第154話 笑み
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「…………」
夕方。帰宅の時間を迎えた姫愛は迎えに来た車に乗って家へと向かっていた。
しかし、その表情はどこか浮かない。
それを見た運転手は気遣うような声音で声を掛ける。
「何かありましたかお嬢様」
「……いえ、なんでもありませんわ」
「とてもそのようには見えませんが……ご友人と何か?」
「とんでもないですわ。すごく楽しかったですわ。本当に、すごく」
姫愛の言葉に嘘はない。初めて友人と何の気兼ねもなく遊び、それを姫愛は心の底から楽しんだ。
零音も晴彦も、姫愛のことを友人として歓迎し、遊んでくれた。そのことには感謝しかない。しかし、ただ一つの要素が姫愛の心の中に引っかかっていた。
『誰にも渡さない』
そう告げた瞬間の零音の目が、姫愛にはどうしようもなく本気に見えたのだ。
その一言が姫愛の心の奥深くに突き刺さっていた。そう、それはまるで楔のように。
晴彦に惹かれかけている姫愛の心に釘を刺すように。
あの瞬間の零音から感じたのは狂おしいほどの愛情。それが嘘のようにはとても見えなかった。
しかし、その後に冗談だと言って笑った零音からは微塵もそれを感じることは無かった。
姫愛が帰る時間になるまで、ただの一度もだ。あまりの変貌ぶりに姫愛は零音から感じた狂気的愛情など幻だったのではないかと思ったほどだ。
「でも……嘘じゃありませんわ」
今も姫愛の胸に突き刺さる零音の言葉が、幻ではなかったのだと主張してくる。
「はぁ、わけがわかりませんわ」
いつもの零音と狂気を感じた時の零音。どちらが本当の零音なのか。
今の姫愛にはまるでわからなかった。
(どちらが本当の朝道さんなのか。それともどちらも本当の朝道さん? あるいは……まだ何かを隠している?)
考えれば考えるほどに泥沼に嵌っていく思考に、姫愛はブンブンと頭を振る。
「お嬢さま?」
「なんでもありませんわ。考えすぎはよくありませんもの。考えても答えが出ないのであれば、本人に直接確かめるしかありませんわ」
零音とはまた学校で話す時間がいくらでもある。
そう考えて姫愛はそれ以上不覚考えるのを止めた。
それはあるいは……目を逸らしたのかもしれない。考え続けた先でたどり着く答えの一つを恐れて。
初めてできた友人と呼べる人物を失うことを恐れて。
姫愛は考えるのを止めて、車の窓の外に見える夕暮れへ目を向けた。
□■□■□■□■□■□■□■□■
同じ頃。零音と晴彦は姫愛が帰った後の部屋の掃除をしていた。
「あー、こんなにトランプで遊んだの久しぶりだったな」
「そうだねー。東雲さんすぐに上手くなっちゃうからビックリしちゃった」
「頭の良い人ってなんでも吞み込み早いよな、ホントに」
「じゃあハル君もそうなれるように、一生懸命勉強しないとね。今度のテスト思い切って三十位くらい上げてみる?」
「それは勘弁してくれ……そんなに勉強したら死ねる」
「勉強したくらいで死なないってば。大げさだなぁ」
「お前の勉強の教え方はスパルタなんだよ……」
「えぇ、そんなことないよぉ。あ、もう大丈夫だよハル君。ありがとね」
「ん、おぉ。もう他に片付ける場所ないのか?」
「うん、大丈夫。そんなに散らかってたわけでもないしね。ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「気にすんなって。よし、んじゃ俺も帰るわ」
「うん。宿題、忘れちゃダメだからね」
「うげ……嫌なこと思い出させるなよ」
「あははっ、明日チェックするから」
「はいはい。わかったよ」
晴彦はそう言って手をヒラヒラと振って部屋から出て行く。
それを見送った零音は……その顔から表情を完全に消した。
「…………」
向かうのは部屋の隅。そこに仕掛けてあったカメラを回収する。それをそのままパソコンに繋ぎ、カメラの映像を全て確認する。
「あー、晴彦よく映ってる。うんうん、やっぱりいいカメラ買ってもらって正解だったなぁ。お年玉だいぶ使う羽目になったけど……うん、これだけ綺麗に晴彦が撮れてるなら買った価値は十分あるかな」
カメラに映る晴彦の姿を零音は恍惚とした表情で、うっとりとした表情で見つめる。しかしその直後、すぐに表情を陰らせる。
「でも……この女が邪魔」
そう言って零音はカメラに映る姫愛のことを睨みつける。
「私の晴彦にベタベタして、仲良く喋って……余所者のくせに厚かましい。ムカつく……ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく」
姫愛の顔を真っ黒に塗りつぶす。
「晴彦は私のモノ。だってそうでしょ。『アメノシルベ』のヒロインは私。あんな女はモブですらないんだから。モブが晴彦とくっつこうなんて、そんなの許さない。晴彦は私のモノ。晴彦は私を選ぶべきなの。そのために私はここまでやってきたんだから。今さら他の女に入る余地なんて与えない」
幸いにして、というべきか。
姫愛は晴彦に惹かれ始めているものの、そのことをまだ本格的に自覚しているわけではない。そして何よりも、零音自身に友情を感じている節があった。
そこに付け入る隙があると、零音は踏んでいた。
「気づかせてなんてあげない。気付かないでね、お願いだから。そのためなら……あなたと友達ごっこでもなんでしてあげる」
そう言って零音は酷薄な笑みを浮かべた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク&コメントしていただけると私の励みになります!
Twitterのフォローなんかもしてくれると嬉しいです。
それではまた次回もよろしくお願いします!
次回投稿は10月31日21時を予定しています。




