第75話 弥美とのデート 後編
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
本屋を出た晴彦と弥美はショッピングモールの中をブラブラと歩いていた。
「やっぱり夏休みは人が多いですね」
「だな。まぁ夏休みなんてどこに行っても同じなんだろうけど」
「外で遊ぶには暑すぎですしね。こうやってショッピングモールの中にいても汗かいちゃうくらいですし」
汗をかいてしまった弥美は服をパタパタとして風通しを良くしようとする。しかしそんなことをすれば隣にいる晴彦にはもちろん服の中が見えてしまうわけで。不可抗力とはいえ弥美のピンク色の下着が見てしまった晴彦は慌てて横に目を逸らす。
「っ! もしかして……見えました?」
「……少し」
「あはは……すいません。さすがに恥ずかしいので忘れてください」
「その。ごめん」
「いえ、私も不注意でした。こうやって男の人と歩くのなんて初めてで……」
不意に下着を見られたことがさすがに恥ずかしかったのか、顔を赤くする弥美。それでも晴彦の傍から離れることはしなかったが。
気まずい沈黙が二人の間に流れる。そんな気まずさを振り払うように、晴彦は努めて明るい声を出す。
「そ、そうだ! あそこのペットショップに入ってみないか?」
「い、いいですね! 私、子犬とか好きなんですよ!」
そんな晴彦の意思をくみ取った弥美がその提案に乗る。そのまま足早にペットショップに入る二人。晴彦達の入ったペットショップは比較的大きく、犬や猫だけでなく、鳥やハムスターなどといった小動物もいた。
「わぁ晴彦さん、いっぱいいますよ。兎までいます!」
「あんまりペットショップ入ったことないけど、色々といるんだな。お、あっちで触れ合い広場ってのやってる。行ってみるか?」
「はい! 行ってみましょう!」
動物が好きなのか、目をキラキラと輝かせて頷く弥美。そんな年相応の少女らしい一面を見た晴彦は思わず頬を緩める。
触れ合い広場、という看板のかかげられた場所に行くと子犬や子猫、兎など小動物が集まっていて人気のコーナーなのか、人が多くいた。
「わぁ! 晴彦さん、猫ちゃん、猫ちゃんですよ!」
「お、おい。そんなに引っ張らなくても猫は逃げたりしないって」
そうとう興奮しているのかそんな晴彦の言葉も聞かずにグイグイと晴彦のことを引っ張る弥美。子猫は子猫同士で集められているようで弥美は一目散に子猫のいる場所に駆け寄る。
「あの、触っても大丈夫ですか?」
「はい、もちろん大丈夫ですよ。そちらで消毒してからお願いしますね」
「はい!」
「そちらの彼氏さんも触られますか?」
「かれ……えぇと。そうですね。せっかくですから」
お店の人に彼氏と呼ばれ、一瞬たじろぐ晴彦だが否定するわけにもいかず恥ずかしさを感じつつも受け入れる。
「晴彦さん晴彦さん、見てください! モフモフ、モフモフです!」
「ちっちゃいなぁ。近所にいる猫なんかデブっててめちゃくちゃでかいのに」
「赤ちゃんなんですから当たり前ですよぉ。はぁ、可愛いですねぇ」
宝物のように子猫を抱える弥美は目をハートにして猫のことを可愛がっていた。頭を撫でたり、肉球をふにふにしたりと子猫にメロメロになってしまっている。学園でのある程度落ち着いた雰囲気の弥美しか知らない晴彦からすれば新鮮で、何より微笑ましい姿だった。
子猫を可愛がる弥美の姿を見つめていた晴彦は思わずポツリと呟いてしまう。
「可愛いな」
「えぇ、ホントに可愛いです猫ちゃん。あぁ、お父さんが猫アレルギーじゃなかったら私も飼いたいんですけど」
「いやまぁ猫も可愛いんだけどさ。そうやって猫を可愛がる弥美が可愛いなって思ったんだよ」
「へ? あ……い、いや、きゅ、急に何言い出してるんですか!」
「俺は思ったことを言っただけだぞ」
「それは一番たちが悪いです!」
リンゴのように赤くなった顔を隠すように弥美は上げていた前髪を降ろして顔を隠してしまう。
「反則、急にそう言うことを言うのは反則です」
「彼女に可愛いっていうのは悪いことじゃないだろ。そういうのはちゃんと口にしないとダメだってよく聞くけどな」
「時と場所を考えてください!」
「うぅ、晴彦さんは油断ならない人だってことがよくわかりました」
「はは、悪い悪い。とりあえず前髪元に戻してさ。その可愛い顔を俺に見せておくれお姫様」
「あぅ、しばらくは無理です。ちょっと時間をください」
前髪で顔を隠したまま、おそらく顔を真っ赤にしているであろう弥美は子猫の肉球をふにふにしながら気持ちを落ち着けようと努める。
(まぁ思った以上に悪くない反応だった……かな? ちょっとした思いつきだったけど、これ想像以上に恥ずかしいな)
急に晴彦が言いなれていないような気障なことを言い出したのはもちろん理由があってのことだ。弥美のことを可愛いと思ったのも事実ではあるが、それであんなことを言えるほど晴彦は女の子の扱いに慣れていない。さきほどの発言も足りない知識を総動員してなんとか絞りだしたものなのだから。
(今の弥美に足りないのは自分に対する自信だ。少しずつでも自分を認めれるように、まずは俺が言葉を尽くさないとな)
「晴彦さんは触らないんですか? 足元に猫ちゃん集まってますよ」
ようやく少し気持ちが落ち着いたのか、再び前髪を上げた弥美が別の子猫を抱きかかえながら晴彦に聞く。
「え、うわホントだ。全然気づかなかった……」
「しかも全部メス猫……先輩、動物でも女たらしなんですね」
「言いがかりだ!」
「つーん」
いわれのない言いがかりをしてくる弥美に思わず言い返す晴彦だが、弥美は先ほど辱められた意趣返しなのか、そっぽを向いたままむくれている。
「さっきみたいに子猫のことも口説けばいいじゃないですか」
「あのなぁ……」
「どうせ私以外の女の子にもさっきみたいなこと言うんでしょう」
「言うわけないだろ。弥美にしか言ってないから」
「私にしか……べ、別にそれを言われたからって喜んだりはしませんからね!」
そう言いながらも少し嬉しそうな弥美の横顔を見て晴彦は小さく笑い、しばらくの間猫達と戯れるのだった。
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しばらくペットショップにて子猫や子犬、兎との触れ合いを楽しんだ晴彦達はペットショップを出てから服屋や、雑貨屋、アクセサリーショップやたまたまやっていた大道芸などを見て時間を過ごした。
その頃には晴彦達の恋人ごっこも様になるようになっており、多くいるカップル達の中に自然と溶け込めるようになっていた。
そして、夕方も近づいてきた頃晴彦達は休憩所のベンチに座って飲み物を飲んでいた。
「タピオカってすごく流行ってたじゃないですか」
「そうだな。さっきもすごい行列だったし」
「もう流行も落ち着いたかと思ってたんですけどね。私も興味はあったんですけどなかなか買う気にはなれなくて、晴彦さんがいたおかげで買えました」
「俺も一回くらいは飲んでみていいかなぁと思ってたしな」
「でもこれ、美味しいですけど……よくわかんないですね」
「あはは、俺もだ。普通にミルクティーでいいなって思った」
「流行ってよくわかんないですね」
「…………」
「…………」
二人の間に沈黙が流れる。それでもその沈黙が苦ではないのは、それだけ今日一日で二人の距離が縮まった証だろう。外に見える夕日を眺めていた弥美は、飲み物を飲み終えると同時に口を開いた。
「晴彦さん」
「なんだ?」
「今日はありがとうございました。私の夢……叶えれた気がします。晴彦さんのおかげで、私は今日一日普通の、なんでもない女の子になれました。きっと一人じゃ無理でした」
「…………」
「私が普通の女の子だったら、こんな目じゃなかったら。彼氏がいたら。こんな風に過ごすことができたんだなって。こんな風に思えたのも晴彦さんのおかげです。すごく楽しかったです……だから、ここで終わりにしましょう。きっとこれ以上このままいたら私は……」
胸中に渦巻く様々な想いを抑えて、関係の終わりを告げる弥美。楽しかった、というわりにその表情は泣きだす一歩手前のように晴彦には見えた。
「偽りの彼氏彼女の関係は終わりにして——」
「その前にちょっとだけいいか」
「え、あ、はい。なんですか?」
急に話しに割り込んできた晴彦に少しだけ面喰ってしまう弥美。そんな弥美に、晴彦は鞄から小さな袋を取り出して渡す。
「なんですかこれ?」
「この関係が終わる前に、彼氏から彼女へのプレゼントだ」
「え?」
「まぁ、あんまり俺自分のセンスに自信がないから喜んでもらえるかどうかはわからないけどな」
「……開けてもいいですか?」
「あぁ」
弥美は震えそうになる手で袋を開ける。その中から出てきたのは、意匠のこらされたヘアピンだった。
「これ……」
「俺さ、今日一日弥美の彼氏をやってて思ったことがあるんだ」
「思ったこと……ですか?」
「弥美のことをこれでかってくらい近くで見て思ったけど……弥美は可愛いよ」
「っ!」
「冗談や嘘なんかじゃない。ましてや同情でこんなことを言ってるわけでもない。本気でそう思った全部全部、その目も含めて俺は可愛いと思ったんだ。だからさ、ちょっとずつでいいんだ。少しずつ自分のその目を受け入れて……今日みたいに前髪で顔を隠さないようにして過ごしてもいいんじゃないかなって。一人じゃ無理だって言うなら、その時はまた俺が一緒に居てやるから。あ、でも今度は彼氏彼女とかじゃなくて普通に友達同士でな」
「晴彦さん……」
「受け取ってくれるか?」
「はい……はいっ。大事にします。ずっとずっと……大事にします」
晴彦から貰ったヘアピンを心から大事そうに抱えて、弥美は何度も頷くのだった。
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帰る時間を迎えた晴彦と弥美は揃って駅へとやって来ていた。
「それじゃあ先輩、私はここで」
「あぁ、夏だからまだ明るいけど気をつけてな」
「はい。ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。もうすぐで親戚のおねえちゃんが来るはずですから。ってあ、そういえば先輩、今度海に行くんですか?」
「え、あぁ。そうだな。雫先輩に誘われて零音とか雪さんとか……みんなで行くことになってるけど」
「見事に女の子ばっかりですね」
「うるせっ、仕方ないだろ。友澤は補習だし、山城も鍛練をするって言って断られたし」
「男友達少ないんですね」
「余計なお世話だ! でもそれがどうかしたのか?」
「いえ、ちょっと色々とありまして……それだけ確認したかっただけです」
「? まぁいいけど。それじゃあ、またな」
「はい先輩。また会いましょう」
電車の時間が迫っていた晴彦は別れの言葉を告げると足早に電車へと向かう。その背を見届けた弥美はスマホを取り出してとある人物へと電話をかける。
「あ、もしもし花音? うん、私」
その相手とは花音であった。あまり急な電話をしない弥美からの突然の電話に、電話口の向こうにいる花音は驚いていた。
「急にどうしたのって、まぁちょっと話したことがあってね。この間海の話してたでしょ。うん、そうそう。その話……あれ、やっぱり私も賛成しようかなって……そんなに驚くことないでしょ。それに花音だって行きたかったんでしょ? ならいいじゃない。依依は私が説得してあげるから。別に何も企んでないって、ただ……」
弥美はその手に持ったヘアピンを見つめながら告げる。
「ちょっとだけ、本気になってみてもいいかなって……そう思っちゃっただけだから」
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は11月27日21時を予定しています。