第155話 過ごした時間は嘘にはならない
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それからのことを語るのならば、まず霞美によってそこそこ大きな怪我をした零音は病院に行くこととなった。そして霞美によって洗脳されていた人々は霞美が力を使い果たしたことにより洗脳が解け、それぞれの日常へと戻って行った。もちろん、体感としての時間の感覚が飛んでいることや、記憶があやふやなことによる混乱は多少あったが、ほとんどの人はそれほど洗脳を強くかけられてはいなかったため、誤差の範囲でとどまり、すぐに日常の中へととけて消えていった。
そして朝から疲れ切ってしまった晴彦達も体に鞭打って授業に出席し、元に戻った日常を送るのだった。
そして金曜日の昼休み、晴彦と雪とめぐみは雫に呼ばれて生徒会室に向かっていた。
「なんだか朝起きたことが夢みたい」
「確かに、夢だったって言われても信じそうだ」
「あはは、全然夢じゃないけどねー」
まだ疲れの残っている晴彦とめぐみに対して、二人以上に動き回っていた雪は朝の授業の間ずっと寝ていたことですっかり元気を取り戻していた。そのせいで先生から怒られまくっていたのはご愛嬌だ。
「あの、結局聞きたいんだけど、夕森さんもその、朝道さんと同じなの?」
そんな雪に向かって、めぐみがおずおずと言いにくそうにしながらも問いかける。その言葉の意味する所は晴彦にも、そしてもちろん雪にも伝わっていた。
「……うん。まぁ、そうだね。アタシもレイちゃんと同じ。元男で、ハルっちが会ったっていう神様にこの世界に連れてこられた人だよ」
「そうなんだ……」
「幻滅した?」
「……ううん。幻滅なんてしない。するわけないよ。朝道さんと一緒で、夕森さんのことも友達だと思ってるから。あ、もちろん夕森さんが友達だと思ってもいいならだけど」
「……強いなぁ」
「え?」
「もちろん友達だよって言ったの。ハルっちはどうなの? アタシのことどう思った?」
「俺は……そうだな。驚かなかったっていったらもちろん嘘になるけど、でも、俺の知ってる雪さんは今の雪さんだけだから」
「……二人とも、そんなに優しい性格してるといつか誰かに騙されるよ?」
「なんでそうなるんだよ! 俺結構真面目に答えたぞ!」
「あはは、ごめんごめん! なんかハルっちが良いこと言った風な雰囲気出してるのにイラっとしちゃって。でもそっか……うん、ちょっとだけ嬉しいかも。でも、このことは秘密ね」
「も、もちろんだよ」
「っていうか、誰も信じないだろうしな」
そんな話をしているうちに生徒会室にたどり着く三人。ハルトは部屋のドアをノックしようとしたが、その前に雪が無遠慮にドアを開いてしまう。
「あ、ちょ、雪さん!」
「お邪魔しまーす」
生徒会室にいたのは雫と、そして霞美の二人だけだった。
「夕森さん、部屋に入るならノックくらいしてちょうだい」
「えー、別にいいじゃん。どうせアタシ達しか呼んでないんでしょ?」
「そういう問題じゃないわ」
「細かいなー。あんまり細かいことまで気にしてると老けるよ?」
「誰のせいよ! って、まぁそれはいいわ。よくないけど、今は置いておくわ。晴彦も井上さんも悪いわね。いきなり呼んじゃって」
「アタシはー?」
「今のでチャラよ。それにあなたは彼らとは違うんだから」
「ぶーぶー」
「あなた達を呼んだのは他でもないわ。もちろんわかってると思うけど、朝の一件についてよ」
文句あり気な表情を浮かべている雪のことを放置して雫は話を進める。雪のことは無視していくことに決めたようだ。
「今回霞美や朝道さんが引き起こした一連の騒ぎについては私達の間で処理することにするわ。大事にもできないし、そもそも大規模洗脳とか他の超常的な事象について説明するのは難しいもの。幸い、今の段階では生徒達や住民達に取返しのつかないような大きな問題も起きていないし。一部を除いて、だけど」
「どういうことですか?」
「ほとんどの人が霞美からかけられた洗脳の支配から脱したわ。でも、数人だけ霞美の洗脳が色濃く残ってる人がいるのよ」
「あ、もしかして三銃士の人たち?」
「……その通りよ」
雪には思い当たる人物たちがいた。学園へと向かう途中に雪と戦いを繰り広げた三銃士の面々だ。雫は重苦しいため息を吐いて雪の予想が当たっていることを認める。
「あの三人は他の人以上に霞美の影響を受けているわ。とりあえず奏が捕らえて今は大人しくさせてるけど」
「霞美にもどうしようもないの?」
「できない、らしいわ。そうよね」
「……あいつらは、体の構造から弄ってある。少なくとも、今の力使い果たした私じゃどうしようもない」
それまで雫の横でジッと黙っていた霞美がポツリと言う。しかし話している間もそっぽを向いたままで誰とも目を合わせようとしない。
「と、いうわけよ。まぁ彼らについてはまた後で考えるわ。それじゃあ本題に入らせてもらうわね」
「本題……ですか?」
「えぇ、私達はどうしてもあなた達に言わなければならないことがあるもの」
「「?」」
雫がチラリと雪に視線を向けると、雪もまた晴彦とめぐみの傍を離れて雫の隣に立つ。
そして雫と雪は晴彦とめぐみに向かって深々と頭を下げる。見ればその隣にいる霞美もほんの少しだけ頭を下げている。
「ごめんさない。謝ってすむことではないけれど」
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか先輩!」
「そ、そうです頭を上げてください!」
全く予想もしていなかった事態に慌てる二人。しかし、雪も雫も頭を下げたまま動かない。
「いいえ、私達のしたことはとても許されることじゃないわ。晴彦に対しては……とくに」
「俺に?」
「あなたがあの神と出会い、朝道さんの記憶について知ったというなら……知っているんでしょう? 私達がなんのためにあなたに近づこうとしたのかということを」
「それは……はい」
「私達は、あなたの気持ちを利用しようとした。弄ぼうとした。それは謝った程度で許されることではないわ。そして井上さん、あなたはそんな私達の勝手な事情に巻き込んで命の危険にまでさらしてしまった。これも許されるようなことじゃないわ。本当に……ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「…………」
頭を下げ続ける二人に対して、晴彦とめぐみは互いの顔を見合わせて話し始める。
「俺は気にしてない……って言ったら嘘になります。真実を知った時は驚きましたし、多少は傷つきましたから。でも……さっき雪さんにも言いましたけど、いくら知ったからって俺が知ってる雫先輩は、雪さんは、今ここにいる二人だけなんです。二人と過ごしてきた時間の全てが嘘だったとは俺は思ってません」
「私も一緒です。朝道さんや夕森さんと一緒に過ごしてきた時間は……私の宝物ですから。それに今回の一件で自分の想いの丈を言えて、良かったような気もしてますし。だからどうか、頭を上げてください」
二人の言葉が雫と雪の心に沁み込んでくる。思わず泣きそうになる二人だが、その気持ちをグッと堪えて頭を上げる。
「あなた達の優しさに感謝を。でもそれはそれ。このままじゃ私達の気が済まないもの。できることがあればなんでも言ってちょうだい」
「アタシも。っていっても、アタシはできることなんてほとんどないけどさ」
「霞美、あなたも——」
言いかけた雫の言葉が電話の音で遮られる。
「ごめんなさい。すぐに切るわ——ん?」
話の途中だったので電話を切ろうとした雫だったが、電話の相手を見て表情を変える。
「少し出てもいいかしら」
「あ、はい。どうぞ」
「ありがとう——もしもし、私だけど。何の用? ……え?」
電話で話し始めて少しして、雫の表情が変わる。その表情にどこか嫌な予感を覚える晴彦。
「そう。わかったわ。お願い」
「あの……どうかしたんですか?」
晴彦からの問いかけに雫は少しだけ逡巡する。それでも伝えるべきと判断して口を開く。
「朝道さんが……病院からいなくなったそうよ」
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次回投稿は3月14日21時を予定しています。