第10話 母、帰還する
書きたい短編の案が大量に溜まってしまっている今日この頃。そのうち消化していきたいですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
なんでもない話をしながら零音と晴彦は家に向けて歩いていた。
「——で、その時に雫さんが笑って紅茶を吹き出しちゃって」
「え、あの雫先輩が!?」
今零音が話しているのは昼休みの時に雫が晒した痴態についてだ。普段の落ち着いた冷静な雰囲気を纏っている雫が笑って紅茶を吹き出してしまう光景を想像して晴彦は驚きを隠せない。
「それもこれも霞美の披露した変顔が原因なんだけど、私も思わず笑っちゃった。さすがに紅茶を吹き出しはしなかったけどね」
「霞美の変顔……っていうか、なんでそんなことになったんだよ」
「うーんとね、雪がなんか面白いことしてよーって無茶ぶりしだして、それからなんやかんやあって霞美が変顔を披露することに……」
「そのなんやかんやがすげぇ気になるんだけど!」
「あはは、また霞美にお願いしたら見せてもらえるかもよ? まぁ、もう二度としたくないって言ってたけど」
「写真とか取ってないのかよ」
「さすがにねー。瞬間で写真は撮れないよ」
「そうか……残念だ」
「ハル君も変顔とかしてみてよ」
「嫌だよ。っていうかその話聞いた後でできるわけないだろ」
「私ハル君の変顔ならどんな顔でも笑う自信あるよ」
「それ、俺の顔が常に変だって言いたいのか?」
「もう、そういうことじゃないってば」
家に着いた晴彦が鍵を取り出して鍵を開けようとする。が、しかしそこでおかしなことに気付く。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「いや……鍵が……開いてる」
「え!?」
「俺、朝確かに閉めてったよな?」
「それは間違いないはずだよ。私もちゃんと確認してたし」
互いに顔を見合わせて首を傾げる。そして次に浮かんだのが恐ろしい想像だ。
「もしかして……空き巣とか?」
「空き巣!?」
「だ、だってハル君がいま一人暮らししていることは少し調べたらわかることだし。狙ってくる泥棒がいてもおかしくないだろうし」
「うちに盗めるようなものなんてないけどなぁ」
「そんなのわかんないよ。もしかしたら空き巣じゃなくてハル君のストーカーって言う可能性も」
「いやねーよ。俺のこと好きになる奴なんて……ま、まぁ多少は居てくれるかもしれないけど、普通はねーよ」
好きになる奴なんていない、そう言おうとした時に零音からジトっとした視線を感じて少しだけ言いかえる。
「どうする?」
「入って……見るか?」
「危ないよ」
「でも入らないとわからないだろ。零音は家に——」
「嫌! 危ないって言ったのはハル君でしょ。私も一緒に行くからね」
「零音……わかった。でも、危ないと思ったらすぐに逃げろよ」
慎重にドアを開けて家の中へと入る晴彦と零音。入った所には誰の姿も見えない。しかしリビングの方でガサゴソと何かが動いているような物音がする。
「リビングか……」
「ハル君……」
零音が不安気に呟いて晴彦の服の裾を掴む。玄関に置いてあった傘を武器替わりに持った晴彦が意を決してリビングの扉を開いて叫ぶ。
「だ、誰だ! ……って、え?」
「うそ……」
リビングにいたのはある意味、空き巣よりも衝撃的な人物だった。その姿を見た二人は驚きのあまり固まってしまう。そして、リビングにいたその人物は晴彦と零音の姿を見てのほほんとした様子で軽く手を挙げる。
「あ、二人ともおかえりー」
「母さん!?」
「秋穂さん!?」
「なにそんなに驚いてるのよ。あなたの愛する母さんですよ。零音ちゃんも久しぶりねー」
驚きを隠せない二人を尻目に、秋穂はお菓子を片手に呑気にテレビを見ている。
「いやいや、そうじゃないだろ! いつ帰ってきたんだよ!」
「いつって、今日のお昼よ」
「なんで!」
「なんでって、お仕事お休みもらったから? たまには晴彦の顔も、未来の義娘の顔もみたいじゃない」
「義娘……」
秋穂に義娘と言われて顔を赤くして俯く零音。その頭の中ではすでに色々な妄想が繰り広げられていた。晴彦の陰に隠れてニヤニヤと笑っていた。
「義娘って、俺と零音はまだそんな関係じゃ」
「え、まだなの? これだけ時間があってまだ手を出してないの? はー、我が息子ながらヘタレねぇ。ごめんね零音ちゃん、こんなヘタレだけど見捨てないであげてね」
「だー!! ヘタレじゃねーよ! なんなんだよ母さんいきなり!」
「ヘタレな息子の背中を押しに来てあげたんじゃない。それとも……まさかとは思うけど、あんた零音ちゃん以外に手を出したんじゃ……」
「出してねーよ!」
「そうですよ秋穂さん! ハル君に女の子に手を出すような勇気はありません! あっても私が許しません!」
「ま、そうよねー。でも、ちょっとは関係が進んでるみたいで安心したわ」
晴彦の服の裾を掴んだまま離さない零音の姿を見て秋穂はニヤリと笑う。秋穂が見る限り、零音が晴彦のことが好きなのは明白だったがどこか一線を引いているというか、踏み込みきれていなかった。何があったかは知らないが、二人の間にあったそうした壁が取り除かれたのだと今の二人の様子を見ていてわかったのだ。
意味ありげな秋穂の視線に気づいた零音が、パッと晴彦の服の裾から手を離す。
「っていうか、帰って来るなら教えとけよ」
「そこはそれ、帰ったらお母さんがいるっていう感動的な状況を再現しようと思っただけよ」
「感動どころか空き巣かと思ったわ」
「あら失礼ね」
「そう思われたくなかったら今度から帰って来る時はちゃんと連絡して来いよ」
「はいはい、覚えてたらね。それよりも零音ちゃん、今から一緒に夜ご飯作らない?」
「あ、はい……って、え?」
秋穂はそう言ってニコニコと子供のような笑顔を零音に向けるのだった。
その頃、某国にて。
「うぉおおお秋穂ぉおおおお! 俺は忙しさのあまり死のそうだぞぉおお!!」
「いや、先輩。ちゃんと僕達も手伝ってるじゃないですか。嘘言わないでくださいよ」
「いや、こう言ってたら伝わったりしないかなぁ、なんて思ったんだけど」
「ここ日本から相当離れてますし、テレパシー使えるわけでもないのに伝わるわけないじゃないですか。うるさいので静かに仕事してください」
「部下が冷たくて泣きそう」
「あ、泣かないでくださいね。書類が濡れるので」
「うぉおおわかってるよこんにゃろう!!」
「だから静かにしてくださいってば」
「あぁ! 俺も家に帰りたい!」
その叫びを聞く者は誰もいなかった。
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次回投稿は4月20日21時を予定しています。