第48話 放課後勉強会 2
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図書室を離れた零音と姫愛が人気の無い場所を求めてやって来たのは自分達の教室だった。放課後ということもあって人の姿の消えた教室は静けさに満ちていて、外から聞こえてくる部活をしている人達の声だけが聞こえてくる。零音も姫愛もまるで隔離された空間に置かれたような、そんな空気を感じていた。
「…………」
「…………」
話がしたい、そう言って出てきた二人だったが、いざ二人になってしまうと上手く言葉が出てこない。この場にいるはずのない晴彦や雪達に助けを求めてしまいたくなる感覚に零音は襲われていた。それは姫愛も同じことで、教室に入ってからというもの零音に視線を向けることはなく、俯いたまま沈黙を保っていた。
互いの緊張を感じながら、何度も口を開こうとする零音。しかしパクパクとするばかりで出したい言葉は発せられない。
(あぁもう! 伝えるだけなのに、そんな簡単なことすら私にはできないっていうの?)
肝心な所で度胸のでない自分に胸を掻きむしりたくなるような苛立ちを覚える零音。このままでは雪や若葉に申し訳が立たないと思った零音はその苛立ちを発破にして、怖気づいている自分の気持ちを吹き飛ばす。
覚悟を秘めた瞳で姫愛の事を見つめた零音は思い切って口を開く。
「あのっ……!」
「っ!」
「その……いい天気……だね?」
「……はい?」
勢い込んで口を開いたはいいものの、何を言うかを全く決めていなかったせいでとっさに目についた天気のことを口に出してしまう。当然急にそんなことを言われた姫愛はポカンとした表情を浮かべるしかない。自分のあまりな間抜けっぷりに恥ずかしくなってしまった零音は顔を真っ赤にするしかない。
「その、いい天気……と言うには少し曇ってる気がしますわ」
「だ、だよねー。ごめん。って違うの。天気のことが言いたいんじゃなくて……私が言いたいのは」
「私達の関係について、ですわね」
「あ……う、うん。そうだよ」
「こんな言い方をするのはあれですけど、らしくないですわ。普段のあなたならもっとはっきり私に意見するではありませんの」
「それは……ハル君のことがあるから」
いつも教室で姫愛と言い合いになる時、その原因は晴彦であることがほとんどだ。だからこそ零音も引かずに張り合うことができた。しかしこの場に晴彦がいるわけではなく、この話し合いに晴彦は関係ない。そうした時に零音に残るのは姫愛の対する引け目だけだ。
「変わりましたわね、あなたは」
ふっと皮肉気に笑って姫愛は言う。姫愛の記憶の中にある零音の姿と今の零音の姿は似て非なるものだった。
「いえ、違いますわね。昔の、あの頃のあなたを見ているようというべきかしら」
そう言う姫愛の瞳には悲しみ、苛立ち、戸惑い、怒りなど様々な感情が入り混じっていた。今までまともに合わせることがなかった。合わせられなかった瞳を直視した零音は思わず後ろに引いてしまいそうになる。しかしそれをグッと堪えて零音は姫愛の視線を受け止める。
「私……あなたが嫌いですわ」
「っ!」
侮蔑の感情を込めて小さく、しかしはっきりと呟かれた言葉に零音はびくりと肩を震わせる。しかしそれは零音が受け止めなければならない言葉だ。逃げることも、目を逸らすことも許されない。
「嫌い、嫌い、大嫌いですわ。晴彦様の隣に居続けるあなたのことが。居続けようとするあなたのことが。私はずっとずっと晴彦様に会いたくて、でもできなくて、苦しくて苦しくてしょうがなかったのに。どうしてあなたが晴彦様の隣にいますの? どうしてあなたは笑い続けていますの?」
ずっとずっと胸に秘め続けていた姫愛の零音に対する嫉妬心。溜まり続けていた想いだ。
「あの日の出来事を、私はずっと忘れられずにいるのに……あなたはまるで忘れたように晴彦様の隣で、友人の隣で笑っている。」
「東雲さん……」
「……ふぅ、これが私のあなたへの気持ちですわ。嘘も偽りもない、正直な気持ち。あなたは私のことをどう思ってますの?」
「私は……」
姫愛は言った。零音に告げたのは嘘も偽りもない正直な気持ちであると。つまり零音に求められているのもそれなのだ。ここで偽ってしまったら、嘘をついてしまったら。きっと零音と姫愛はもう前に進むことはできなくなる。
一度深呼吸して、零音もまた想いを吐き出す。
「……私も同じ。東雲さんのことが嫌い。私がいるのにハル君の隣に立とうとするあなたが嫌い、私の座を奪おうとするあなたが嫌い。ハル君は私のものなの。眼も耳も鼻も口も首も髪も腹も腕も足も全部全部全部! ハル君の傍にいるのは私で、それは今までもこれからも変わらない。ただでさえ高校生になってハル君を狙う雌猫が増えてるのにあなたまでいたら面倒なの、めんどくさいの!」
これが零音の偽らざる気持ち。雪、雫、めぐみなど晴彦の事を狙う少女は多くいる。それだけでも零音には問題なのに、そこに姫愛が加わるようなことになれば面倒でしょうがないのだ。
「それに、私だってあの日のことを忘れたわけじゃない。忘れるわけがない」
「……そうですの」
「これが私の偽りのない本当の気持ち」
「つまり、私達は嫌いあってるもの同士というわけですわね。ふふ、それこそ今さら確認することではない気がしますけど」
「そうだね。でも……今だけはその気持ちを忘れようと思う」
「…………」
「ずっと……とは言わない。このテスト勉強の間だけでいい。私は東雲さんへの今の気持ちを忘れる。だから、あなたも忘れて。今だけでいいから。そうしないと……私達のことで他の人に迷惑をかけちゃうから」
「……ずいぶんと勝手なことをいいますのね」
「ダメ……かな?」
「……誰もそんなことは言ってませんわ。正直に言ってしまうなら抵抗はありますけど……その提案を受け入れますわ」
「……そっか。ありがと」
「別にお礼を言われるよなことではありませんわ。あなたのためではありませんもの。私としてもあの方たちに迷惑をかけるのは本意ではありませんもの」
「それじゃあよろしくね……ヒメ」
「えぇ短い間ですけどよろしくお願いしますわ……零音さん」
そして二人は誰もいない教室で。昔のように名を呼び、そして笑い合うのだった。
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次回投稿は8月21日21時を予定しています