第54話 放課後勉強会 8
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放課後となり始まった零音達の勉強会はすでに二時間近く経ち、下校時間を迎えようとしていた。零音達と同じように図書室で勉強していた他の生徒達もチラホラと帰宅準備を始めていた。
そんな中、ずっと勉強を続けていた零音達も同じように帰宅の準備を始めていたのだが元気に荷物をしまっているのは零音と姫愛だけで、雪と若葉は教科書とノートを開いたまま死んだように机に突っ伏していた。
「二人とも、そろそろ部屋を出ないと。司書さんがもうカギ閉めるって言ってるよ」
「そうですわ。他の方々も変えられてますし」
「うぅ……わかってるけどさぁ……ちょっとしんどいよぉ」
「な、なんか一学期分の授業をまとめて受けた気分なんだけど」
「さすがにそれは言い過ぎだけど、まぁ同じくらいは勉強したかもね」
「っていうか……なんで二人はそんなに元気なわけ?」
勉強を教える側と教えられる側という違いはあるものの、零音と姫愛も同じだけの時間勉強をしていたはずだ。だというのに、二人はまったく堪えた様子もなくピンピンとしている。
「なんでって言われてもねぇ」
「この程度の勉強で音を上げたりはしませんわ。私、休みの日であれば半日勉強していることもありますもの」
「私はそういうわけじゃないけど。ハル君に勉強教えるので慣れてるからかなぁ」
「な、なるほどね……私も普段それなりに勉強してるつもりだったけど……まだまだ精進が足りなかったってわけね」
「いや、この二人を目安にするのはダメだと思うけど……」
「そんなことは言ってられないわ。私はクラスの委員長、他のクラスメイトの模範にならないといけないもの」
「いや、クラス委員長にそこまで責任感持たれても……」
椿若葉、クラスの委員長であることに多大な誇りと責任感を持つ女である。だからこそ転入生である姫愛のテストの面倒をみたりするわけなのだが。そのせいで厄介事に巻き込まれることも少なくはない。
「あなた達、もうそろそろ帰りなさい」
「あ、すいません。すぐに出ます! ほら、雪も帰る用意して」
「はいはい。体力と精神力に自信あったんだけど、勉強してると求められてるものが違うなって感じるよホント。あー、頭クラクラする」
「普段から勉強してたらこんなに苦労しなくても済んだのに」
「それ鈴ちゃんとか他の友達からも言われ過ぎて耳タコなんだけど」
「事実だもの」
「事実は時に人を傷つけるのだよ」
「いや、そんなカッコつけていわれても納得しないからね」
「ちっ……」
「……ゴホンッ!」
「「あ……」」
零音と雪が言い合っていると先ほど声を掛けてきた司書があからさまに聞こえるように咳をする。最早他の生徒達は完全に姿を消し、図書室に残っているのは零音達だけになっていた。
「零音さんも夕森さんも、じゃれあってないで行きますわよ」
「じゃれあってないって! っていうか委員長はいつの間に片付けたわけ?」
「二人がじゃれ合ってる間に決まってるじゃない」
「だーかーらーって……もういいや。早くしないとホントに怒り出しそうだし」
未だにジロっと零音達のことを見ている司書に気付いた雪は文句を言うのを止めて広げていた教科書とノートをパッパと片付けて図書室を出た。廊下は夕日に照らされていた。六月も後半になり、日もだいぶ伸びているのだ。それでも暗くなり始めれば一瞬だ。日が暮れるのは流石にまずいと思った零音達は少し早足で下駄箱へと向かう。
「あー、なんかもうホントに……今日は家に帰っても絶対教科書開かない。決めた」
「明日の宿題とかあるけど」
「やんない。このうえ宿題とか……アタシに死ねと?」
「その発言は許容できないわよ夕森さん。今日出てた宿題って数学の奴でしょ。数学の先生宿題忘れに厳しいんだから」
「怒られるのは覚悟の上だよー。それよりも今は休みたい」
「あなたが怒られることを覚悟していても、あの先生はついでで他の生徒のことにまで口出し始めるじゃない。テスト前にそんな時間的ロスは認められないから」
「あー、確かに……あの先生って怒ると長いもんね」
「そうですの?」
「うん、長いよ。一番酷かった時とか授業の半分ぐらい怒ってたし」
「あー、そういえばあったっけそんなこと」
「ちなみにその時怒られる原因作ったのは雪だからね」
「あれ、そうだっけ?」
「全然覚えてないんだ……」
「いやー、普段から怒られまくってるからさ。細かいことまでいちいち覚えてないっていうか」
「夕森さんは不真面目な方ですの?」
「不真面目と言うかなんと言うか……まぁ、態度が態度だから嫌われてる先生には嫌われてるって感じだよ、雪は」
「逆に夕森さんのこと気に入ってる先生とかもいるものね」
「アタシとしては普通に思ったことを言ったりしたりしてるだけなんだけどね」
「……夕森さんは、お強い方ですのね」
「え、そうかなぁ? そう言われると少し照れるけどぉ」
「ちょっとヒメ、雪を変に褒めると調子に乗るでしょ」
「ふふ、でも本当のことですもの……羨ましいですわ」
「確かに夕森さんのその性格も羨ましいけど、だからって宿題を忘れていいわけじゃないからね。宿題はちゃんとやってくること、いい?」
「うへー……」
「明日の朝確認するから。もしやってきてなかったら明日もまた朝道さんと一緒に勉強してもらうわよ」
「それは絶対嫌」
「ちょっと、なんで私との勉強が罰ゲームみたいな扱いになってるの」
「自覚が無いのがまた末恐ろしい……日向君には同情するわ」
「???」
「ふふ、面白いですわね……あ、迎えの車ですわ」
「そっか。ヒメは車で送り迎えされてるんだっけ」
「はい。ですから……ここまで、ですわ」
「…………」
姫愛の言う「ここまで」という言葉の意味。それを零音だけは理解していた。今日限りの仲直り。その終わりを姫愛は告げたのだ。この瞬間から、再び二人はいつもの二人に戻る。互いを嫌い合う、そんな二人へと。
「最後に……最後に一つだけ、いいですか?」
「何?」
「…………」
少しだけ言い淀む姫愛。雪と若葉は何か大事な話をしようとしていることを察して少しだけ距離を取る。
「どうして……どうして、あの日私のことを裏切ったんですの?」
「それ……それは……」
零音と姫愛の間に溝が生まれた日。その原因を作ったのは零音だ。問われているのはその答え。姫愛の知らない、その理由だ。
「私は、あの日のことがどうしても納得できませんわ。あの日、あの時、あの瞬間まで、私達は確かに友人だったはずです! 私はそう思っておりました。でもあなたは……違うのですか?」
「……違わない。違わないけど……」
まっすぐ見つめてくる姫愛から視線を逸らす零音。
「……またそうやってあなたは……逃げますのね」
「っ!?」
「いいですわ。突然ぶしつけな質問をして申し訳ありませんでしたわ……朝道さん」
「あ……」
離れていく姫愛の背に声を掛けようとする零音。しかし言葉が出てこない。教室で話した時とは違う。二人の距離は再び離れてしまった……否、違う。縮まっていたように見えたのはただの錯覚だ。二人の間の溝は、生まれてしまったその瞬間から何も変わってなどいないのだから。
それに気づいた零音は伸ばしかけた手をゆっくりと下げる。
「さようなら」
「さよなら……東雲さん」
ゆっくりと離れていく姫愛の姿。走ればすぐになくなる距離。しかし今の零音には、その距離が何よりも遠いもののように感じられたのだった。
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次回投稿は9月11日21時を予定しています。