第9話 帰り道にて
書ける日と書けない日の落差が激しい今日この頃。思いつかない日ってほんとに思いつかないものですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
学校を出た姫愛は、学園の外で待っていた車に乗り込んだ。
「お嬢様。慣れない環境、お疲れではないですか?」
「今日は挨拶だけのようなものだったから、それほど疲れたということはないですわ。爺やも迎えをありがとう」
「いえ、これも仕事ですから。どうでございましたか?」
「そうね。皆様とても良い人でしたわ。ここでなら上手くやっていける気がしました。それに何よりも、晴彦様がわたくしのことを覚えていてくださったのです!」
「ほほう、それは何よりでございますな」
「昼食もご一緒できて……もうこの上ない至福の時間でしたわ」
数年ぶりにあった晴彦と共に食事ができる。夢にまで見た光景が実現したのだ。あの瞬間、姫愛の心はまさしく満たされていた。ちなみに、一緒にいた友澤のことはほとんど目に入っておらずあまり記憶には残っていなかった。友澤、どこまでも不憫な男である。
「せっかくですからディナーもご一緒に、とお誘いしたのですけれど……」
「断られたのでございますか?」
「……あの女に邪魔されましたわ」
「それは……」
「忌々しいことこの上ないですわ。相も変わらずあの女……わたくしの晴彦様にベタベタとくっついて」
「羨ましいのでございますか?」
「それはもちろん! って、そうじゃありませんわ! わたくしは朝道さんが晴彦様の傍にいるのが気に入らないだけで……あの場所には、わたくしがいるはずだったのに」
当たり前というように、晴彦の隣にいた零音。その姿が姫愛にはどうも癪に障った。だからだろう、必要以上に言葉が過ぎてしまったのは。そのせいで晴彦に怒られることになってしまったのは姫愛としても不本意だった。しかし零音の方も引かないのだから姫愛から引くわけにはいかないのだ。
「ですが、わたくしが来たからにはもう朝道さんの好きにはさせませんわ。そうですわ、わたくしが晴彦様の昼食をご用意するというのはどうかしら」
「それは妙案ではございますが……失礼ですが、姫愛様、料理の経験は?」
「ありませんけど……それが何か?」
「用意するというのはお嬢様自らでございますか?」
「えぇ、当たり前じゃない。わたくしが作らないと意味がないですもの。朝道さんにできてわたくしにできないことはないわ。そうと決まればさっそく家に帰ってから作ってみましょう」
「……そうでございますね。シェフにしっかりお願いしておきましょう」
「ふふ、明日が楽しみですわね爺や」
楽し気に笑う姫愛に爺やは何も言えず、姫愛はただただ晴彦が喜んでくれる姿を想像して明日へ思いを馳せるのだった。
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帰り道、めぐみと雪と別れた晴彦達は家へ向かって歩いていた。いつもならば買い物があったりするのだが、それも前日に済ませてしまっているために必要が無い。そして、こんな帰り道ならば何かしらの話を零音が始めるのだが、今日はそれもない。珍しく二人は何も話すことなく歩いていたのだ。
いつもならば苦ではない沈黙も、今日ばかりはそうではない。お互いに言いたいことはあるのに、聞きたいことがあるのに聞けないからこその沈黙だからだ。
それでも思い切って口を開いたのは零音が先だった。
「……聞かないの?」
「何を?」
「その……東雲さんとのこと」
「そりゃ確かに気になるけどさ……聞いていいのか?」
「ダメだけど、でも、ハル君にはもう隠し事をしたくないから」
「はぁ、あのなぁ零音」
晴彦は零音の腕を引いて立ち止まり、二人は向き合う形になる。いつもなら晴彦から目を逸らさない零音だが、今日ばかりは目を合わせることができていなかった。それはやはり後ろめたいことがあるからだろう。
「俺は別に、お前に全部話せなんて言ってない。隠し事をするな、なんてことも言わない。ただお前が話したいっていうなら俺は聞く。そうじゃないなら無理に聞かない」
「ハル君……」
「一人で抱えきれないなら俺も一緒に支えてやるから。だからもうそんな顔するな。お前にそういう顔されてると……どうしたらいいかわかんなくなるんだよ」
今にも泣いてしまいそうな零音の顔を見て晴彦は言う。
「ごめんね……じゃなかった。ありがとうハル君。そうだね。いつか……いつかきっと心の準備ができたら話すから。それまで待っててくれる?」
「当たり前だ。でもそん時は雪さん達にも話してやれよ」
「……うん、そうだね。でもハル君のおかげですっきりした」
「ならよかったよ」
「でも、それならそれで一つだけ言っておきたいことがあるの」
「え?」
「ハル君、どうして東雲さんのことを名前で呼んでるの?」
「どうしてって……姫愛がそう呼べって言ってきたからだけど」
「それが私には納得できないの。なんか東雲さんとハル君が仲良くなってるみたいで。すごく……すごくすごく気に入らない」
「そう言われてもな……。俺と姫愛が仲良くなるのが嫌なのか?」
「ハル君はわかってないの。あの人はねハル君のこと狙ってるんだよ。油断してたらあっという間に外堀埋められちゃうよ」
「いや、まさか……姫愛の言う好きだってあくまで友達の延長線上みたいな感じで、そこまで本気ってわけじゃ——ってなんだよその顔」
「はぁ……ハル君、それを本気で言ってるからたち悪いよね。まぁ、そのおかげで助かってる部分もあるけど。でもそこが残念でもあるっていうか」
「なんでいきなり俺はバカにされてるんだよ」
「バカにしてるんじゃないよ。事実を言ってるだけ。でもハル君もちゃんと気を付けてよね。じゃないと後で後悔することになっても知らないよ」
「そん時は俺の優しい幼なじみ様に助けてもらうさ」
「むぅ、都合のいいことを……助けるけどさぁ」
すっかりいつもの調子を取り戻した二人は、それから他愛のない話をしながら家へと帰るのだった。
その日の夜、姫愛の家にて。キッチンにシェフの悲鳴が響く。
「あぁお嬢様! 包丁の握り方はそうじゃありません!」
「え、違いますの? 教えてもらった通りにしたつもりなのですが」
「その構え方だと自分の手を切っちゃいますよ!」
「うーん……大丈夫ですわ!」
「大丈夫ですわ、じゃありません! お嬢様に怪我をさせたら旦那様になんて言われるか……」
「もう、心配しょうですわね……えいっ!」
「ひぃあぁあああ! お嬢さまぁ、お願いですから一度止まってくださいぃいいい!」
その日、キッチンからシェフの悲鳴は絶えることなく、屋敷中に響き渡っていたという。
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次回投稿は4月17日21時を予定しています。