第156話 もう一度初めから
今回で一応一つの区切りを迎えることができましたー。最後駆け足になってしまったのが反省点です。この反省は次からに生かします。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
病院を抜け出した零音は、あてどもなくただ歩いていた。
別になにがあったというわけでもない。強いて理由をあげるならばなんとなくだ。
一人で町中を歩いていると、様々な人が歩いている。平日なので学生の姿は見えないが、小さな子供を連れた母親や、どこかへ向かう社会人。すでに退職しているのであろう老人達。
「なんで私出てきちゃったんだろ」
別に病院を出る理由などなかったはずなのに。なのに気付けば零音は与えられた病室を抜け出し、町の中を歩いていた。
「さっき時計を見た感じ、ちょうどお昼休みの時間だったし……今ごろ晴彦もお昼ご飯食べてたりしてるのかな」
それを考えた途端に零音の心が寂しさを訴える。しかし、零音はそれを努めて無視する。
「今の私が晴彦に頼るなんてことしていいわけがないし」
零音は冬也のことを受け入れて前に進むことを決めた。迷惑をかけてしまった人々に対して霞美と共に償いをしていかなければいけないとも思っている。そして、それと同時に晴彦との関係についても零音は一つ決めたことがあるのだ。
そして零音はある場所を目指して歩き出した。
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雫に零音が病院からいなくなったと聞いた晴彦は学園を飛び出して零音のことを探していた。
病院の人によると、お昼ご飯を持ってくるため、少しの間目を離した瞬間にいなくなったらしい。特に書き置きを残しているわけでもなく、本当に忽然と姿を消したらしい。雫から行く先に思い当たる節はないかと問われた晴彦だが、それに答えることはできなかった。そして居ても立っても居られなくなった晴彦は引き留める雫達の言葉を無視して飛び出してきたのだ。
しかし、走れども走れども、当てがなければ見つけることなどできるわけがない。ただむやみに走って無駄に体力を消費しただけだった。
「はぁはぁ……俺……何してんだろ」
胸を掻きむしりたくなるような焦燥感が晴彦を襲う。それと同時に、自分に対する憤りも。
「こんな時に行く場所もわかんないなんて……俺はバカかよ。いや、バカなんだろうな。零音はずっと傍にいてくれたから……だから、自分の傍からいなくなるなんて想像したこともなかった」
自分と零音の関係がどれだけ歪なものであったか、晴彦はそれをなんとなく感じていた。
「でも、だからって諦めるわけに行くか」
「おい」
もう一度走りだそうとした晴彦の前に突如として降り立つ人物。いきなり声を掛けられたことに驚く晴彦だが、それ以上に前に現れた人物が予想外すぎて晴彦は目を丸くした。
「霞美!?」
「なに? 私が前にいるのがそんなに驚くこと?」
霞美にされたことを思い出して少し身構える晴彦。しかし、そんな晴彦の態度を見た霞美はため息を吐き、小馬鹿にしたように晴彦の事を見る。
「あのねぇ、そんなに心配しなくても今の私に大した力は残ってないよ。私はあいつに……雫に渡せって言われたものを持ってきただけ」
そう言って霞美が渡してきたのは晴彦の携帯だった。いきなり飛び出してしまったので晴彦は何も持っていなかったのだ。
「携帯くらい持って行けってさ。慌て過ぎでしょあんた」
「わ、悪い」
「私に謝ってもしょうがないでしょ。とりあえず一回電話してこいってさ」
「わかった」
霞美に言われて晴彦は雫に電話をかける。ワンコールもしないうちに雫は電話に出て、その第一声は怒った声だった。
『このバカ! 話は最後まで聞きなさい!』
「す、すいません」
『今奏に連絡して朝道さんのことを探してもらってるわ。だからあなたは霞美と一緒に一度戻って来なさい』
「それは……できません」
『……どうして』
「零音がいなくなって……黙って待ってるだけなんて俺にはできません」
『今そのまま探しても見つかる可能性は低いわよ』
「それでもです」
『……はぁ、わかったわ。でも一つだけ条件があるわ』
「条件ですか?」
『そこにいる霞美に少し代わってちょうだい』
「? わかりました」
雫にそう言われた晴彦は大人しく霞美に携帯を渡す。
「……なに? …………は? なんで私がそんなことを……いやだから……あぁもう、わかった。わかったよ。やればいいんでしょう」
苦々しい表情をした霞美は晴彦に突き返すように携帯を渡してくる。
「先輩?」
『話はつけたわ。そこにいる霞美と一緒に朝道さんを探して。それが条件よ』
「え!?」
『ある意味、私達のことを一番よく知っている人物よ。行く場所を探す参考になるはずだわ』
「……わかりました」
『それじゃあ、もし見つけたら教えるわ』
「ありがとうございます」
通話が切れた後、晴彦と霞美の間に流れる気まずい空気。それを振り払うように晴彦は霞美に声をかける。
「えーと……手伝ってくれるんだよな」
「そうするしかないんだからしょうがないでしょ」
雫と霞美の間に何があったかは知らないが、どうやら今の霞美は雫に逆らえないらしいということを察する晴彦。
「そっか……ありがとう」
「……別に。しょうがなくだからお礼なんていいわ。それより、本当に零音の行く場所に思い当たる節はないの?」
「ない。全くといっていいほどに」
「情けない」
「そういわれると返す言葉もないな」
「それでも本当に幼なじみなの?」
「そのはず……なんだけどな」
「いちいち落ち込まないで、面倒だから。それよりも行く場所がわからないならどうやって探すのよ」
「……走って?」
「バカなの?」
「だよなー」
「この町の広さがわからないわけじゃないでしょうに。はぁ……しょうがないわね」
そう言って霞美は手を振りあげる。そして、何事かを小さな声で呟くと、霞美の両隣に小さな犬が現れる。
「……犬?」
「狐狼よ。今はこの大きさが限界だけど」
「えぇ! これがさっきのやつらなのか!?」
一噛みで人を殺せてしまいそうな迫力はなく、どう見ても子犬にしか見えない狐狼達の姿に晴彦は驚きを隠せない。
「言ったでしょ。今の私にもう力はほとんど残ってないって。この姿ですら一時間程度しか持たないわ。時間がないからさっさと進めるよ」
そう言って霞美は晴彦に近づき、顔を近づけてくる。
「な、なんだよ」
「動かないで」
そしてそのまま晴彦の服に顔を埋めてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「……あった。狐狼、これが零音の匂いよ。見つけてきなさい」
「キャン!」
霞美の命を受けて走り出す狐狼達。それを見届けた霞美は晴彦の服から手を離す。
「何したんだ?」
「あなたの服についてる零音の匂いを覚えさせたの。私と狐狼達は繋がってるから。私が匂いを見つければその匂いを覚えて探させることもできるの」
「へー、便利なんだな」
「……ふん、それじゃあ狐狼達が探してる間に私達も探すわよ。私も匂いは覚えたし」
「あぁ、わかった」
それからしばらくの間、晴彦と霞美は零音を探して町の中を走り回った。一度警察に見つかり補導されそうになったりもしたが、なんとか切り抜け一度零音と行ったことのある場所を巡ったりしてみたが結局見つかることはなかった。
しかし、霞美と零音を探し始めて三十分ほどが経った頃、霞美の放った狐狼が反応を示す。
「っ!?」
「どうしたんだ?」
「狐狼が零音のことを見つけた」
「ホントか!?」
「えぇ。ここからそう遠くないから着いてきて」
「わ、わかった」
さっさと走り出してしまった霞美の後に続いて晴彦は走り出した。
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病院を抜け出した零音がやって来たのは、雨咲市を一望できる高台だった。そこからは学園も、その気になれば零音の家も見つけることができる。休日ならばそれなりに人がやって来るこの場所にも今は零音以外の気配はなかった。
「雨咲市ってこんなに広いんだなぁ……」
以前から一度は来たいと思っていた場所だったが、機会がなく来なかったのだ。
「私……ずっとこの場所で暮らしてたんだ」
この世界に来てからの人生のほとんどを零音はこの雨咲市で過ごしていた。
高台につけられた柵から身を乗り出すように零音は雨咲市を眺める。
ふと下に視線をやれば、想像以上に高く、落ちればただではすまないだろう。
「ここから落ちたら楽になれるかも……なんてね」
「零音っ!!」
「っ!?」
「おま、このバカ! 何してんだよ!」
「は、ハル君?」
ぜぇぜぇと息を吐きながら怒った表情を見せる晴彦。一方の零音はなぜこの場所に晴彦が来たのかわからずに目を白黒させる。
「なんでここに……授業は?」
「それどころじゃねぇだろ! なんで病院抜け出してんだよ」
「あ……」
そこでようやく零音は晴彦がなぜここにいるのかということがわかった。それが自分のせいであるということを。
「ご、ごめんなさい」
「心配するだろ! なんで何も言わないんだよ」
「すぐに戻るつもりだったんだけど……そうだよね。ごめん、私の考えが足りなかった」
「はぁはぁ……でも、何もなくてよかった」
零音が病院を抜け出したと聞いた時、晴彦の中に浮かんだ一つの想像。このまま零音がいなくなってしまうのではないかという想像だ。それが晴彦には怖かった。
「どうしてこの場所がわかったの?」
「あぁ、それは霞美が一緒に探してくれて……ってあれ? そういえば霞美は?」
「霞美が?」
「あぁ、この場所を見つけてくれたのも霞美なんだけど。どこに行ったんだ?」
「私はハル君の姿しか見てないけど……」
周りを見渡しても霞美の姿は見えない。実はこの時、自分がいても邪魔になるだけだろうとさっさと帰っただけだったのだが、そんなことを晴彦が知っているわけもない。
「…………」
「…………」
一度落ち着いてしまった二人の間に流れる微妙な空気。いつもなら、一緒にいるだけで落ち着いたのに、今はそわそわとしてしまう二人。しかしやがて、腹を括った零音が口を開く。
「……ねぇ、ハル君」
「なんだよ。とりあえず先輩に連絡するから一度病院に戻って——」
「話が……あるの」
「……なんだよ」
「あのね……私達の関係を、なかったことにしよう」
「……は?」
零音の雰囲気からただの話ではないことを察していた晴彦だが、想像の斜め上を行く内容に一瞬頭がフリーズする。
「どういうことだよ」
「私ね……ハル君のことが好きだよ。ずっとずっと……好きだった」
「…………」
晴彦からすれば嬉しいことばのはずなのに、なぜか喜ぶことができない。それは零音の悲痛な表情が原因だろうか。黙って零音の言葉の続きを待つ晴彦。
「でも、違う……違うの。私は、ハル君を通して冬也のことを見てるだけだった。ハル君は優しいから……それでもいいって言ってくれたけど、そうじゃない。そうじゃないの。私が、そんな自分のことを許せないの」
「それは……」
「ハル君は私のモノじゃない。そんなことわかってるのに勝手に嫉妬してしまう自分が嫌。自分のことだけを見て欲しいって考えてしまう自分が嫌。それをわかってるのに……ダメなの。きっとこのままハル君の傍にいたら私は変わらない。また同じことを繰り返す。もしまたハル君のことを傷つけてしまったらって、そう考えるだけで怖い。だから、だからね。お願いハル君……私のことを……忘れて」
それが零音の決意だった。晴彦との別離。零音は過ちを受け入れて前に進むと決めた。しかし、このまま晴彦の優しさに甘えていたらまた同じ過ちを繰り返してしまうのではないかと零音は思ったのだ。
「零音……」
「ごめんね。勝手な話だってことはわかってる。でも、ハル君なら大丈夫だよ。井上さんも、雪ちゃんも、先輩も傍にいてくれる。友澤くんや山城君だって……だから私一人くらいいなくたって平気。きっとすぐに慣れるよ。馬鹿な女が一人いなくなるだけなんだから」
「お前は……どうするんだよ」
「私? 私は大丈夫だよ。元々一人だったんだもの。今さら一人になったって平気。大丈夫だから」
「それ……本気で言ってるのか?」
「そうだよ。本気……当たり前じゃない」
「じゃあなんでお前は泣いてるんだよ」
「……え?」
晴彦に言われて零音は自分が涙を流していることに気付く。それに気づいた零音はバッと顔を隠すように晴彦に背を向ける。
そして、そんな零音に向けて晴彦は言う。
「お前……やっぱりバカだろ。頭はいいけどバカってやつだ」
「…………」
「俺は……他の誰かじゃなくて、零音に傍にいてほしい」
「……っ」
「でも、俺も気づいたんだ。俺……零音のこと何も知らないんだなって。幼なじみだからって、ずっと傍にいてくれるって勝手に思ってた。だから零音の事を知る努力をしてこなかった。知ったつもりになってた。もし俺がもっと零音のことを知ろうとしてたら、こんなことにはならなかったんじゃないかって、零音のことを苦しめることもなかったんじゃないかって、そう思うんだ」
それは晴彦の後悔。もっと踏み込んでいれば、積極的に動いていれば、考え出せばキリがないほどだ。
「そんな! ハル君は悪くない! 悪いのは全部私で、嘘をついてたのも私なんだから!」
「でも、俺がこの関係に甘えてなければそれにも気づけたはずなんだ。俺達は……間違ったんだよ零音。きっと、ずっと昔から」
晴彦と零音のボタンのかけ違いが起きたのはいつの頃からだったのか。中学生の頃か、小学生の頃か、それとも出会った当初から間違えていたのか。
「間違ったまま……俺達は進みすぎたんだ。だからさ、零音……やり直そう」
「やり……直す?」
「幼なじみ同士としてじゃない。ただの晴彦と、零音として。初めから関係を始めよう。お互いの知らなかった部分を、埋めていこう」
「……でも……」
「俺は零音に傍にして欲しい。幼なじみとしてじゃない。この世界にやってきた人としてでもない。朝道零音って言う、一人の女の子として……これは、俺のわがままだけどな」
「……いいの?」
「良いも悪いも、俺から頼んでるんだが」
「きっと私、また勝手に嫉妬したりして、怒ったりするよ?」
「それもまた俺の知らない零音の一面ってことだな。ドンとこいって話だ。受け止めてやるよ」
「また迷惑かけるかもしれないよ?」
「むしろ今まで俺がかけてきた迷惑のことを考えたらちょうどいいな」
「それに……」
「だぁもういい! 全部受け入れるって言ってるだろ! とにかく、俺の手を取れ零音!」
零音に向かって手を差し出す晴彦。ずっと背を向けていた零音がゆっくりと振り返る。その顔は涙でいっぱいになっていた。それでも零音はゆっくりと、晴彦の手を握った。
「何泣いてんだよ」
「うるさい、あんまり見ないでよ」
「嫌だ。零音が泣いてるのは珍しいからな。今のうちに目に焼き付けておこう」
「~~~~っ、怒るよ!」
「それは勘弁だ。ほら」
「……ありがと」
晴彦がポケットから出したハンカチを受け取る零音。
「戻ろう、零音」
「……うん」
何が解決したというわけでもない。前に進むと決めた零音だが、その心に巣くうトラウマはそう簡単に払えるものではないのだから。これからも間違えることもあるかもしれない。しかしそれでも、繋いだ手の温もりが零音のことを正しい方向へと導いてくれるだろう。
そして二人はそっと手を繋いだまま、歩き出した。
次回はエピローグを投稿します。
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次回投稿は3月16日21時を予定しています。