第45話 波乱のお風呂 後編
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
あまり話しこんでいても体を冷やしてしまうだけだと思った晴彦はさっさと雷華と雷茅の体を洗ってしまうことにした。
「じゃあ、まずはシャワーからだな」
「シャワー、」
「ですか?」
「あぁ、それがシャワーって言うんだ。んで、そこのツマミを捻ったら——あ、ちょっと待て!」
「ツマミを捻る、」
「こうですか?」
お風呂に興味深々だった二人は晴彦の説明を聞ききる前にシャワーのツマミを捻ってしまう。そうなればもちろんシャワーヘッドから水が出てしまう。温度調整のされていない冷たい水がシャワーの真下にいた雷華と雷茅に襲いかかる。
「「~~~~~~~~~っ!!!」」
「うおぁっ!」
不意に頭上から降り注いだ水に雷華と雷茅は飛び上がるほどに驚き、後ろにいた晴彦に飛びついてしまう。その表情は驚きと恐怖に満ちていて、晴彦に縋りついたまま離れようとしない。
「攻撃です。突然攻撃されました、」
「あれは新種の蛇か何かですか」
「いや違うから。っていうか離れろって! 近い、近いから!」
いくらタオルを巻いているとはいえ、引っ付かれてはその感覚はダイレクトに伝わるというもの。離れるように言う晴彦だが、完全に怖がってしまった二人は嫌々と首を振るだけで決して離れようとはしない。
「あー、大丈夫だよ。別にあれ新種の蛇とかじゃないから。悪かったよ。今度はちゃんと説明するから」
無表情ながらもどこかビクビクとしたままの二人は晴彦に促されて改めてシャワーに近づく。シャワーを持った晴彦は温度調整をしつつ、ちょうど良い温度になったところで一度シャワーを止める。
「ま、さっきも言ったけどこれがシャワーだ。このシャワーヘッドって部分から水だったり、お湯が出る。今はちょうどお湯が出るようになってるから。ほら、手出してみろ」
晴彦に言われた二人はおずおずと、怖がりながらもゆっくりと手を差し出す。すると今度は冷水ではなく、温水が二人の手にかかる。驚きに目を丸くした二人は揃って顔を見合わせる。シャワーを怖がっていたその瞳は次第にキラキラと輝きだし、二度、三度とシャワーに手をつける。
「温かいです、」
「水じゃないです」
「あはは、シャワーくらいでここまで驚いてくれるとはな」
しかし実際、知らない人にとって得体の知れないものから温水が出てくれば驚くだろう。晴彦は赤ちゃんの頃からこのお風呂という文化に触れ、そして慣れている。しかし雷華と雷茅はそうではないのだから。知らないものに触れるというのはいつだって驚きに満ちているものだ。
いわば雷華と雷茅はまだ赤ちゃんなのだ。知識の偏りも、何もかも。知らないことが多いのだ。
晴彦の目の前ではつい一瞬前まで怖がっていたシャワーに嬉々として近づき、手を当ててキャッキャとはしゃいでいる二人の姿があった。その様はまるで普通の子供の様で、いつもの感情の読めない表情ではなかった。
「ほら、いつまでもシャワーで遊んでるなよ。いつまでも風呂に入ってると母さんが来ちまうだろ」
「そうでした、」
「次、早く次を教えてください」
晴彦の言葉でピタッと止まった二人は早く次を教えてくれとピョンピョンと跳ねまわる。
「まぁ他に教えることなんていっても、体の洗い方っていうか、シャンプーとかその辺の使い方だけなんだけど」
「しゃんぷー、」
「とはなんですか?」
「髪を洗うのに使うもんだよ。さすがに俺のやつを使わせるわけにはいかないし……あ、そういえば母さんの使ってるやつがあるか。前に使ってめっちゃ怒られたんだけど……まぁ、今日は緊急ってことで。少しくらいならバレないだろ」
秋穂が使っているのは高いシャンプーらしく、以前使った際にそれはもうしこたま怒られたのだ。零音にも同じように「それはハル君が悪いよ」と言われてしまったのだが。
しかし今だけはしょうがないということで使わせてもらうことにしたのだ。晴彦はシャンプーの液を少量手に取りまずは雷華の頭につける。
「ひゃっ」
「あ、悪い。冷たかったか?」
「いえ、大丈夫です」
「ん。じゃあ洗うぞ」
わしゃわしゃと雷華の頭を洗い始める晴彦。といっても、晴彦も人の頭を洗う経験などあるわけがなく、昔自分の頭を洗われていた時の感覚を思い出しながら雷華の頭を丁寧に洗う。
ただされるがままになってる雷華を見て、晴彦はふと頬を緩める。
「俺に子供ができたら、こんな感じなのかな」
「え?」
「どうかしたのですか?」
「あぁいや、なんでもない。それより大丈夫か? 目とか痛くないか?」
「問題ないです。すごく……いい匂いです」
「いい匂いです」
雷華と雷茅はシャンプーの匂いが気に入ったのか、泡を手に取りクンクンと匂いを嗅いでいる。微笑ましいと思いながら見ていると、まだ頭を洗っていない雷茅がシャンプーを手に取る。
「いっぱい出せば、」
「もっといい匂いです!」
「え?」
シャンプーの匂いが気に入った二人は晴彦が止める間もなくシャンプーをドンドンと出してしまう。秋穂の使っている高いシャンプーをだ。
慌てて止める晴彦だが時すでに遅し。誰の目に見てもわかるほどにシャンプーの中身は減ってしまっていた。
「や、やばい……」
冷や汗が流れる晴彦のことなどまったく気にした様子もなく、シャンプーを泡立て、泡まみれになっている。二人が望んだとおり良い匂いが風呂場中に充満していたが、晴彦にはそれを匂いだなと喜ぶことなどできるはずもない。
「どうかしたのですか、」
「顔色が悪いですが」
それはお前達のせいだろ、と言いそうになった晴彦だがその気持ちをグッと抑える。結局それはちゃんと注意しておかなかった晴彦のせいでもあるし、何より楽しそうな二人の雰囲気に水を差すのは忍びないと思ったからだ。
「あぁいや。なんでもない。でも気をつけろよ。あんまり泡立てすぎると目に入ったりして危ないぞ」
「それは想定外です、」
「早く流さなくては」
すでにシャワーの扱いには慣れたのか、二人はシャワーで泡を流し、犬が体を振って水を払うようにブルブルと体を震わせる。
「これで後は、」
「お風呂に入るだけですか?」
「本当なら体の方も洗わないといけないんだけど‥…まぁ、あんだけ泡だらけになってたらどっちでも一緒か。あぁ、もう入っていいぞ。あでも飛び込んだりするな……って、また言うのが遅かったか」
「ざっぱーんです、」
「どっぱーんです」
相当湯船に入りたかったのか、晴彦が許可を出した瞬間二人は湯船に飛び込んでしまう。小さいとはいえ二人分の重量が一気に飛び込んだりすればどうなるかなどわかりきっていることだ。
湯船の水はあっという間に目減りしてしまう。
「ぬくぬくです、」
「気持ちいいです」
「そりゃよかったけどよ。今みたいに飛び込むと湯が減るから気を付けてくれよ」
「なるほどです、」
「わかりました」
晴彦が湯船に減ってしまった分のお湯を追加していると、二人がキョロキョロと周囲を見渡していた。
「どうかしたのか?」
「アヒルを探していました、」
「私達の見たテレビでは、」
「湯舟にアヒルが浮いていました」
「どんなテレビ見てんだよ」
「ないのですか?」
「か?」
「少なくともうちにはないな」
「そうですか……、」
「残念です、」
「ですが私達の力をもってすれば、」
「アヒルを生み出すことも可能なはず」
「いやどんだけアヒル欲しかったんだよ……」
「今こそ能力を使う時です、」
「そうですね」
「ん? おい待て二人とも。それアヒルの玩具っていうか。本物のアヒルじゃねーか!」
「あれ、」
「失敗してしまいました」
「いいから早くなんとかしてくれ! あ、おい逃げるなアヒル!」
その後も、ひたすらにどたばたとした晴彦のお風呂の時間は続き、秋穂のみならず騒ぎを聞きつけた零音までやってきてしまい、晴彦はその対処に追われることになってしまうのだった。
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次回投稿は8月10日21時を予定しています。