第153話 気になる人
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「あーあ、負けちゃったかー」
「ふっ、策士策に溺れるとはこのことだな」
「最後ハル君は運が良かっただけでしょ」
「運も実力の内って言うだろ。つまり、俺は勝つべくして勝ったってことだ」
「くぅ……調子に乗ってぇ」
「あっはっは! 負け犬の遠吠えが心地いいなぁ!」
いつもはこう言ったゲームをしても大体零音が勝っていた。だからこそ晴彦は調子に乗っていた。ここぞとばかりに調子に乗り倒していた。
「それで、敗者様の罰ゲームはなんだっけか? ん?」
「もう。わかってる。わかってます。勝者……東雲さんに教えればいいんでしょ。私が今気になってる人のことを」
「おう。まぁそうだけど……いるのか?」
「んー、さぁどうかなぁ?」
「おい、ここまで来て誤魔化すのは無しだろ」
はっきりしない零音の態度に晴彦は焦れたように言う。しかし零音は意趣返しをするように曖昧な態度を取る。
「ダーメ。ハル君には教えてあげない。だって言ったでしょ。敗者が勝者に教えるって。ハル君は負けてないけど勝ったわけでもないんだから。ほら、部屋出てこれしてて」
「これって……耳栓?」
「うん、そう。もしかしたら聞き耳たてるかもしれないし」
「そんなことしねーよ!」
「万が一ってこと。終わったらすぐに言うから。ほら、早く部屋出て耳栓する。いいハル君。絶対聞いちゃダメだからね。もし聞いたら……」
「聞いたら?」
「一瞬間、ううん、一ヶ月、秋穂さんに頼んでハル君の夜ご飯は嫌いなもので固めてもらうから。もちろん私が作るお弁当もね」
「うっ……はぁ、わかったよ」
すごすごと部屋から出て行く晴彦。それを見届けた零音はそっと姫愛に近づく。
「それじゃあハル君もいなくなったことだし、罰ゲームの執行といきましょうか」
「あの、別に言いたくないなら言わなくても」
「ダーメ。ハル君はいないけど、こういうのはちゃんとやらないと。敗者には罰ゲームを。それがルールだよ」
「……って言うことは、いるんですのね。気になるお方が」
「……うん、いるよ。気になる人。ずっと昔から気になる人が」
そう言うと、零音の雰囲気がスッと変わる。
あまりに急に、そして劇的に変化した零音の雰囲気に姫愛は思わずビクリと体を震わせる。
静かに、感情の抜け落ちたかのような表情で零音は姫愛のことを見つめる。
「私はね……ずっと昔から、ハル君のことが気になってるの」
「っ!」
それはある意味姫愛に対する牽制だった。
零音は気付いていた。姫愛の心が少しだけ晴彦に向いているということに。
だからその気持ちが本物になってしまう前にその芽を摘む。
それが零音の考えだった。
「私にとってハル君はただの幼なじみなんて、そんなわけないじゃない。ただの幼なじみだったらこんな風に仲良くしたりしない。お弁当なんて作ったりしない。料理を覚えようなんて思わない」
誰だ。
「ハル君だから。相手が晴彦だったから私は一生懸命頑張ってるの。他の男子になんて欠片も興味無い。居ても居なくても同じ。ただの有象無象。晴彦のために髪を綺麗にしてる。晴彦のためにスタイルを整えてる。全ては晴彦のため。私はただそのために……晴彦に、選ばれるためだけに生きている」
誰だこの人は。
姫愛の心を蝕む恐怖。姫愛は零音の目の奥に、ドロドロとした黒い物を感じてしまった。
「誰にも渡さない。誰にも譲らない。晴彦の隣は私の場所。これまでも、これからも……ずっと。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……永遠に」
呼吸が乱れそうになるのを必死に抑える姫愛。
そのまま零音はゆっくりと姫愛へ向けて手を伸ばす。
姫愛は思わずギュッと目を閉じて——。
「なーんてね♪」
「……え?」
「どうどう? びっくりした? 昨日見たドラマでね、同じようなシーンがあったから真似してみたの」
「ド、ドラマ?」
「そ。もしかして本気だと思った? ふふん、だとしたら私の演技力も大したもんだね!」
「えん……ぎ……」
ドッキリ大成功だと笑う零音に姿に、先ほどまでのどす黒い雰囲気は感じられない。
そう。まるで本当に演技だったと、そう錯覚してしまいそうになるほどに。
「では……その、気になるお方というのは……」
「いないよ。いないいない。もし私に気になる人がいるとしたら……東雲さんかな」
「わ、私ですの?!」
「うん。あ、これは嘘じゃないよ。本当のことハル君には秘密ね」
そう言って零音はパチリとウインクする。
「それじゃあ外にいるハル君のこと呼んでくるね。次は何のゲームしようかなー」
「…………」
離れて行く零音の背を姫愛はジッと見つめる。
『誰にも渡さない』
そんな零音の言葉だけが、ずっと姫愛の脳内で反響し続けていた。
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次回投稿は10月24日21時を予定しています。




