第125話 いつか必ず
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「あー、負けちゃったかー」
「雪、あなた」
「あはは、ごめんね。最後のボール取れなかった」
「それはいいんだけど」
「ごめん、ちょっと疲れちゃったからさ。休んでくるね」
「あ……」
雫が呼び止める間もなく雪はコートから離れていってしまった。その背を雫はただ見送ることしかできなかった。
「お嬢様……よろしいので?」
「なんて言えっていうの? 残念だったわねって? 言えるわけないじゃない。勝負にかけてた思いの強さを知ってるんだから」
人一倍負けず嫌いな雪が勝負に負けて平気なはずがない。そんな雪にかける言葉を今の雫は持っていなかった。
「今はそっとしておくことしかできないわ。それに、あの子なら大丈夫だろうし」
「ならいいんですけど」
雫の視線の先では弥美と依依が勝利したことを抱き合って喜んでいる。
「試合が始まる前から少し嫌な予感はしてたけど、まさかここまでできるとはね。流石ね、あなた達。まさかここまでできるとは思わなかったわ」
「あ、先輩。いえ、私達はただ運が良かっただけですよ。それにハンデもありましたし」
「確かにそうかもしれない。でも、それでも勝利を引き寄せたのはあなた達が強かったから。ただそれだけよ。今回は私達の完敗。でも、次の試合はこうはいかないから」
「そうですね。でも、私達が勝ちます。このままの勢いで」
「あー、私はもういいよね。すっごく疲れちゃったし。ちょっと部屋に戻って休んでてもいい? 正直立ってるのもしんどいくらいなんだけど」
「そうね。あなたも雪の方も、ずいぶん疲れてるみたいだし。でも、疲れてるのは私もあなたも同じでしょう。少し長めの休憩をとりましょうか」
「そうですね。このまま第三試合をするのは体力的にも危険ですし、休憩の時間は長めに取りましょう」
「暑いから水分補給だけは忘れないようにね。奏、彼女達に飲み物を」
「わかりました。どうぞこちらへ。お好きな飲み物を取ってください」
「ありがとうございます」
「タダ?」
「えぇ、もちろんです。お好きなだけ飲んでいただいて構いませんよ」
「やった♪」
「ちょっと依依、あんまりがっつかないでよ」
「…………」
タダと聞いて喜んで飲み物の方へ行く依依の後を弥美は追いかける。
「悔しい……か」
コートに一人残った雫はジッと自分の手を見つめる。必死に試合をするなかで、いつもは綺麗な雫の手も砂だらけになっていた。しかし、雫はその手を汚いとは思わない。試合を必死で頑張った結果だからだ。
「やっぱり……悔しいものね」
冷静に自分の心を推し量って見れば、その胸中はおのずと見えてくる。
悔しいのは雪だけではない。雫もそれは同じなのだ。本気で勝ちにいって、それでも勝てなかった。それはつまり、一瞬であったとしても弥美達に気持ちで負けたということなのだから。
「私もまだまだってことね。次の第三試合……この雪辱はそこで晴らさせてもらうわよ。花音、弥美」
静かに、されどその心は激しく燃え上がっていた。
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「はぁ……負けた……か」
一人コートから離れていった雪は、誰もいない場所で一人天を仰いだ。
思い出すのは先ほどの試合のことだ。
言い訳のしようなどない。ハンデがあったことなど言い訳にもならないのだ。それを呑んだのは雪なのだから。
「っ……」
ギリッと歯を食いしばる。勝てると思っていた。負けることなどあり得ないと。しかしそれは慢心であったことを雪は思い知らされた。
「絶対の勝負なんてない……わかってたはずなのに」
勝負の世界に絶対はない。ありとあらゆる状況が作用し、勝敗を決めるのだ。それを知っていたはずなのに、雪は油断してしまった。
雫に言えばそんなことはないと否定されるだろうが、雪は今回の負けを全て自分の責任だと思っている。
「ビーチバレーはチームプレイ。わかってたつもりでわかってなかったかな」
一人でできてしまうからこそ頼ることなく解決しようとしてしまう。雪の悪い部分が出てしまったのだ。
「……あぁもう!!」
苛立ちをぶつけるかのように雪は壁を叩く。その痛みが若干雪に冷静さを取り戻させた。
「こんなことしたって勝負の結果が変わるわけじゃないのにね。負けたからって不貞腐れて……アタシは子供かってね。うん、認めよう。悔しいのは悔しい。でも相手がそれ以上だったってだけ」
試合に負けた悔しさをすぐに消化することはできない。それでも雪は受け入れることにした。弥美達の方が上手だったと。
「この悔しさは……いつか必ず晴らして見せる。絶対にね」
雪は誰にも聞こえないように、小さな声で、しかし己の心に誓うように呟くのだった。
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次回投稿は6月3日21時を予定しています。