第28話 花音達と過ごす土曜日 中編
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
花音が連れて行ったのは駅から少し離れた場所にあるケーキ屋『雨宿りの夕暮れ』という店だった。それほど大きな店ではないが繁盛しているのか、見せの前には若い女性達やカップルと思われる男女が複数人並んで待っていた。
晴彦達もその列に並んで順番を待つ。
「あの店が桜木さんのおススメの店?」
「そうよ。最近少し有名なのよ。雑誌にも特集組まれたりしてるくらいに。でもちょっと来るのが遅かったかもね。もう並んでるなんて」
「雑誌に特集組まれただけで人が集まるってすごいな」
「特集が組まれたから人が集まるんじゃなくて、人気だから特集が組まれるのよ。まぁ、特集が組まれたからもっと人が増えてるかもしれないけど」
「なるほどな。俺普段雑誌とか読まないからなぁ。こういう店全然知らないんだよ」
「ふん、ダメダメね。そんなことでお姉さまとデートする時大丈夫かしら……って、別にあんたがお姉さまとデートするのを認めたわけじゃないからね!」
「いや、それはわかってるから……」
「ならいいけど……でも、も万が一、億が一お姉さまとデートするなんてことになった時に変な場所連れてったら承知しないからね」
「もしそんなことになったらちゃんと調べて行くよ」
「お姉さまとデートなんて認めるわけないでしょ!」
「言ったのそっちだろ!」
「あ、ごめん。反射的に」
「……ふふ」
晴彦と花音の会話を聞いていた弥美が笑い声を漏らす。
「どうしたの弥美ちゃん?」
「花音と日向先輩、ずいぶん仲良くなったなぁって」
「はぁ? 私とこの先輩が? ないないない! あり得ないから!」
「でもさっきから普通に話してるし。いつもなら花音男の人と話すのも嫌がるじゃない」
「そうなのか?」
「そうなんですよ。だから生徒会室に相談に来ても男子だといつも私とか他の人に任せちゃって……だから、先輩と話せてるのって結構珍しいことなんですよ」
「へぇ。そうだったのか」
「だから、先輩には結構気を許してると思う」
「ちょ、弥美ちゃんも依依ちゃんも余計なこと言わないでよ! 先輩も勘違いしないでよ! 私先輩のこと嫌いなんだから!」
「はいはい。わかってるよ」
「全然わかってないじゃない! その微笑まし気な顔で私を見ないで!」
晴彦にも弥美達にも微笑まし気な顔で見られて顔を真っ赤にする花音。晴彦にも少しずつではあるが、花音がどういう人物であるかということがわかり始めていた。少なくとも弥美達の言う通り、悪い子ではないというこははっきりとわかった。なんだかんだと悪態はついて来るものの、晴彦の事を無視するということもなく、会話にも応じてくれている。
雷華と雷茅が言っていたように攻略する、というわけではないが今日の間に少しは仲良くなれればいいなと思うほどには花音のことを晴彦は気に入っていた。
そんな風に晴彦達が花音のことをからかいながら時間を過ごしているうちに、列がどんどん消化されて晴彦達の順番がやって来る。
店の中はムーディな音楽が流れていて、外で待っていた女性達もケーキの写真を撮ったりしながら楽しんでいた。
「なかなかいい雰囲気の店だな」
「でしょ? それじゃあさっそく食べましょうか」
「どんなケーキがあるのかな」
「できるだけお高いケーキが食べたい」
「依依さんは欲望に忠実だな」
花音達はそれぞれメニューを見ながら食べたいケーキを探す。依依だけは食べたいもの、というよりも少しでも高いケーキを探していたが。晴彦もケーキを選ぼうとメニューに目を通すと、思った以上に豊富な種類のケーキに少し驚く。そして、それと同時に晴彦が想像していたよりもずっと安いケーキの値段に花音の優しさを感じた。晴彦は値段はそれほど気にしないつもりだったが、どうやら花音が気をきかせて安めの店をチョイスしたらしい。
(ホント、素直じゃないけど優しい子なんだな。これで俺に悪態つくのさえやめてくれたらいいんだけど……まぁ、多くは望まないでおくか)
結局晴彦はチーズケーキを、花音がラズベリータルト、弥美がショートケーキ、依依が値段が高めのメロンショートケーキを頼んだ。
それからほどなくして、晴彦達の前にケーキが並ぶ。晴彦は値段が安い分小さかったりするのではないかと考えたりもしたがそんなこともなく、むしろ大きめのケーキだった。花音達はケーキを前に目を輝かせている。
「それじゃあ皆好きに食べてくれ。なんだったら追加で頼んでくれてもいいぞ」
「それは魅力的な提案だけど。さすがにちょっとねぇ」
「この大きさのケーキ二つは……」
「体重気になるお年頃。私はそんなに気にしないけど」
「そういうもんなのか?」
「そうですよ。先輩の幼なじみさんも気にしてたりしません?」
「あぁ……そういえばなんか気にしてたかも。やっぱり気になるもんなのか? 皆そんなの気にする必要ないような気もするけど」
「女の子は色々と複雑なんですよ。先輩もそういうのちゃんとわかってあげないとダメですよ」
「そうだな。気を付けるよ」
女心に鈍い自覚はあるので、素直に弥美の忠告を受け入れる。以前はそういう女心に疎過ぎたせいであれだけの事件に発展したと考えることもできるのだ。そう言ったところから身に着けて行く必要があるのだろう。
「そうだった。食べ始める前に言っとかないとな」
「何よ。私は早く食べたいんだけど」
「お礼だよお礼。今回はそのために集まってもらったようなものなんだから。改めて言っとくな。この間は本当にありがとう。それと俺のせいで桜木さん達まで危険な目に遭わせたみたいで本当にごめん。今俺がこうしてここにいられるのはお前達のおかげだ。本当に感謝してる」
もし花音達が雪のことを助けていなかったら。こうして晴彦がここにいられたかどうかはわからない。そう言った意味で言えば花音達は晴彦の命の恩人でもあるのだ。
「私は別にあんたのためにやったわけじゃないわ。お姉さまのためよ。そこんところ勘違いしないで。でもまぁ、一応お礼は受け取っておくわ」
「私も、どこかの誰かさんのせいで危険には慣れっこですから。そんなに気にしなくてもいいですよ。でも先輩の助けになれたのなら嬉しいです」
「ん。私も一緒。こうしてお礼をしてもらえたからそれでいい」
「ねぇ、そのどこかの誰かさんってもしかして私のことだったりする?」
「そんなこと言ってないけど……でも自覚があるならそうかもね」
「絶対私のことだよね!」
「はは、ホントに仲良いいんだな。でもホント感謝してるよ。何かあったらいつでも言ってくれ。その時は助けになるからさ」
「ふん、期待はしないけど覚えとく」
「それじゃあケーキ食べるか」
「いつまでもあんたのかた苦しい話なんて聞いてたくないしね。いただきます」
「それじゃあいただきますね先輩」
「いただきます」
そして晴彦達はケーキを食べ始める。晴彦の頼んだチーズケーキは舌触りが非常になめらかで食べやすく、普段あまりケーキを食べることが無い晴彦でも上等な品だとわかる作りだった。
「美味しいな、これ」
「ホント、びっくりするぐらい美味しい」
「これでこの値段なら安いかもですね」
「これはお金を出す価値のあるケーキ。覚えておく」
「依依ちゃんが認めるなら本物ね。私もこの店を選んでよかったわ」
それから何気ない雑談をしながらケーキを食べ続けるなかで、ふと晴彦には気になることがあった。
「ところで、さっきからずっと気になってたんだけどさ。弥美さん」
「はい、なんですか?」
「前髪邪魔じゃないの? 食べる時とか」
「「っ!」」
晴彦がずっと気になっていたこと。それは弥美の前髪だった。明らかに食べるのにも邪魔なほどに伸びているのだが、弥美はそれをどけることもなくそのまま食べ続けていた。だからふと気になって聞いたのだが、それを聞いた瞬間、花音と依依が焦ったような表情をする。
「ば、バカあんた! なんでそんなこと聞くのよ!」
「それは触れてはならない領域」
「え、そ、そうなのか? いやでも気になって」
「……気になりますか?」
「え?」
「私の前髪……その下がどうなってるか……気になりますか先輩?」
それまでとは明らかに違う声音。前髪で隠れて見えていない眼からジッと見つめられているような気すらしてくる。謎の威圧感に襲われ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じる晴彦。
「この下の真実を知る勇気が……先輩にはありますか?」
「い、いえ……気にならないです」
威圧に負けた晴彦は思わずそう言ってしまう。すると、ふっと弥美から放たれていた威圧感が消え去る。
「ふふ、冗談ですよ冗談。本気にしないでください」
「じょ、冗談?」
「この前髪は私が恥ずかしがり屋だから伸ばしてるだけです。人と目を合わせるのが苦手なので。ですから、無作法ですけど許してくれると嬉しいです」
「いや、そ、そうか。それならいいんだけどさ」
それでもさっき感じた弥美の威圧は本物だった。そう思いながらもそれを口にする勇気は流石にない晴彦であった。
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