第152話 最後の戦い 前編
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霞美が空に手を掲げた瞬間、空の様子が変わり始める。空を覆っていた厚い雲から雨が降り始めたのだ。そして、それと同時に霞美の姿も徐々に変化し始める。頭に狐の耳が生え、その手と足は獣のそれへと変わる。目つきも鋭くなり、低く構えた霞美は獣のように唸り始める。
「グルルルル……」
その体から放たれる濃厚な殺気に零音やめぐみなどは体を竦ませてしまう。
「これは……」
「もうなんでもありだね。あいつ」
「少しばかりまずい気配がしますね」
霞美の変化に呼応するかのように狐狼達もその体躯をさらに大きくする。屋上という限られた空間の中において大きいというだけでも零音達にとっては脅威であった。
それを見た奏は素早く戦えない雫や零音、めぐみを後ろに下がらせる。
「お嬢様達は下がっていてください」
「あ、アタシは戦うからね」
「お、俺もやるぞ。男の俺が戦わないわけにはいかないし」
「……ご随意に。しかし、私が守ることができませんので、ご了承ください」
「ふふん、大丈夫だよ。アタシ守られるほど弱くないし……っていうか、もうずいぶんと鬱憤溜まってるからさ。好き放題言ってくれちゃって……一発殴らないとさすがに気が済まないよ」
「俺はそこまでは考えてないけど……」
「何をぐちゃぐちゃと喋っている……それより覚悟はいいか? 一瞬だ。一瞬で終わらせてやる」
飛び掛かる姿勢を作る霞美。その次の瞬間、零音が目にしたのはどこからか取り出したトンファーで霞美の攻撃を防ぐ奏の姿だった。
防がれたことに悔し気に表情を歪めた霞美は飛びずさり、二度三度と奏に攻撃を加えるが、その全てを防がれてしまう。
「くそっ!?」
「あなたの一瞬とは随分長いのですね」
「くぅ……舐めるな! やれ、狐狼共!」
霞美の声に反応し、狐狼達が奏に襲い掛かる。
「させるかっ!」
その間に割って入ったのが雪だ。雪は狐狼達の懐へと潜り込み、下から蹴り上げを加える。
「図体ばっかりでかくなってちょっと遅くなったんじゃない?」
「「グルルルゥ」」
晴彦も負けじと戦おうとしたのだが、奏と雪の次元の違う動きの前に邪魔になる予感しかせず、零音達の前でいつ来ても大丈夫なように構えることしかできない。
晴彦はそんな自分のことがどうしようもなく情けなく思えてしまう。
「俺……男なのに全然役に立ててないな」
「そ、そんなことないよハル君!」
「そうだよ日向君、日向君がそこにいるおかげで私達も安心できるんだし」
「まぁ、役に立ってないのは事実だけどね」
「「先輩っ!」」
「でもしょうがないわ。彼女達は特別だもの。晴彦が無理して怪我をすることはないわ」
「は、はい」
「それよりもこの状況をどうするか……ね。いくら夕森さんや奏が強いといっても、ずっと戦い続けられるわけじゃない。狐狼達も霞美をどうにかしないと止まらないでしょうし」
今の状況は零音達に優位に進んでいるとはいえ、その状況もいつまで続くかわからない。雨が降り出し、足場が悪くなったということや霞美が自身の力を増したことでその実力は互角になっている。
「霞美……」
零音はすっかり変貌してしまった霞美の姿を悲し気に見つめる。しかし、目の前で繰り広げられる激しい戦いの前に零音の体はすっかり竦んでしまっている。別段戦えるわけでもない零音では前に出たとしても足手まといにしかならないだろう。今この状況でできることなどない。零音はそう考えていた。
(本当に? 本当にそうなの? 私にできることはもうないの?)
零音の中に生じる迷い。このまま全ての事態が終わるまで静観しているだけでいいのかという思い。
(でも……怖い。戦うのが怖い。それに、今さら私に何かできることなんて……)
そんな零音の表情を見てか、それとも零音の体が少し震えていたからか。めぐみが零音の手をそっと握る。
「大丈夫だよ」
「え?」
「きっと大丈夫。みんな一緒にいたらなんとかなるよ」
「井上さん……あ」
零音を安心させるように笑顔を向けるめぐみだが、零音はその体が少しだけ震えていることに気付く。
(そうだよね。井上さんは何も知らなかったのに、いきなりこんな状況に巻き込まれて……怖くないはずがない。それなのに、私を勇気づけるために無理して……私が、私がこのままでいいはずがない。このまま全部見届けるだけの存在でいていいはずがない!)
零音は立ち上がり、晴彦の横に並ぶ。
「朝道さん?」
「零音?」
「どうしたの」
「私が……私が、決着をつけます」
覚悟を決めた表情で零音は言った。
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次回投稿は3月10日21時を予定しています。