第17話 姫愛のお弁当
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
いつもとは少しだけ違う朝を過ごしてからの昼休み。特に用事のなかった晴彦はいつものように零音と一緒にお昼ご飯を食べようとしたのだが、その時に事件は起きた。
机を動かしていた時のことだった。姫愛が晴彦の前に現れたのだ。その日は朝から晴彦の様子を伺うだけで、他のクラスメイト達と話すだけだったのですっかり油断していたのだ。
姫愛が近づいてきた時に少しだけ表情を硬くした零音だったが、すぐに追い返したりする様子はなく、どうやら様子を見るつもりらしい。
一方、晴彦の前にやって来た姫愛も、後ろ手に何かを隠したままモジモジとしてなかなか用件を切り出さない。伺う零音と、声を掛けようとするたびに止めてしまう姫愛。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないと思った晴彦は思い切って声を掛ける。
「えぇと。何か用?」
「は、はひ! そ、そうですわ あの、その……わたくし、これを作ってきましたの!」
意を決した姫愛が、ずっと隠していたものを晴彦に向かって差し出した。それは布に包まれた箱状の何かだった。といっても、お昼休みにそれを差し出されて何かわからないほど晴彦は鈍感ではない。
「これもしかして……お弁当?」
「はい。そうですわ。晴彦様に食べていただきたくて……作ってきましたの」
「姫愛が?」
「もちろんですわ。その……初めてでしたけれど、シェフに聞いて作り方を教えてもらいましたの」
今まで料理をしたことが無い姫愛が生まれて初めて作ったお弁当。ちらりと姫愛の手を見てみれば、その手には絆創膏がたくさん貼られていて、料理に不慣れな姫愛が努力してくれたのだということが伺い知れた。
その様子を見て断ることができるほど晴彦は冷たい人間ではなかった。
「そっか。ありがとう」
そう言って弁当を受け取る晴彦。その瞬間、隣にいた零音の視線が少しだけ鋭くなるが、しかしその場では零音は何も言わなかった。
「その……失礼いたしますわ。感想はまた後ほど聞かせていただければ構いませんので」
そう言うなりそそくさと走り去ってしまう姫愛。さすがに初めて作った料理を目の前で食べられるのは恥ずかしかったらしい。残されたのは姫愛のお弁当と、そして不機嫌な様子で晴彦のことを見る零音だけだった。
不機嫌な理由はもちろんわかっている。晴彦は姫愛からの弁当を受け取った。しかし、いつものように零音もまた弁当を作ってきているのだ。つまり今この場に晴彦の弁当は二つあるということになる。
「で、どうするの?」
「えーと……どうするって?」
「東雲さんのお弁当受け取っちゃったけど。じゃあ私のはいらない?」
ニッコリとした笑顔で言ってくるのがなおのこと恐ろしい。ここでもし零音の弁当をいらないと言えばどんな未来が待っているか……想像するだけで晴彦の背筋に冷たい感覚が走る。つまるところ、返答は一つしかなかった。
「……両方食べさせていただきます」
「そう。それならいいんだけど。もしどっちか食べないなんて言ったら流石にちょっと怒るところだったよ——って、何よハル君。その顔は」
「あぁいや、姫愛のお弁当を食べることについては何も言わないんだなと」
「だってもう受け取っちゃったならしょうがないし。私は東雲さんのことあまり好きじゃないけど……でも、あぁやって勇気を出してハル君に渡したものを食べるな、とは私は言えないよ」
好きな人に弁当を渡す。それがどれだけ勇気のいることか。それを零音は知っている。だからこそ、不服に思いながらも零音は口出ししなかったのだ。口を出さなければ優しい晴彦が断るということをしないことはわかったうえで。
それでも少しだけ腹が立ったのは事実なので、少しだけ零音はわがままを言ってしまったのだ。
晴彦の優しさはいい所であると零音も理解している。していても、自分だけに優しくしてくれればいいのにと思わずにはいられない零音であった。
「それじゃあハル君、頑張って食べてね」
「……はいぃ」
机の上に並べられた二つの弁当を見て、晴彦はがっくりと項垂れるのであった。
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次回投稿は5月5日21時を予定しています。