第19話 母たちの昼下がり
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
零音と晴彦が学校に向かってからしばらく、秋穂はテレビを見ながら呆然と呟いた。
「お昼ご飯……どうしよ」
お腹は空いているというのに全く動く気がしない秋穂。そもそも、夫である徹と結婚するまで基本的にインスタント食品ばかりを食べていたのだから。
「カップ麺……なかったんだよなぁ。零音ちゃん、インスタント食品買ってないんだ。まぁ作れるから必要ないんだろうけど。うーん、困った。こんなことなら零音ちゃんに作っといてもらえばよかったなぁ」
ぐぅ~っと、秋穂の腹が音を立てて空腹を激しく主張する。自分で作るということも考えはしたものの、面倒だというのが正直な気持ちだ。
「……寝るか。寝て忘れよう。零音ちゃんが帰って来てから作ってもらおう」
そう思いたった時だった。ピンポーンと、家のインターホンが来客を知らせる音を鳴らす。
「誰もいませんよー」
出るのが面倒だった秋穂は居留守を決め込むことにして、さっさとソファに横になる。しかし——
ピンポーン。
「いませんよー」
ピンポン、ピンポン、ピンポーン。
「いないってば」
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン。
「~~~~~~っ!」
鳴りやまないインターホンの音に苛立った秋穂はガバっと起き上がって玄関へと向かい、荒々しくドアを開ける。
「だからいないって言って——って、莉子?」
「やっほー、久しぶり。秋穂ちゃん」
「あぁうん、久しぶり……じゃなくて、いきなりどうしたのよ」
「昨日零音から帰って来てるって聞いてね。お昼ご飯まだでしょ? 作ってあげる」
「り~こ~~~~」
秋穂のもとに女神が現れた瞬間だった。
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それから家の中に入った莉子は、パパっとお昼ご飯を作り秋穂に振る舞った。
「あー、もうお腹いっぱい。ごちそうさまー」
「はい、お粗末様でした。秋穂ちゃん相変わらずよく食べるわねぇ」
「そりゃ莉子の作るご飯美味しいもの。いくらでも食べれるわ」
「そう? ならもっと作ってあげるけどぉ」
「いや、それは……さすがに勘弁」
「ふふふ、冗談よ、冗談」
「莉子たまに本気で言うから怖いのよ」
「そんなことないわよぉ」
「その笑顔に何度騙されたことか……ま、いいけどね。それよりもさっきも聞いたけど今日は何か用なの?」
「久しぶりに友達が帰って来てるなら会いたいでしょ。それだけよぉ。秋穂ちゃんも徹君も急に海外に行っちゃったでしょ? だから寂しくて」
「ホントにぃ?」
「信じてくれないの? 悲しいわぁ、泣きそうだわぁ」
「泣きそうって笑顔で言わないでよ。まぁでも、仕事の都合とはいえ急に海外に行ったのは悪いと思ってるわよ」
「おかげで私の話を聞いてくれる人が零音しかいなくなっちゃったんだからぁ」
「あんたの話って、大体秀介君との惚気話じゃない。毎度毎度砂糖吐きそうになるわ」
「だって愛してる人の話だものぉ」
「はいはい、ホントに学生の頃からお熱いことで。見てるこっちが恥ずかしいくらいよ」
「秋穂ちゃんと徹君も大概だと思うけどねぇ」
「私達はフツーよ、フツー。学生の頃だってほとんど莉子のせいで敬遠されてたんだし」
莉子と秀介、秋穂と徹のカップルは学生だった当時から非常に有名だった。いい意味でも、悪い意味でも。二組のイチャイチャ具合は学校内の彼氏、彼女を持たない者達の羨望を集め、恋愛ブームを巻き起こしたこともあった。しかし、一度秀介に近づく女があれば莉子は激怒し、とんでもない恐怖を叩き込んだという。そうした経緯もあって、羨ましがられながらも近づかれない、それが莉子と秀介というカップルだったのだ。そんな莉子と仲の良かった秋穂、徹のカップルも同じような目で見られていた。つまり、ほとんど莉子のせいなのだが。
「まぁでもいいわ。暇だしね。今日は特別に話し聞いてあげる」
「ありがと秋穂ちゃん。それじゃあお茶とお菓子用意するね」
「やった、ワタシお菓子大好きー」
それからしばらくの間、莉子と秀介の惚気話を聞いたり、また徹とのことを話したりしながら過ごした秋穂。この場に零音と晴彦がいなかったのは幸いだろう。親の惚気話を聞かされるなど、恥ずかしくてしょうがないのだから。
それでも今だけは莉子も秋穂も、学生の頃に戻ったような気持ちで話し続けたのだった。
「あ、もうこんな時間」
「あらホント。二時間以上経ってたわね」
チラリと時計を見た秋穂が呟く。その時計は二時過ぎを指していた。
「まだ晴彦君達が帰ってくるまでは時間があるわね」
「そうねぇ。あ、そうそう、それで思い出したわ」
「何?」
「零音ちゃんよ零音ちゃん。昨日も今日も料理食べさせてもらったけど、ずいぶん上手じゃない」
「それはそうよ。ちゃんと教えたものぉ。でも、私からすればまだまだだけど」
「えー、あれでもまだなの?」
「料理は満足しちゃダメなのよ。愛する人に振る舞う料理なら特にね」
零音の愛する人、それは言葉にせずとも誰なのか莉子も秋穂もわかっている。
「あんな子が晴彦のことを好きでいてくれるなんて、ほんと我が息子ながら恵まれてるわ」
「あら、晴彦君だっていい子じゃない」
「零音ちゃんほどじゃないわよ。優しい子だとは思うけどね。でもあの子は……徹と同じ匂いがするわ」
「徹君と?」
「優しくし過ぎて、色んな女の子を勘違いさせるような子ってこと」
「あぁ……なるほどねぇ。そう言えば徹君は色んな子に好かれてたわね」
「ホント、大変だったんだから。おかげで女の子の友達作りづらかったし。まぁ、莉子は秀介君一筋だったから安心してたけど」
「もちろんよ。私、夫以外の男なんて興味ないからぁ。塵芥みたいなものよぉ」
「その言い方は止めなさいっての。まぁとにかくね、私と同じ苦労を零音ちゃんがしてないといいなって、そう思うのよ」
「ふふ、大丈夫よぉ」
「どうして?」
「私の子だから」
「この上ない説得力だわ」
苦笑して言う秋穂。それから莉子が買い物に行く時間になるまで、二人は様々な話に花を咲かせるのだった。
莉子の夫の名前を秀介に変更しました。いやまぁ、名前ほとんど出してなかったんですけどね。
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次回投稿は5月11日21時を予定しています。