第98話 これは不慮の事故だから
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朝。
晴彦は混乱の極みにあった。ふと違和感を覚えて目を覚ますとそこにあったのは眠り姫も驚くような美少女の顔。晴彦にとってはよく知った零音の顔だったから。
(ど、どういう状況だ……これ……)
人間、混乱が一周すると逆に落ち着くものなのだと晴彦は知った。晴彦の腕の中にいる零音はそんな晴彦の混乱など素知らぬ顔で、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
(思いだせ! 思い出せ俺! 昨日の夜なにがあった!)
しかし必死に思い出しても、晴彦の記憶にあるのは普通に夜ご飯を食べて、風呂に入ってゲームをして寝たことだけ。寝る時に零音が一緒だった記憶など一ミリもない。それもそのはずだ。深夜に零音が侵入してきたなどということがわかるはずがない。
(いや、もう何があったかなんてどうでもいい。そんなことは後回しだ。今はこの現状をどうするかが問題だ!)
原因を探っても現状が解決するわけではないと判断した晴彦は現状をなんとかする方法を探る。このままではまずいことになるということなど、どんな馬鹿でも明白だ。
まずはベッドから抜け出そうと腕を引き抜こうとした晴彦だったが、腕を少し動かしただけで零音が身じろぎして起きそうになる。少し腕を動かしただけでこれならば、完全に腕を引き抜いたら確実に起きるだろう。つまり、腕は動かせない。腕が動かせなければベッドから出ることはできない。
(……あれ? これ詰んでね?)
晴彦は一瞬でそう理解した。零音を起こすしか晴彦がベッドから抜け出す方法は無いと。それでもしばらくの間何か方法はないかと考えた晴彦だったが、妙案は浮かばない。
(……はぁ、もう仕方ないか。零音の着衣にも、俺の着衣にも乱れは無し! つまり変なことはしてない! はず! いやもうそう断定する! 断定したうえで……一発殴られるの覚悟で起こすかぁ)
殴られることは甘んじて受け入れようと決めて晴彦は零音の肩を揺らす。最初は反応が薄かった零音だが、二度、三度と肩を揺らすとようやく薄目を開く。
「……ん、なぁに? お母さん……?」
「あー、悪い零音。莉子さんじゃない」
「……え? え? はるひ……ハル君?」
超至近距離で晴彦と目が合った零音はパチッと目を開き、起きた直後の晴彦と同じようにフリーズする。零音がとてつもなく混乱しているであろうことは晴彦にもわかった。しかし晴彦と零音に違いがあるとするならば、零音はこうなった原因を知っているということだ。
(わ、私あの後そのまま寝ちゃったってこと? 晴彦が起きるまでぐっすりと? バ、バ、バカじゃないの私?! あり得ないあり得ない! そんなの絶対あり得ないって! だって、だってこの状況……どう足掻いても言い訳できないし! 晴彦も絶対わけわかんないって思ってるよね。うん、だって私だってそう思う。寝て起きていきなりいたら絶対そう思うもん! どうしよう……どうやって誤魔化そう——無理っ! なんも思いつかない!)
「あ、あの——っ!」
「ストップ零音。叫びたくなる気持ちはわかるけど今はダメだ。母さんに気付かれる」
「っ! そ、そっか。そうだよね……ご、ごめん」
「いや、いいんだ……それよりその、起きたならどいてくれると助かるんだけど」
「あ……そ、そうだよね。ごめん、すぐ退くから」
バクバクと脈打つ心臓の鼓動を無視して零音は起き上がる。今さらながらに晴彦の腕を枕にして寝ていたという現実に顔が赤くなりそうになる。必要なステップをいくつも飛ばしてしまったような感覚だ。
(あぁこんな状況なのに少しラッキーと思っちゃってる自分がいる……寝ちゃったんだよね、晴彦と一緒に。そんなの子供以来だよ。って、そんなこと喜んでる場合じゃない。晴彦になんて言い訳するか考えないと。不慮の事故? いや隣の家のベッドに潜りこむってどんな事故だよって話だし。ごめーん、私寝相が悪くてさーって? 隣の家に侵入するほどの寝相の悪さなら病院行けって話だよ! あぁ、ダメだ。どう足掻いてもこの現状の言い訳はできない! こうなったら素直に謝るしか——)
「悪い零音!」
「……へ?」
零音が潔く晴彦に謝ろうと決めたその時だった。それよりも先に晴彦が零音に謝ってきた。予想外の事態に零音はポカンとした間抜けな表情をしてしまう。
「え、え? な、なんでハル君が謝るの?」
「なんでって……なんでこうなったのかは俺にも全然わかってないけど、それでも零音の寝顔見たのは事実だし。一応謝っとかないとって、思って……ほら、女子ってそういうの気にしたりするんだろ」
「あー、なるほど、そういう……ってちょっと待って」
「?」
くるりと半回転して晴彦に背を向けた零音は腕を組んで再び思考を始める。
(この感じ……もしかして晴彦は何も気づいてない? 私が夜中に晴彦の部屋に忍び込んだことも? なら……なら、もしかしてまだ誤魔化せるチャンスはある? それなら……)
零音は晴彦の方に向き直り、この上ないほど綺麗な笑顔を作りあげる。
「仕方ないから、許してあげる。今回のことは不慮の事故みたいなものだしね」
「いいのか?」
「うん。しょうがないよ。不慮の事故だし」
「あ、あぁ……それでいいなら……いいんだけど」
あくまで不慮の事故、ということで押し切ることに零音は決めた。何が不慮の事故なのかと聞かれればそれは零音にも答えられないが、それで押し切ると決めたのだ。
「不慮の事故なら私も仕方ないなって受け入れられるし。ハル君もわざとじゃないみたいだしね」
不慮の事故、そして許してあげるという自分のことを完全に棚に上げた発言。自分に非があると思っている晴彦はそんな零音に押し切られる。
「私も……まぁちょっとは悪い所があったかもしれないし。今回はそれでお相子ってことにしよ。これでこの話はおしまい。ね、いったんお互い忘れよう! ね!」
「お、おう……そうだな」
晴彦に冷静さを取り戻させてはいけないと零音は言葉をまくし立てる。晴彦が完全に呑まれていると判断した零音は内心でホッと息を吐く。
(これでとりあえずは大丈夫かな。後は……この場から立ち去るのみ!)
「それじゃあハル君! また後でね。朝ごはん作りに来るから、二度寝しちゃダメだよ!」
言いまくし立てて、晴彦の返事も待たずに零音は来た時と同じようにベランダから脱出する。
そして自分の部屋のベランダに着いた零音はホッと胸を撫でおろす。
「もし今度やる時はもっとちゃんと気をつけようっと。今回は誤魔化せた……うん、誤魔化せたけど、次はそう上手くいくかわからないしね」
さらっと少しだけ恐ろしいことを呟いて零音は部屋の中へと戻るのだった。
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次回投稿は2月26日21時を予定しています。