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第84話 雪の戸惑い

誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。

 めぐみが水着の試着を終え、試着室から出てきたタイミングで雪が言う。


「それじゃあみんなの水着が選び終わったところで、気に入った水着買いに行こっか」

「そうね。まだ見たいというならそれでもいいけれど。どうしたいかしら?」

「私ももう決まってるので。めぐみは?」

「わ、私ももう大丈夫かな」

「よしそれじゃ決まり! 何買うかは秘密ね。って言っても、何買うかなんてわかりそうなもんだけどさ。買ったらお店の外の自販機の前に集合ね。それじゃあいったん解散!」





□■□■□■□■□■□■□■□■□



 水着を買うために一度解散した零音達。それから約十分後、店の外に雪の姿はあった。


「……ふぅ」


 小さくため息を吐いた雪は自販機の前に立って小銭を入れる。


「……これでいいか」


 雪が選んだのは紙パックの葡萄ジュース。ガコンという音と共に取り出し口に落ちてきたジュースを取り出し、自販機の隣に設置されていた椅子に深く座り込む。


「はぁ~~、疲れた」


 すぐには開けず、ひんやりと冷えたジュースを額に当てて天を仰ぐ雪。そこにさきほどまでの元気一杯だった雪とは正反対の姿だ。


「ずいぶんとお疲れの様子ね」

「っ!」


 急に聞こえた声に慌てて前を向く雪。そこに立っていたのは呆れた顔をした雫だった。


「あはは、会長ずいぶん早かったね」

「買うだけなんだから当たり前でしょう。零音とめぐみは店員に捕まっていたからもう少しかかるでしょうけど」

「そっか」

「……あなた、今日はずいぶんと無茶をしていたわね」

「無茶ってなんのこと?」

「今日のあなたの明るさは……あなたらしくなかったわ。どこか演じているような……そんな雰囲気だった」

「……あー、やっぱりバレちゃったか」

「あの二人も気付いていたと思うわよ。何も言わなかったけれどね」


 雫の言葉に観念したような顔をする雪。雫は雪と同じように自販機で飲み物を買ってその隣に座る。


「ねぇ会長。『アタシ』ってなんだろうね」

「なんだろうって? どういうことかしら」

「アタシと会長とレイちゃん……零音はさ、異質な存在なんだよね。別の世界の記憶があって、元男で……今はゲームヒロインの女の子。こんなの普通じゃない」

「そうね。でもそんなの今さらの話でしょう。その手のことはもう昔に考えつくしたと思うのだけど」

「そう今さら。今さらの話……会長の言う通り昔からずっと考えてる……ううん、考えてた」

「…………」

「最近さ、ふと忘れそうになるんだ。『アタシ』が『オレ』だったって言うことを。この喋り方も慣れた。もう自然に出る。『オレ』の時間がどんどん少なくなってる。まるで『オレ』なんていなかったみたいに……」

「それがあなたの抱える焦り?」

「あんなに元の世界に帰りたいって思ってたはずなのに。ううん、それは今でも思ってる。でも……このままじゃそんな思いすら忘れちゃうんじゃないかって。それが怖い」

「だからあなたは今日、自身に刻み込むように『夕森雪』を演じたと。自分はあくまで『夕森雪』を演じているだけなのだと思うために」

「あはは……ちょっとわざとらしすぎたかな」

「控えめに言って過剰だったわね」

「だよね……わかってた」

「その結果として私達に不審感を与えて、あなた自身もそうやって疲弊してるんじゃ意味ないわね」

「うぐ、厳しいなぁ」

「私は事実を言ったまでよ」

「もっと言い方あるじゃん」

「優しさを求めるならめぐみにでもお願いしなさい」

「はいはい……」


 ふてくされた顔をしてジュースを飲む雪の姿を横目で見て、小さくため息を吐いた雫は雪の方は見ないままに話しだす。


「私だってわからないわよ。これが『私』なのか『ボク』なのか。でも私は『私』を否定しないし『ボク』であることも否定しない。どっちも大事で、どっちも捨てられないものだから。……今日の零音を覚えているかしら。ゲームの水着を見つけた時の零音のことを」

「あぁ、あの時の……うん、覚えてる」

「彼女ほど『朝道零音』であることに固執していた人間はいない。自分以外の誰かに成り切ろうとした人を私は知らない。でも彼女は……あの事件を経て変わった。『朝道零音』であると同時に『彼』であることを選んだ。乖離しているはずの二つを一つにする選択。第三の道。『朝道零音』でもなく『彼』でもない。新しい自分という道。それが今の彼女の姿」

「やっぱり……晴彦の影響なのかな」

「それも大きいでしょうけど、もう一つ……めぐみの存在ね」

「めぐちゃん?」

「彼女は強い人だわ。私達のことを知っても忌避することなく受け入れてくれた。あんな経験をしても零音のことを許し、共にある。彼女の存在もまた零音の中では大きいでしょうね」

「あはは、なんかわかるかも。零音ずっとめぐちゃんのこと気にしてるし」

「まぁ、だから私も思ったのよ。どっちかではなくどっちも。何かを切り捨てるにはまだ早いって。あなたは過去の自分を忘れそうで焦ってるって言うけど、そんなことは無いわ。深く刻まれてる自分を忘れることなんてできない。今のあなたはただ変化していく周囲に置いていかれそうで、焦って、『過去の自分』を置いて前に進もうとしてるだけ。もう一度戻って考えてみなさい。そうすればきっとわかるはずよ。『夕森雪』と『過去の自分』が切り離せないってことをね」

「…………」

「……なによその顔」

「いやぁ、会長は会長だなって」

「なによそれ」

「あはは、ごめんごめん。でも……ありがと。なんか気が楽になった」

「ふん、柄にもないことをしたわ」


 会話が途切れ、二人の間に沈黙が流れる。それぞれ買った飲み物を飲みながら零音達を待つ。それから約五分後、パタパタと小走りで零音達が近づいて来るのが雪達の視界に写る。


「ごめん。店員さんに捕まっちゃって。遅くなっちゃった」

「ご、ごめん。私が断れなかったからぁ」

「あはは! なんかめぐちゃんらしいね。でもまぁいいんじゃない。おかげでちょっといい話も聞けたし」

「ちょっと」

「「?」」

「ごめんごめん。こっちの話だから気にしないで。よしそれじゃあ水着も買ったし。後は思いっきり遊ぼっか! まだ一日は終わらないよ!」


 そう言って立ち上がった雪の表情はそれまでよりも明るく、綺麗に見えた。


これが今年最後の更新になります。今年もありがとうございました! 来年もよろしくお願いします!

来年からは新シリーズの投稿も予定しておりますので、もしよろしければそちらもお願いします。

詳細が決まりましたら、Twitter、活動報告に載せたいと思います。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

ブックマーク&コメントしていただけると私の励みになります!

Twitterのフォローなんかもしてくれると嬉しいです。

それではまた次回もよろしくお願いします!


次回投稿は2020年1月4日18時を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 過去の自分との葛藤……いいぞぉ……。
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