プロローグ 入学式 後編
いざ投稿してみると想像以上に緊張するものですね。それでも楽しいのですけれど。
つたない文章ですが楽しんでいただけたなら幸いです。
雨咲学園。
中高一貫の学校で、県内でも有数のマンモス校だ。俺と零音は中学校は違う所に通っていたが、二年前から外部入学の枠が設けられ、家からも近いという理由もあって俺達は雨咲学園を受けることにした。そして無事に入学できたわけだが……受験勉強の時期の地獄のような勉強漬けの日々を思い出すと、今でもつらくなる。零音がいなければきっと合格することはできなかっただろう。
入学式自体はあまり特別なものじゃなかった。学園の理事長が挨拶したり、在校生代表として生徒会長が挨拶したり、といったもので退屈と言ってしまえば退屈なもので、ついうっかり寝てしまった。
そして案の定というか、俺と零音は同じクラスだった。これで小、中、高とずっと同じクラスということになる。まぁ、頼れる幼なじみが同じクラスなのは俺としても嬉しい。
普通の学校ならばこの後にクラスに分かれて自己紹介するみたいなのだが、この学園ではそうではないらしい。今日は本当に入学式だけで、自己紹介とかも明日するようだった。なので、俺と零音は教室の場所だけ確認して帰ることにした。
周囲では親と一緒に写真を撮る生徒で溢れている。そのどさくさに紛れて、隣にいる零音を撮ろうとする奴はさりげなく割り込んで妨害した。
いつものことだけどすでに零音は注目を集めはじめているみたいだ。まぁ高校生ともなれば彼女が欲しかったりするだろうしな。零音が注目されるのも無理はないか。
それに気づいてない零音は隣でニコニコとしている。
「やっぱりまた同じクラスだったね」
「そうだな。ここまでくるといっそオカルト的なものまで感じるくらいだ」
「もう! そこは俺と零音の絆が深いからだな、くらい言ってよー」
「なんでそんな恥ずかしいこと言わないといけないんだよ」
「女の子はそういうのちゃんと言葉にしてくれたほうが嬉しいんだよ。ハル君はもうちょっと女心について勉強するべきです」
「そういうもんなのか?」
「そういうものです」
「へいへい、じゃあ次からは気を付け——」
「とーう! ってあぁ、そこあぶな、どいてー!」
俺達が話しながら校舎の階段を登ろうとした時、上からそんな声が聞こえたのと同時に
「うぶっ!」
「むぎゃっ!」
「ハル君っ!」
顔に柔らかい触感と、後頭部に衝撃を感じた俺の意識はそのままブラックアウトした。
「う……ん……」
後頭部にかすかな痛みを感じながら、俺は目を覚ました。
えっと……何があったんだ? っていうか、どこだ。確か、入学式が終わって零音と帰る前に教室の場所を確認しようとして、それで……。
「あ! そうだ」
階段を登ろうとしたらいきなり誰かが上から飛んできて、ぶつかったのか。
それで今まで意識失ってたのかよ、俺。外はもう夕方だし。あれ、そういえば零音はどこにいったんだ?
そんなことを考えていたら、カーテンが開かれる。
「おー、やっと目ぇ覚ましたか。ったく、初日から迷惑かけんなよな」
「えっと……あなたは?」
「あたしはこの学園の保険医だよ。風城だ。よろしくな。日向晴彦君」
「え、なんで俺の名前知ってるんですか」
「お前の彼女が教えてくれたぞ。確か、朝道零音だったか? よかったな優しい彼女が一緒で。ちなみにお前は軽い脳震盪だったぞ」
「いや、零音は彼女じゃありませんって! ただの幼なじみです」
「あぁ、まじか。あんな可愛いのに手ぇだしてないとか。お前ほんとに男か?」
「男です!」
「まぁそりゃそうか。一応確認したしな」
「……何を確認したんですか」
「何をって、ナニだよ」
「なっ!?」
「冗談だよ、冗談。んな顔赤くすんな」
なんというかあれだこの人は、変な人だ。というか、きっとダメな人だ。
話していると頭が痛くなってくる。
「もういいです。それで、零音は帰ったんですか?」
「いや、お前にぶつかってきた女と一緒に職員室に行ったはずだぞ」
「ぶつかってきた女? あ! そういえば」
思い出した。階段から飛び降りてきた奴にぶつかって意識飛んだんだ、俺。
そいつと零音が職員室に行ってるのか。俺も行った方がいいのかな。
「お前の鞄とかは一応預かってるけど、ここで待ってるか? そのうち戻ってくると思うぞ」
「いえ、俺も職員室に行こうと思います」
一応当事者である俺も行った方がいいかもしれない。それにこれ以上この先生と一緒にいるのはなんとなく気が引ける。
「それじゃ、お世話になりました」
「おう、今度は気をつけろよ」
はぁ、なんていうかキャラの濃い人だったな。というか、そういえば俺職員室の場所知らないんだけど……まぁいいか、適当に歩いてたら着くだろ。
「まさか初日から意識を失うようなはめになるとは……ついてないよなー。とりあえず早く職員室に行かないと」
そう思い、しばらく歩いたがなかなか職員室にたどり着かない。自分の現在地すらも危うくなっていくらいだ。これは本格的に迷ったかもしれない。
そんなことを考えていたが、いくら考えたところで現状を打開できるだけの案が浮かぶわけでもない。どうしたものかと考えていると、俺の少し先を女の子が横切る。
「……あっ、ちょっと待って!」
女の子の声を掛けづらい雰囲気もあって女の子を見送ってしまったが、あの子に聞けば職員室の場所がわかるかもしれない。
慌てて追いかけると、女の子は丁度外へと出ていくところだった。
「あー、行くしかないか」
外に出ると、遠くの方では入学式が終わった後の喧騒が聞こえていたが、今いる場所に人の姿はなく、妙な雰囲気が漂っていた。
雰囲気に呑まれそうになりながらも、女の子の向かっていったほうへ進む。
しかし、その先に女の子の姿はなく、代わりに狐の像がポツンと立っていた。
「あれ、これってもしかして朝に零音が言ってた狐の像か?」
でも、零音の話だと狐の像は見つかってないと言ってたはずだ。
特に変わったところはない狐の像だが、なぜか目が離せない。そうしているうちに、今度は雨まで降ってきた。しかし曇っているわけではない、天気雨だ。
零音から聞いた話の通りの展開。つまり、ここで願い事を言えば叶うのだろうか?……なんて、ばかばかしい。こうして狐の像があったんだ。後で零音をここに連れてきてやれば喜ぶだろう。
天気雨だからすぐに止むだろうが、それでも雨にうたれ続けるのは好きじゃない。早く校舎に戻ろう。
そう思って振り返ると、そこにはさっき探していた少女が立っていた。
「……願い事、言わないの?」
「え?」
「知ってるんでしょ、雨咲学園の伝説」
無表情な顔のままこちらをじっと見つめる少女は抑揚のない声で言う。白い髪と紅い瞳が特徴的な少女だ。目を見ていると引き込まれるような感覚に襲われる。
「えっと……君は?」
「……夜野霞美。よかったわね、あなたは狐に選ばれた」
「狐に選ばれた?」
「狐は願いを叶えてくれる。あなたの願いを叶えてくれる。曝け出しなさい、あなたの心の奥底を」
呪文のように言う少女。その瞳は俺を映しているようで映していない。別の何かを見ているようであった。
「いきなり願いって言われても思い浮かばないんだけど……」
俺自身、特に夢があるわけでもない。強いて言うならば、高校生となったから、高校生らしいことをしたい、彼女が欲しいとかそれくらいだ。
「そう、彼女が欲しいのね」
「え、なんで、俺何も言ってな——」
『その願い、叶えてやろう』
背後から響く声に驚き、振り向いた瞬間、狐の像から眩い光が放たれ、思わず目を閉じてしまう。
「もう目をあけても大丈夫よ」
気付くと光は収まっていたみたいだ。夜野さんの声に促されて目を開けると、そこにあったはずの狐の像は無くなり、雨もあがっていた。まるで最初から何もなかったかのようだった。
特に体に違和感があるわけでもない。さっきの光と声はなんだったのかと不思議に思いながら夜野さんの方を見ると、視界にはさっきまでなかったものが浮かんでいた。
『好感度:41』
夜野さんの隣にはそういうゲージが浮かんでいた。それはさっきまで見えていなかったものだ。
「見えているんでしょう、好感度ゲージが。それが狐からの贈り物」
「待ってくれ、さっきからわけわかんないことばっかりで状況がわかんないんだ。お前は一体何なんだよ」
「……私のことは今はいい。そうね、ただの案内役だとでも思って。大事なのは、あなたが狐に選ばれて、好感度が見える力を手に入れたということ」
「好感度が見える力?」
「簡単に言ってしまえば、あなたの周りにいる人があなたのことをどう思っているかがわかる力。その数値が高ければ高いほどあなたのことが好きということよ」
「その力があったらどうなるっていうんだよ」
「どんな会話や行動をしたら好感度が上がるかわかるというのは便利。そうね、好感度が80以上あれば間違いなく告白が成功するでしょうね」
確かに便利かもしれない。でも、こんな力は別に欲しかったわけじゃない。言ってしまえば、相手に無断で心を読んでいるようなものだ。
「そんなに気にすることはないわ。あなたはただその力を受け入れればいい。それに、もう無くすことはできないのだし」
「他人事だな」
「他人事だもの」
夜野さんに八つ当たりするのは間違っているかもしれないけど、あまりにも簡単に言われてしまうと文句の一つでも言いたくなる。
「職員室に行きたいんでしょう。案内してあげる」
「なんで知ってるんだ?」
もはやそれくらいのことでは驚かないけど、本当にこの人は一体何者なのだろうか。自分よりもはるかに幼く見えるのに年上のようにも見える。
「言ったでしょう。私は案内役。だから、色んなことを知ってるの」
そういって夜野さんは職員室に向けて歩き出す。しかし、少し歩いたところで立ち止まり振り返る。
「言い忘れてた。——入学おめでとう、そしてようこそ雨咲学園へ」
初めて見る笑顔で言う夜野さん。
こうして、俺の学園生活は奇妙な形で始まりを告げた。
次話は視点を変えて入学式の話となります。
誤字や脱字には気を付けたいものです。
次回投稿は8月3日9時を予定しています。