隠そうとしればするほどに零音の内心で嫉妬の炎が大きく燃え上がる。
図書室に入って来た瞬間、仲睦まじく勉強する晴彦と姫愛の姿に、零音の嫉妬は抑えきれなくなった。
しかしそれを表に出すわけにもいかない。全てを明らかにするにはまだ早すぎるのだから。姫愛により深く、根深い絶望を植え付けるために。
その結果として、零音は晴彦に内心の嫉妬をぶつけることにしたのだ。つまりは八つ当たりである。
晴彦の成績を上げることができて、心も晴らすことができる。零音にとっては一石二鳥だ。
それに巻き込まれる晴彦はたまったものではないのだが。
ともあれ、やる気になった零音を止める言葉を晴彦も姫愛も持ってはいなかった。
「よし、そうと決まれば!」
ドンッと机の上に置かれる教科書と参考書。
それを見た晴彦は顔を青くする。
「とりあえず、今日中に数学終わらせよっか。大丈夫。六時間……いや、八時間くらいあれば終わるから」
「は……八時間……」
「とりあえず下校時間までと、家に帰ってからもだね。時間は無いよハル君、ちゃきちゃき進めていこうね! おー!」
「お、おー……ですわ」
「おー……」
やる気に満ちた零音、戸惑いつつも賛同した姫愛、そして絶望にくれる晴彦。三者三葉の声を上げる。
図書室で勉強していた他の生徒達も、この時ばかりは晴彦に同情的な目を向けたという……。
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次回投稿は12月5日21時を予定しています。




