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第154話 前に進むために

ようやくここまできたかー、という感じです。まだ終わりではないんですけどね。


誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。

 霞美の前に立った零音は、湧き上がる恐怖の感情を無理やり押さえつけて言葉を発する。


「話が……あるの」

「話? 今さら? 私はないよ」

「私にはあるの。あなたに伝えたいことが」

「伝えたいこと?」

「うん。あの……すいません。離してあげてくれませんか?」

「よろしいのですか?」

「はい」

「……わかりました。ですが、もし妙な動きを見せたら……わかりますね」

「……ふん」

「霞美お願い。あの子達も下げてあげて」

「なんでそんなことを……」

「いいから下げなさい」

「……ちっ」


 後ろからトンファーで脅された霞美は舌打ちをしながら狐狼達を下げる。


「それで……話って何よ。また綺麗ごとでも言って私のことを絆そうって? 残念でした。私があなたの言葉に耳を貸すことはないから」

「……ねぇ霞美。私ね、気付いたことがるの」

「…………」

「私とあなたは、同じなんだね」


 その言葉を聞いた霞美はキッと零音のことを睨みつける。


「私とお前が一緒? ふざけたこと言わないで。私は、零音みたいに弱くない!」

「そうだね。霞美は強いよ。すごく強い」


 零音のように誰かに頼るような弱さを持っていると思われてはたまらない霞美は大声で否定するが、零音はそれをあっさり認める。


「でも、きっとあなたは……冬也やハル君がいなかった私」

「どういうこと?」


 それは、零音が霞美を見ていて気付いたこと。霞美は愛や友情といったものを嫌っている。もっと言えば憎んでいる。その姿を見た零音は、もしかしたら自分もこうなっていたかもしれないと思ったのだ。しかし、零音は心がそうなってしまう前に冬也が現れた。この世界でも、晴彦が零音の傍にいてくれた。もし二人の存在が無ければ零音がどうなっていたかわからない。それこそ霞美のように愛や友情を憎むようになっていたかもしれない。それが零音にはわかる。


「霞美は確かに強いけど、その強さは間違った強さだと私は思うの」

「強さに正しさも間違いもない!」

「あるよ」


 零音はめぐみにちらりと視線を向けて言い切る。零音は強さを求めた。晴彦を自分のものにするための強さを。しかしめぐみに気付かされた。本当に求めるべきだった強さを。


「私達が欲しがったのは切り捨てる強さ。でもそれは違う。私達は、人に頼ることができる強さを身につけないといけなかったんだと思うの」

「それは強さじゃない。弱さだよ。人は裏切る。でも力は裏切らない。力があれば、力さえあれば私は何も失わずに済むんだ」

「でもそうやって全部を排除していった先で、何が得られるっていうの? ずっと一人になっちゃうんだよ?」

「私はそれでもかまわない! 誰かに裏切られるくらいなら、ずっと一人のままでいい!」


(あぁ、やっぱりそうなんだ。霞美は……)


「……わかるよ霞美。怖いよね、裏切られるのは、大事な人を失うのは。私も同じ。大事な人を他の誰かに奪われるのが怖かった。自分に自信がなかったから」

「私は怖がってるわけじゃない。お前と一緒にするな。私は一人でいい、一人でいいんだ……」


 ここまで来るともはや霞美は意固地になっている。そんな霞美のことを零音はそっと抱きしめる。


「きっとね、私達が知るべきだったのはこの温かさなの。人と一緒にいることで得られる温もり。この温かさはきっと、強い力じゃ得られないものなの」


 零音は霞美の手を取る。その手は獣化していることで鋭くなっており、握った零音の手が薄く切り裂かれ、その手から血が流れる。


「こんな力だけに頼ってたら、私達はきっと人を傷つけるだけの存在になってしまう。ねぇ霞美、お願い。今ならまだ引き返せるから。私が、あなたの傍にいてあげるから」

「……さい」

「え?」

「うるさいんだよ!! 今さらいい人ぶろうとするな! お前だって私と同じくせに!」

「っ!?」


 激昂した霞美が腕を振るい、その爪を零音の肩に突き刺す。そしてそのまま零音に馬乗りになり再び鋭く伸びた爪を振りかぶる。もしそのまま振り降ろせばただではすまないだろう。

 

「零音!」

「朝道さん!」

「動かないで!」


 飛び出そうとした晴彦とめぐみ、そして奏のことを零音は止める。肩を刺された痛みは感じているはずだが、それを顔には出さず霞美のことを真っすぐに見つめる。


「怖いんだろう。この手が、殺せる力が。そんな力を持ってる私を受けれる? できるはずがない。お前だって同じだ。今はそんな綺麗ごと言ったって、いつかは私のことを裏切る。一度誰かを裏切った人間のことを信用するほど私はお気楽じゃない」

「……怖いよ。今だって、全身が震えだしそうなくらい怖い」

「ほらみろ、どうせお前だってあいつらと同じなんだ!」

「あなたのことだけじゃない。今も私の中には残り続けてる。冬也を死なせてしまったこと、晴彦や井上さん、みんなにしてしまったことに対する罪悪感が。きっとこれは一生拭えない。私の中にずっとあり続けるものだと思う。そのことを考えるだけでも怖い。いつかこの罪悪感に押しつぶされるんじゃないかって思うから。でも、その怖さを受け入れて私は進まないといけないの。それが……それが私にできる唯一のことだから」


 受け入れるということは逃げるよりもずっと難しい。受け入れるには自分の醜さを、弱さを、直視しなければいけないからだ。強い力でそれを全て自分の奥に追いやって、見ないようにするのは簡単だ。しかしその先に出来上がるのは人を傷つけるだけの存在だ。そんなのは悲しいことだと、零音はめぐみに気付かされた。そして、晴彦が受け入れる勇気をくれた。でも霞美にはそんな人がいなかった。めぐみも、晴彦も、霞美にはいない。なら零音がその役目を果たさねばならないのだ。それが零音のできる贖罪の第一歩だから。


「さっきも言ったよね。私達には誰かを頼る強さがなかったの」


 晴彦の事でも誰かに、めぐみに頼ることができていたなら、こんな事態にはなっていなかったかもしれないのだ。めぐみはずっとそばにいてくれたのに。


「ねぇ、あなたが裏切られた時に、傍にいてくれた人はいなかったの? 誰かに相談したりしたの?」

「それは……」


 霞美の中に生まれる動揺。裏切られたその日から、霞美は誰にも頼らなかった。でも確かにいたのだ。霞美のことを心配してくれた人は。しかし、あの時の霞美には周りの全てが敵に見えていた。だから心配してくれた人も全て自分の周りから排除したのだ。


「……やっぱりいたんだね。そこで頼ることができてたら結果は変わってたかもしれない。でも、それができないのが私達の弱さ」

「…………」

「でもね、遅かったけど、遅すぎたかもしれないけど。私達はそれに気づくことができたの。だからさ、ここから一緒にやりなおそう? 全部全部、最初から」

「……はは、結局そうやって綺麗事を言うんだ。やり直すなんてできるはずがないのに」

「確かに綺麗事かもしれないね。でも……これが今の私の本心だよ」

「……馬鹿らしい。馬鹿らしすぎて、どうでもよくなっちゃうくらいに」


 霞美の手が獣の手から普通の手に戻る。がっくりとうなだれた霞美はゆっくりと腕を降ろす。

 狐狼達もそれに合わせるように体が小さくなっていき、やがて大型犬よりも少し大きいくらいの大きさに落ち着いた。


「一緒にやり直そうね、霞美」

「……ふん」


 そして零音は再び霞美のことを抱きしめる。お互いの温もりを共有するように。

 それとほとんど同時、降り続いていた雨が止み、零音と霞美の曇っていた心を照らすかのように太陽がその顔を現したのだった。



今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

ブックマーク&コメントしていただけると私の励みになります!

それではまた次回もよろしくお願いします!


次回投稿は3月13日21時を予定しています。

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