第8話 互いに引けぬからこそ
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「朝道さん……あなた、何度言ってもわかってくださらないようですからもう一度言いますわ。言い加減晴彦様に付きまとうのは止めてくださらない?」
「付きまとってるのはあなたの方でしょう東雲さん。ハル君を追って転校までしてくるなんて、正直ドン引きですよ? 自覚が無いって一番怖いと思うなぁ、私。さっさと前の学校に戻ってください」
「…………」
「…………」
ジッとにらみ合う零音と姫愛、あわあわと慌てるめぐみ、呆れる雪。そして両者の間に挟まれる形となっている晴彦は、なぜ再びこんなことになってしまったのかと遠くを見つめながらこれまでの経緯を思い出すのだった。
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放課後、その日の授業を全て終えた晴彦は疲れたーと、伸びをして体をほぐしながら帰宅の準備を進めていた。結局朝以降、零音と姫愛が直接衝突するようなことはなかった。というより、お互いに関わろうとすることがなかった。零音がいない隙に姫愛が晴彦に話しかけてくることはあったが、零音が戻ってくればお互いにらみ合いながらも何も言わずに離れていった。昼休みも零音が戻って来る前に姫愛が立ち去り、正面からぶつかり合うようなことはなかった。
それでもなぜか零音達にはなぜかバレてしまい、友澤は酷い目に遭ったのだが……それはここで語ることではない。一つ言えることがあるならば、友澤はしばらくの間魂を飛ばしたように沈黙していたということだ。いつも騒がしいあの友澤が、である。
特筆すべき連絡事項もなく、ホームルームもすぐに終わり晴彦は帰ろうと立ち上がる。
「ハル君、それじゃ帰ろっか」
「あぁそうだな」
「あ、ちょっといい?」
「ん? どうしたんだ?」
いつものように零音と帰ろうとすると、雪とめぐみが近づいて来る。
「せっかくだからさ、今日はアタシ達も一緒に帰っていい?」
「あ、わ、私も一緒に帰りたいなーと。駅までですけど」
「もちろん俺は全然いいけど」
「やった。じゃあ決まりね」
「私の意見は聞かないの?」
「え、ダメなの?」
「それは……」
もちろんダメだ、と言いたい零音だったが雪の隣に立つめぐみのことを見て言葉が止まる。捨てられた子犬のような、庇護欲をそそる眼差しに零音の心がぐらりと揺れる。
「ま、まぁ駅までだし別にいいけどね」
零音がそういうとめぐみの表情がぱぁっと輝く。なんだかんだとめぐみには甘くなってしまう零音であった。
「よっし、それじゃあ行こっか。あ、そうだ。ついでに帰りにさぁ」
「ちょっとよろしいかしら?」
今度こそいざ帰らんとした晴彦達の元にやって来たのは姫愛であった。その姿を見て零音は表情を硬くし、雪とめぐみも警戒を滲ませる。教室に残っていた他のクラスメイト達はそれを見て巻き込まれてはたまらないとそそくさと教室を後にする。
「何か用、東雲さん?」
「あなたではなく、晴彦様に用があるんですの」
「別にハル君にしか言えないことってわけでもないでしょう?」
「だからと言ってあなたに言う理由にはなりませんわ」
「あぁもう零音、いいから。それでしのの——姫愛、用って?」
一瞬姫愛から不穏な視線を感じて言い直す晴彦。しかし、今度は隣の零音から冷たい視線を送られてしまう。
「あの、その……もしよろしければディナーをご一緒にいかがかと思いまして。両親にも晴彦様のことを紹介しておきたいですし」
「そんな必要ありません」
「どうしてあなたが答えるんですか朝道さん。わたくしは晴彦様に言っているのです。あなたの意見は聞いておりません」
「いいえご生憎様、私はハル君の両親からハル君の食生活について任されてるの。つまり、ハル君の食事決定権は私にあるの、わかる? 明日も、明後日も、その先もあなたとハル君が一緒に食事をすることなんてありえないの。ましてやご両親に紹介なんてそんな必要ないんです」
いつの間に零音に食事の決定権があったんだ、と言いたい晴彦だったが、口を挟めるような状況でもない。
「そうやってあなたはいつも束縛するばかり……わたくしは晴彦様が不憫でしょうがないですわ。束縛が強いと嫌われますわよ?」
「ご心配なく、私とハル君はちゃんとわかり合ってますから。えぇ、それはもう深くわかりあってますから」
「どうせあなたの思い込みでしょう? 思い込みもそこまでいくといっそ哀れですわね。いい加減付きまとうのは止めたらいかがですの?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますね」
笑顔を浮かべて言い合う二人。しかしお互いに棘は隠そうともしていない。
「朝道さん……あなた、何度言ってもわかってくださらないようですからもう一度言いますわ。言い加減晴彦様に付きまとうのは止めてくださらない?」
「付きまとってるのはあなたの方でしょう東雲さん。ハル君を追って転校までしてくるなんて、正直ドン引きですよ? 自覚が無いって一番怖いと思うなぁ、私。さっさと前の学校に戻ってください」
「…………」
「…………」
絶望的に相性が悪いというのか、どうしたってこの二人は合わないようだ。お互いに一切譲る気がないのだからなおさらたちが悪い。しかし晴彦は譲らないというよりも譲れなくなっているのではないかと感じた。言い出してしまったがゆえに、引きことが出来ずお互いに矛をぶつけ合うしかない。だからだろうか、言い合いながらもどこか二人が苦しそうな表情をしているのは。
きっと誰かが止めなければ止まらないのだろうと思った晴彦は心を鬼にすることにする。
「だいたいあなたは——」
「東雲さんは——」
「いい加減にしろっ!」
「「っ!」」
なおも言い合おうとした零音達の間に割って入るように晴彦が声を張り上げる。
「二人ともいつまでもいつまでも言い合って……俺らはもう小さな子供ってわけじゃないだろ!」
「そうだけど……でも」
「でもじゃない! 二人の間に何があったのか知らない。だからこの意見はお門違いなものかもしれないし、俺が言えた義理じゃないかもしれないけど……でも、少なくとも今のこの状況が間違ってるってのは絶対に言える」
「「…………」」
「別に今すぐ仲良くしろって言ってるわけじゃない。少しずつでいいんだ。歩み寄る努力はしようぜ」
「そ、そうだよ。喧嘩しててもいいことないし。仲良くできるならその方がいいよ」
「そーそー。もっとお気楽にいこうよ」
晴彦の言葉に、めぐみと雪も援護を入れる。零音と姫愛はジッとにらみ合っていたが、やがてどちらからともなく顔を逸らす。
「……今日の所は引いてさしあげますわ。晴彦様のお言葉もありますし」
「こっちだって。ハル君を怒らせるのは本意じゃないしね」
ふん、と鼻を鳴らす二人。それから姫愛は零音に向けていたものとは違う、心からの笑顔を浮かべて晴彦に言う。
「それでは晴彦様、今日は失礼いたしますわ。ディナーはまたいずれ。また明日、ですわ」
「あ、あぁ。また明日」
「ふふ、素晴らしいですわね。また明日も晴彦様に会えるというのは。それでは」
そう言って教室を出て行く姫愛の姿を零音は様々な感情の入り混じった、複雑な瞳で見つめていた。
昼休み、食事中のこと。
「しの——姫愛、それって何?」
「こちらですか? 神戸牛のステーキですわね」
「そっちは?」
「伊勢海老ですわ。あまり好きではないのですが」
「冷凍食品とかは……」
「レイトウショクヒン? とはなんですの?」
普通なのはお弁当箱だけで、その中身は晴彦達とかけ離れていることを知った瞬間であった。
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次回投稿は4月14日21時を予定しています。