第20話 零音の追跡 前編
もっと心と頭を柔らかくしなければ。まだどこか守りに入っているのです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
ゴールデンウィーク初日。
私は七時に目を覚ました。
「……七時ぴったり。よし」
今日は晴彦と井上さんが図書館に行く日だ。本当ならついて行きたいけど、あの晴彦の様子だとそれは無理だろう。
なら話は簡単。黙ってついて行けばいい。今まで通り、黙ってついて行って何をしているかを確認すればいい。
夕森の時はゲームの強制力なのか、邪魔できないということがわかった。しかし井上さんはゲームの攻略キャラじゃない。もし井上さんが『何か』しようとするなら、それは阻止できるだろうし、しないといけない。
「これで万が一井上さんと、なんてことになったらしゃれにならないし」
井上さんはあんまり積極的な性格じゃないし、そこまで警戒しなくていいかもしれないけど、晴彦は別だ。ギャルゲーの主人公になるだけあって、時折サラッととんでもないことを言う。
私自身は長年一緒にいたから慣れているけど、耐性の無い女の子が不意の一言にやられないとも限らない。
「せっかくできた友達だし、大事にしたいんだけど……ね」
井上さんは高校でできた唯一の友達だから。変な気は起こさないで欲しいな。
「まぁそれはそれとして、晴彦のお昼ご飯の準備はしないとね」
出かけるのはお昼過ぎだと言っていたから、たぶん食べていくだろうし。
リビングに降りると、すでにお母さんが起きていた。
「おはよう、お母さん」
「あらぁ、おはよう。零音ちゃん」
「お父さんは?」
「まだ寝てるわよ。ゴールデンウィーク初日だから、お昼まで寝てたいんですって」
「じゃあ、今日の朝ごはんは私とお母さんの分だけでいいの?」
「私はもう食べたからいいけどぉ、晴彦君には作らないの?」
「ハル君もまだ寝てるだろうし。お昼は作るけど、朝はたぶん起きてこないかなーって思って」
「でもぉ、いつもは朝から起こしに行ってるじゃない。今日は行かないの?」
「私この後出かけるから。起こしに行けなくて。それでお母さんにお願いがあるんだけど、後でお昼ご飯は作るから持って行って欲しいの?」
「それはいいけどぉ。珍しいわね。朝から出かけるなんて」
「ちょっとね」
「それにしてもぉ、零音ちゃんも通い妻が身についてきたわね」
「もう、通い妻じゃないよ」
「私が学生の頃にそっくりだわー。私もお父さんと結婚する前は毎日のように家に通い詰めて——」
あ、また始まった。お母さんの馴れ初め話。子供の頃から何回も聞かされてるし、正直もう聞き飽きたけど、ここで適当に聞いてると、さらに話が十倍になってしまう。
「それでね、その時お父さんったら——」
「そうなんだ」
……お父さんのことを話しているお母さんは幸せそうだ。そういう姿は正直に羨ましいと思う。今でもお母さんがお父さんのことを大好きなのは見ていてわかる。
今までの人生で、元の世界にいた時を含めても誰かを好きになったことのない私にはわからない感覚なのかもしれない。
お母さんは私が晴彦のことを好きだと勘違いしてるけど、私が晴彦に抱く感情はどこまでいっても友情だけだ。それ以外ありえないし、あっちゃいけないんだから。
「そうやって告白されて私とお父さんは結婚したのぉ」
「ホント、お母さんってお父さんのこと好きだよね」
「当たり前よぉ」
迷いなく言い切るお母さん。これだけ愛されてるお父さんは幸せ者だろう。
また長い話を聞かされるのはさすがに勘弁なので、さっさとご飯の準備をしてしまおう。
といっても、朝ごはんが自分の分だけでいいとなるとなぁ。適当でいっか。
晴彦のお昼ご飯は……ネバネバで攻めよう。オクラと納豆にしよう。理由は特にないけど、なんとなく作りたくなった。唐突に、オクラと納豆の料理が作りたくなっただけだ。他意はない。ちょっとくらいしか。……まぁ、でも一応メモくらいは残しておこう。
私は朝ごはんを食べ終わった後にあらためて晴彦の昼ご飯を作った。
それをお母さんに渡せばとりあえず朝の仕事は完了だ。
「それじゃあ、出かけてくるね」
「いってらっしゃい。ちゃんと晴彦君に渡しておくからね。零音ちゃんの愛情こもったお昼ご飯」
「はぁ、もうなんでもいいけど。ちゃんと渡しといてね」
「はぁーい」
外に出ると、空は曇っていた。朝のニュースだと降水確率はそんなに高くなかったけど……これは降りそうだな。傘持って行っておこう。
出かけて向かうのは駅前。
晴彦のスマホには駅前に午後一時に集合しようと書いてあったし、ここが待ち合わせ場所で間違いないだろう。
近くのコンビニに入って、駅前が見える窓の位置に立つ。
現在時刻は十時前。予定時刻まであと三時間。まだ時間があるけど、不測の事態に備えて早めの行動を心掛けるのは追跡の鉄則。晴彦を家から追いかけようかとも思ったけど、家の周辺は遮蔽物が少ないし、知り合いも多い。ご近所さんに見られるリスクは減らした方がいいだろう。今現在、晴彦の位置情報はまだ家から動いてない。そろそろ起きる頃だとは思うんだけど。
「え、あれって……」
駅前に見覚えのある人がやってくる。あれってもしかして井上さん!?
嘘。まだ時間までは三時間もあるのに。
「いくらなんでも早すぎるでしょ」
そわそわとした様子で髪をいじったり、服の確認をしてる。
まるでデート前の女の子のようで、これから晴彦が来るのを楽しみにしてると思うと……またモヤモヤする。
晴彦は私の幼なじみで、友達なのに。
あぁ、何考えてるんだろ。私は晴彦とエンディングを迎えれたらそれでいい。それだけ。
駅前はゴールデンウィークということもあってか、いつも以上に人が多い。
うーん、この位置だと見えなくなりそうだし外に出た方がいいかな。
外に出で、井上さんが見える位置に移動する。
「楽しそうだなぁ」
不意に口をついて出る言葉。
あれ、今私は何を……ダメだ。ちゃんと集中しないと。
こんな調子じゃ今日一日追跡するのに支障が出る。
私は追跡者、私は追跡者。感情を持たないロボットにならないと。
「なぁ、あの子可愛くねぇ」
「えー、可愛いけどよぉ、ちょっとださくねぇ」
「ばっか、そういう奴がいいんだろww」
「お前趣味変だなww」
聞こえてくる頭の悪そうな声。見れば、頭を金髪にした、見るからにDQNといった風体の二人が井上さんに近づこうとしていた。
「…………」
この二人が声を掛ければ、人見知りの井上さんは間違いなく良くない目に遭うだろう。頭の中に黒い考えがよぎる。このまま見て見ぬふりをしてしまえと。
あぁ、こういう考えになる私はきっと酷い人間なのだろう。目的のために、大事な友達を見捨てるという考えを一瞬でも持ってしまった。
そんな自分が酷く嫌になる。結局私はどこまでいっても私で、『朝道零音』にはなれないのだと言われているようで。
さっきまでとはまた違うモヤモヤが心を占める。
そして浮かぶのは、井上さんの笑顔と、晴彦のこと。
「なぁ、ちょっとさー、おれらと遊ばねぇ?」
「え、あ、あの、その……」
案の定、井上さんは二人に顔を掛けられて顔を青くしている。
「いいじゃんいいじゃん。おれら楽しい場所知ってるからよー」
「えぅ、あの、や、やめ」
かすかに抵抗しているけど、あまりにもか弱い。このままでは無理だろう。
気付いた時には、私は井上さんの方へと向かっていた。
「井上さん! ごめんね、待った?」
「え、朝道さん?」
「なになに、この子知り合い?」
「いいねぇー。君も一緒に行こうよ」
「ごめんなさい。私達行くとこあるんで」
「それよりも絶対俺達と来た方が楽しいって」
「しつこいですよ」
少しきつめに睨むと、男たちは若干怯んだようだが、それでもなお言い募ろうとする。
「でもよぉ」
「これ以上は警察呼びますよ」
少し大きめの声で話していたということもあってか、周りの人も何事かとこっちを見る。
「ちっ」
これにはさすがに男たちも耐えられなかったらしい。そそくさと去っていく。
「ふぅ、大丈夫だった?」
「あ、ありがと。でもどうして」
「ちょっと出かける用事があってね。偶然、井上さんを見かけたから」
「そうなんだ」
「でもダメだよ。ああいうのはちゃんと断らないと」
「そうだけど、怖くて」
「……まぁそうだよね。じゃあ、何かあったらすぐに私に連絡すること」
「え、でも、そんなの悪いよ」
「悪くないよ。だって私達……友達でしょ?」
「う、うん! えへへ」
「どうしたの?」
「あらためて友達って言われると嬉しいなーって」
「…………」
「ど、どうかした?」
「ううん。私も嬉しいよ。あ、私もう行かなきゃ」
「あの、ホントにゴメンね」
「気にしなくていいよ。あと、私に会ったことはハル君には秘密にしといてね」
「わ、わかった」
それだけ言い残して井上さんから離れる。
失態だ。大失態だ。追跡対象と接触するなんて。
私はいったい何をしてるのか。
「……でも、後悔はしてない」
心の中のモヤモヤが少し晴れたのはきっと気のせいじゃないと思うから。
図書館回の零音視点の話です。
彼女は当然のように後をつけるのです。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は8月28日9時を予定しています。