第30話 零音と秋穂
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「……むぅ」
最近、晴彦の様子がおかしい。零音はそう感じていた。晴彦は朝が弱いタイプの人間だ。だからこそいつも零音が起こしに行くわけで。それなのに最近は零音が行くとすでに目を覚ましていることがあった。それに晴彦の部屋から感じた知らない匂い。あれがなんだったのか結局わかってはいない。
それにおかしなことはそれだけじゃない。最近晴彦が料理を多く作ってほしいということがあるのだ。零音にとってそれは嬉しいことではあるのだが、今までならそんなことを言わなかったので少しだけ疑問を覚えていた。
しかしだからといって確たる証拠があるわけでもなく、もやもやとしたものを抱えながら零音は過ごしていた。
そして土曜日を迎えた零音はいつものように晴彦の家へと来ていたのだが、
「あ、そういえば今日は晴彦でかけてるんだっけ。あの後輩の子達と」
零音の起こした事件に巻き込まれた雪の後輩達。彼女達に助けてくれた礼をするという話を晴彦から聞いていたことを思い出す零音。
ある意味零音の自業自得な所はあるとはいえ、あまり知らない女の子達と晴彦が一緒にいるというのはあまり嬉しくはない。
万が一、ということもあるからだ。大丈夫だとは信じているけれど。
「でも晴彦優しいからなぁ。いやでも、むやみに疑うのはよくないって。束縛の強い人は嫌われるとか本に書いてあったし」
自分が少々、人よりもほんの少しだけ束縛がちである自覚が生まれた零音。様々な雑誌を読んだりした結果、束縛の強い女は嫌われるということを知った。だから零音も少しは晴彦に寛容であろうと思っているのだ。
「でも、晴彦いないなら家に来ても意味ないか。秋穂さんならいるだろうけど」
「呼んだ?」
「ひゃっ! あ、秋穂さん!? どうして私の後ろに」
「いや、ちょっとコンビニに出かけてて。さっきからずっといたんだけど、零音ちゃんがうちの玄関の前でなんかぶつぶつ呟いてて声かけづらかったのよ」
「あ、そ、そうだったんですね。すいません。私気が付かなくて」
「ま、いいんだけどね。それよりもアイス買ってきたのよ。一緒に食べない?」
「いいんですか?」
「一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しいでしょ。ついでにまた晴彦の学校での話とか聞かせてよ」
「そうですね……わかりました」
特に断る理由もなかった零音は秋穂の提案を受け入れるのだった。
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「んー、やっぱり暑くなってくるとアイスが美味しいわね」
「そうですね。私も最近ついついアイス買っちゃったりして。食べ過ぎないように気を付けてるんですけど」
「でも零音ちゃんなら大丈夫でしょ。全然太ってるわけでもないし」
「今は大丈夫ですけど。気を付けてないと一気にきますから」
「うーん、気にしなくてもいいと思うけどねぇ。今どきの子はやっぱり気にするのね」
「秋穂さんは気にしたりしなかったんですか?」
「私は学生の頃からあんまり気にしたことないわね。食べても太るってわけでもなかったし」
「友達にもそういう人いますけど……正直羨ましいです」
「それ、昔莉子にも言われたわ」
その昔、まだ秋穂達が学生だった頃にその太らない体質を莉子に随分と羨ましがられたものだと懐かしむ。もっとも、莉子の場合は目が笑っていなかったので怖さが零音の比ではなかったが。
「それで、零音ちゃんはもう晴彦とキスくらいしたのかしら」
「ぶっ! ゴホッゴホッ、な、何言ってるんですか秋穂さん!」
思わず吹き出してしまったお茶を慌てて拭きながら零音は言う。まさかそんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったからだ。
「んー。その様子だとキスはまだかしら」
「キ、キスとかそういうのはまだ早いっていうか……それにそもそもまだ付き合ってるわけでもないっていうか……」
「んふふ、まぁ知ってたけど」
「知ってたなら言わないでください!」
「でもそんな調子で大丈夫なの? 晴彦の周りには魅力的な子がいっぱいいるんでしょう?」
「それはそうですけど……」
「このままじゃ晴彦のこと誰かにとられちゃうわよ」
「それは嫌です!」
晴彦の隣に自分以外の誰かがいる。そんなの想像するのも嫌だった。もちろん零音にも秋穂の言うことが正しいのはわかっている。行動するならば早めがいいということも。
でもあと一歩踏み込むきっかけが、今の零音には足りなかった。以前自分が起こしてしまった事件への負い目もある。少なくとも、その辺りのほとぼりが冷めるまでは晴彦に告白はできないのだ。
「ふふ、ごめんごめん。焦らせるつもりはないの。でも、晴彦も幸せ者ね。零音ちゃんみたいな可愛くて気立ての良い子にこれだけ好かれてるなんて」
「そんな……そんなことないです。私なんて大したことないですから」
「零音ちゃんはもっと自分に自信持っていいと思うわよ。っていうかじゃないと世の中の大半の女子の反感買っちゃうから。過ぎた謙遜は良くないものよ」
「……気を付けます」
「でも、晴彦と結ばれるために手っ取り早い方法はあるわよ」
「手っ取り早い方法ですか?」
「えぇ。この方法を使えば確実に晴彦を零音ちゃんのモノにできるわ」
「ど、どんな方法ですか」
「既成事実を作ればいいのよ。晴彦のことを押し倒して……ね」
「む、むむむ無理ですそんなの! だいたいそういうのは結婚してからじゃないと……」
「えーでもいつか晴彦と結婚するなら遅いか早いかの違いってだけでしょ」
「そういう問題じゃ……」
自分が晴彦と『そういうこと』をしている場面を想像してしまって顔が赤くなる零音。それを見た秋穂は笑みを濃くする。
「冗談よ冗談。そういうのはちゃんと話し合ってからじゃないとね。まぁ私は学生婚でもいいと思ってるけど」
「秋穂さんの冗談は冗談に聞こえなくて心臓に悪いです……って、あ、そうです。話は少し変わるんですけど、秋穂さんに聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
「最近ハル君の様子がおかしい気がして。秋穂さん何か知りませんか?」
「あー、そういえばあの子最近なんか変な行動してるわね。零音ちゃんも何も知らないの?」
「はい。聞いたんですけど教えてくれなくて」
「零音ちゃんにも秘密にしてるとなると……よっぽどね」
「よっぽどなんでしょうか」
「しかも女絡みと見たわ」
「女絡みですか!」
「我が息子ながら罪作りなことねぇ」
「いやいや、何呑気なこと言ってるんですか!」
「でも慌てたってしょうがないでしょう? 晴彦が何も話さないんだったら私達にはどうしようもないんだから」
「そうですけど……」
「変に心配しすぎても束縛強い子って思われちゃうわよ」
「うっ……」
まさに零音が最近気にしていることを言われて言葉に詰まる。確かに隠し事の一つや二つで喚きたてているようでは束縛の強い人だと思われるかもしれない。
「気にしすぎ……ですかね」
「本当になにかあるようなら晴彦の方から零音ちゃんに相談してくるわ。大丈夫よ」
「そ、そうですよね。大丈夫ですよね」
「まぁあの子お父さんに似た所あるから他所で女の子たぶらかしてても不思議じゃないんだけどね」
「急に不安になったんですけど!」
結局、晴彦の隠し事はわからないまま。零音はその胸中に不安を抱えることになるのだった。
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次回投稿は6月19日21時を予定しています。