第139話 姫愛過去編 始まりの日
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何から話したものかと姫愛は思案する。零音との間に生まれた確執について。その全てを説明するのは難しいからだ。
それに、全てを姫愛の口から伝えることはできない。姫愛と零音。二人の口から語られて初めて晴彦の抱く疑問は解消できるであろうからだ。
「晴彦様は覚えていますか? 私が晴彦様の中学校に転校してきた時のことを」
「え。あぁ。確か中学二年の春だったよな。ちょうどクラス替えが終わった直後くらいの」
「はい。そうです。本当なら雨咲学園の中等部か、別の女子中学校に転校する予定でした。ですが、私の我儘だったんです。晴彦様のいた雨咲南中学校に転校したのは」
少し思案した姫愛は、最初から話すことにした。
幸いにして時間はあるのだから。
そして姫愛は語りだす。
晴彦と零音のいた雨咲南中学校に転校してきた、中学二年生の春のこと。
全ての始まりの日のことを。
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その日、姫愛はいつになく緊張していた。
ピアノのコンサートの時ですらここまで緊張したことはないかもしれない。
「……ふぅ」
「大丈夫ですかお嬢様」
長年姫愛の運転手を務めてくれている初老の男性が、姫愛がため息を吐いたことを気にして声を掛けて来る。
「問題ありませんわ。少し緊張していただけです」
「……やはり旦那様の勧められた雨咲学園の方に行かれたほうがよろしかったのでは?」
「くどいですわよ。私が自分で決めたことです。二言はありませんわ。それに今日からだというのに、今さら怖気づいて変更なんてできません。東雲の名折れになってしまいますわ」
「ですが」
「大丈夫です。それより運転に集中してくださいな。通学中に事故なんて嫌ですわ」
「もちろんです。細心の注意を払って運転させていただきます」
姫愛がここまで緊張している理由は単純だ。今日から姫愛は雨咲南中学校に転校生として入ることになっているのだ。
まだ桜も散り切っていない四月の日。クラスの輪もできあがっていない今ならばすぐに溶け込めるのではないかという判断のもとだ。
しかし姫愛はただ転校するから緊張しているわけではない。両親の都合で転校は何度も経験してきた。それこそ国内のみならず、国外もだ。しかし、それでも今回に限ってここまで緊張しているのは今まで通ってきた学校とはわけが違うからだ。
今まで姫愛が通って来たのは、お金持ちのお嬢様が集うような、私立の女子学校ばかり。対して今回通うのは公立の中学校。
姫愛が接したきたことのないような、いわゆる庶民の集う学校。そして何よりも男子がいるのだ。その事が姫愛に大きな緊張感を与えていた。
「大丈夫ですわ。学校は学校ですもの。大きな違いはない……はずですわ」
言い聞かせるように呟いても不安は解消されない。しかし姫愛が抱くのは不安だけではない。同じくらい、もしくはそれ以上に楽しみにしていた。
これから通う学校がいかなるものであるのかということを。
「お嬢様。学校が見えてまいりました」
「っ」
運転手の言葉に姫愛は弾かれるように顔を上げる。
なんの変哲もない学校。姫愛が今まで通ってきた学校と比べればかなり小さい。それでもそれでも姫愛の胸はドキドキと高鳴っていた。
「いよいよですのね」
駐車場に車を停めて、降り立った姫愛はクルクルとその場で回転して制服におかしな場所がないかをついてきた使用人に確認させる。
「おかしなところはありませんか?」
「はいお嬢様。問題ありません。完璧な着こなしでございます」
「ならいいですわ。それでは後は伝えた通りに」
「……本当によろしいのですか?」
「あなたもしつこいですわよ。私が通うの普通の中学校。使用人を連れてきている方などいませんわ」
お付きの使用人が心配そうに言う。
これから通うのは普通の学校。使用人を連れてきている生徒などいないと姫愛は聞いている。ならば姫愛もそれに従うべきなのだ。
「郷に入っては郷に従え、ですわ」
「ですがもし万が一のことがあれば」
「ですから妥協して学校の外に警備を配置することは認めました。これ以上は認めませんわよ」
「……わかりました」
「では、行ってきますわ」
「「いってらっしゃいませ、お嬢様」」
使用人から鞄を受け取った姫愛は学校を見上げる。
ドキドキと胸が鼓動を打つ。どんな先生がいるのか。どんな生徒がいるのか。姫愛は何も知らない。
どんな人がクラスメイトになるのかということに期待しながら、姫愛は職員室へと向かうのだった。
今回から唐突に姫愛の過去編スタートです。夏の話はちょっとお預け。
そこまで長くはならない……と思いたいです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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それではまた次回もよろしくお願いします
次回投稿は7月22日21時を予定しています。




