第142話 姫愛の席は
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転校生として雨咲南中学校にやってきた姫愛は、教室に入るなりさっそくクラスメイト達に質問攻めにあいそうになった。
それは今までお嬢様学校にしか通ってこなかった姫愛にとって初めての経験だった。お嬢様学校にいるような生徒達は転校生としてやってきた姫愛を見ても質問攻めにするようなことはしない。
拍手と笑顔で迎え、休み時間になって初めて声をかけてくるようなことしかしないのだ。
だからこそ姫愛は勢いのままに質問を投げかけてくる生徒達に面食らってしまった。
どう対応すればいいのか全くわからなかったのだ。
「みんな、ちょっと落ち着いて。東雲さんが困ってるよ」
そんな姫愛に助け船を出してくれたのは、担任の先生ではなくクラスメイトの一人だった。
「あなたは先ほどの……」
「うん、さっきぶりだね。同じクラスになれたみたいで良かった。思ったよりずっと早い再会になったね」
そう言って優しい笑顔を浮かべるのは姫愛が職員室に向かう途中で出会った少女、朝道零音だった。
「あ、もちろんハル君もいるよ。ほら、あっちに」
零音の示す方に目を向けると、この喧騒の中にあるというのに机に突っ伏した姿勢で眠りこけている晴彦の姿があった。
「今日ちょっと早起きしたから疲れたみたいで」
「そうなんですのね」
全く知らない環境に放りこまれた姫愛だったが、零音と晴彦の二人がいたことで少しだけ安堵の感情を覚える。
出会ったばかりだと言うのは零音も晴彦も同じことだが、実際に言葉を交わしているのとそうでないのでは大きく違う。
「ほら、みんな! あんまり騒ぎ過ぎたら他のクラスにも迷惑だし、席に戻って戻って! 歌ちゃん先生も困ってるでしょ!」
零音がクラスメイト達の勢いを止めたタイミングで、眼鏡をかけた少女がパンパンと手を叩いてクラスメイト達を自分の席へと戻す。
「うぅ、ありがとね山織さん。さすが委員長だよ」
「歌ちゃん先生もしっかりしてください。このクラスの担任は歌ちゃん先生なんですから」
「うん、ごめんねぇ」
山織と呼ばれた少女が姫愛の視線に気づいて近づいて来る。
「えっと、東雲さんだったよね。私は山織佐那。このクラスの委員長やってるんだ。困ったことがあったら私に言ってね。力になるから」
「ありがとうございます」
「朝道さんもありがとね。あの勢いは私じゃ止められなかったから」
「ううん。あのまま騒いでたらハル君が起きちゃいそうだったし。東雲さんも困ってたしね」
「あはは、あんたはホントに日向君のことばっかりだね。らしいけどさ。あ、そうだ。歌ちゃん先生、東雲さんの席ってどこなんですか」
「そうでしたね。えっとですね、確か日向君の隣の席が空いてましたよね。そこにしましょう」
担任である朱里の言葉に、零音がピクリと反応する。
しかし誰もそのことには気づかなかった。
「ハル君の隣なら私にも近いね。私の席はハル君の前だから」
「それは良かったですわ」
「それじゃあ東雲さんの席も決まったところで、今日の連絡事項を伝えとこうかな。ついでにそのまま一限が私の授業だからー。今日は特別に東雲さんへの質問タイムにしましょうか!」
「うぉおおおおマジか! 最高だぜ歌ちゃん!」
「先生を歌ちゃんって呼ばないでください!」
姫愛はそんな朱里と生徒達のやりとりを聞きながら席へと向かう。姫愛の席の隣では晴彦が寝息を立てて眠っていた。
あの騒ぎの中でも眠れるのだから、かなり深い眠りについているのかもしれない。
「できれば寝させてあげたかったけど、挨拶しないのも失礼だしね。ちょっと待ってて」
零音はそう言うと、優しく晴彦の肩を揺すって起こす。
「ハル君、起きて」
「ん……」
耳朶に沁み渡るような優しい声音。
深い眠りについていた晴彦だったが、その声に誘われるようにしてゆっくりと目を覚ます。
「ほら、しっかりして」
「……零音?」
「そう、私。それと……東雲さん」
「しののめ? それって……あ、さっきの」
ぼんやりとしていた晴彦の目が少しずつしっかりしてくる。そして零音の隣にいる姫愛の姿を見て驚いたような顔をした。
「あらためまして、東雲姫愛ですわ」
「あー、さっきも言ったけど日向晴彦だ。まさかホントに同じクラスになるなんてな」
「えぇ、私も驚きですわ」
「それで、えーと……どういう状況なんだ?」
「今ちょうど自己紹介が終わったところ。それで、東雲さんの席はハル君の隣になったの」
「俺の? あぁ、そういえば空いてたっけ」
「うん、だから。私達でこれから助けてあげようね」
「あぁ、そうだな……ふぁあ」
「欠伸しないの」
「いやだって眠くて」
「寝るなら後にして。それか後で顔洗いに行く?」
「あー、そうだな。そうする。あ、悪いな東雲さん。ちょっと寝不足でさ」
「いえ、お気になさらず」
「それじゃあ、これからお隣さんになるってことで。よろしくな」
そう言って晴彦は姫愛に向けて手を差し出す。
屈託のない笑みを向けてくる晴彦に、少しだけ姫愛の胸がドキリと高鳴る。
しかしそれも一瞬のことで、すぐにその気持ちは収まった。
僅かな躊躇いの後、姫愛は差し出された晴彦の手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
姫愛はそう言って笑みを浮かべるのだった。
歌町朱里。零音達の2-2組の担任。26歳独身。彼氏無し。
生徒達には歌ちゃんの愛称で親しまれている。しかし本人は担任としての威厳を保てないことに少しだけ悩んでいる。
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次回投稿は8月1日21時を予定しています。




