第72話 弥美のお願い
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喫茶店を出た晴彦と弥美は二人でショッピングモールへとやって来ていた。
今の弥美は赤と青のオッドアイを前髪で隠していなかった。少しだけ周囲の目を気にしてはいたが。
「せんぱ……じゃなかった。晴彦さん、こっちですよ」
「あ、あぁ。わかった」
「もう、早くしてください。私一人じゃ目立つんですから」
先を歩く弥美に呼ばれて晴彦は走ってその横に並ぶ。すると弥美は晴彦の腕に自分の腕を絡めて抱き着いて来た。思わずギョッとする晴彦だが、しっかりと掴まれてしまっているため離れることもできない。
「ダメですよ晴彦さん。逃げたりしちゃ。今だけは私の彼氏なんですから」
「いや、だからってこれは……」
「ふふふ、これは私の作戦なんです。こうすれば他の人の目にはイチャついてるだけのカップルに見えて、私の見た目の方には視線が向きませんから」
作戦、とは言いつつもリンゴのように顔が真っ赤になってしまっている弥美。それが夏の暑さによるものではなく、恥ずかしさによるものであるのは明白だった。
そもそも、なぜこんなことになっているのかといえば数分前にされた弥美からのお願いに全ては起因していた。
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数分前、喫茶店内にて。
「お願い? まぁ、別にいいけど。俺にできることなら」
「大丈夫です。っていうか、先輩にしかお願いできません」
「俺にしか?」
「はい。先輩だけです」
「それで、お願いって?」
「私の彼氏になってください」
瞬間、晴彦は時間が止まったような気がした。いや、事実晴彦の脳内の時間は確実に止まっていた。弥美の言っている言葉の意味を脳が理解することを拒否していた。しかし、弥美はそんな晴彦の戸惑いに気付くことは無い。何でもないことのように提案した弥美自体も相当緊張しているせいでだろう。
僅かな時間思考停止した後、ようやく脳がその機能を復旧した晴彦がなんとか声を絞り出す。
「え、あの、それは……どういう?」
「ど、どういうって……そのままの意味ですよ。先輩に私の彼氏になって欲しいんです」
「いやだから、なんで急にそんな話が出てくるんだって話だよ!」
「……私、普通の女の子に憧れてるんですよ」
「?」
「普通の女の子みたいに友達とショッピングを楽しんだり、カラオケにいったり。でもこれは花音と依依が叶えてくれました。花音も依依も私が前髪で顔を隠してても気にすることなく、普通に接してくれますから。でもあと一つ……花音達じゃ叶えられない私の願いがあるんです」
「……それは?」
「別に大層なことじゃないですよ。普通の学生なら誰でも経験するような、そんな普通のことです。私は……恋愛がしてみたいんです」
「だから俺に彼氏になってくれって? でもそんなのは——」
「間違ってるって思いますか? でも先輩は受け入れてくれました。私のこの目を。醜いこの目を。きっと普通の人は気味が悪いと思いますから」
「そんなことない。きっと俺みたいに普通に受け入れてくれる人だってたくさんいる」
「先輩は優しいですから。でも、世の中の人は先輩ほど優しくないんですよ。人と違う。ただそれだけで排除しようとする」
弥美のその言葉には嫌に実感がこもっていた。まるでそれを経験したことがあるかのような、そんな口ぶりだった。
「昔、私は祖父母の実家に住んでたんです。そこで毎日のように言われました。『お前は忌み子だ』って」
「っ!?」
「『お前の目は醜い』『なんでお前みたいな子がに生まれるんだ』『死んでしまえばいいのに』……そんなことを言われ続ける日々でした」
幼い子供に対する惨いという他にない、罵詈雑言を浴びせられる日々。そんな生活の中で、彼女が生き続けることができたのは友人達の存在があったからだ。
「その頃にはもう祖父母に命じられて前髪で目を隠してました。辛かったけど、友達がいたから耐えられました。でも……」
弥美の表情がスッと暗くなる。それは弥美にとってトラウマとも言える記憶だった。
「公園で遊んでたんです。みんなで、鬼ごっこして……私は逃げる側で……転んじゃったんです。その拍子に前髪が上がって……友達と目が合ったんです」
その瞬間のことを弥美は今でも覚えている。弥美を追いかけていた友達の、弥美を見る目が明らかに変化するのを。
異質な物を見る目、それは友人を見る目ではなかった。
「『お化け』……友達にそう言われました。それから皆私から離れていって……引きこもった私を心配した両親に連れられて、この街に引っ越してきました。そして今に至るって感じです」
「病ヶ原さん……」
「あはは、ごめんなさい。簡単に事情だけって思ったんですけど……そう簡単にはいかないですね。やっぱり昔のことは思い出すだけでツラいです。でもとにかくですね、そういう事情もあって、私は他の人に目を見せたくないんです。そんな私が普通の恋愛をできるわけないじゃないですか」
「だから俺に?」
「一度だけでいいんです。同情でもなんでもいいんです。今日一日だけでいい。私の彼氏になってくれませんか?」
弥美は懇願するように言う。晴彦が弥美の話に対して同情をしなかったといえば嘘になる。しかしそれだけの理由で彼女の願いに頷いてしまっていいのか。晴彦はそこで悩んでいた。
「……はぁ、わかった。今日一日だけなら」
結局晴彦は弥美の願いを断ることができず、一日だけという条件で弥美の彼氏となることを受け入れるのだった。
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次回投稿は11月16日21時を予定しています。