第139話 ぶつける想い
表現力を、ボキャブラリーをもっとつけたいのです。
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初めてめぐみを見た時のことを零音は覚えている。
初めてちゃんと話したのはめぐみが日直としてノートを集めていた時。その時零音とめぐみは友人同士になった。
でも、本当はそれよりも前。入学式の日に出会っていることを零音は覚えていた。めぐみがその日のことを鮮明に覚えていたように、零音にとっても初めてめぐみを見た日のことは忘れられないものだったのだ。
晴彦と共にいた零音の目に飛び込んできた一人の少女。それがめぐみだった。めぐみは他の生徒達とは違い、一人で入学式へと向かっていた。その姿を見た時に零音は直感的に悟った。
彼女は自分と同じ、孤独な少女なのだということを。
それがわかったからだろうか。気付けば零音はめぐみに声を掛けていた。その名目は写真を撮って欲しいということにして。
そんなめぐみが自分に向けてきたのは純粋な憧れの感情だった。他の生徒のように、表では褒めたたえつつも嫉妬に満ちた視線でも、下卑た視線でもない。汚れの知らない、純粋な瞳。それを見た時零音の心に芽生えた感情を何といえばいいのか。
そして同じクラスになった零音はタイミングを見てめぐみに声を掛けた。友達になろうと。
そんなめぐみのことを零音は本気で気に入っていた。めぐみが晴彦のことを好きになってしまう日が来るまでは。
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「どうしてあなたが私の前に立つのよ!」
湧きだす憎悪の感情のままに零音は叫ぶ。
ずっと平静を装おうを思っていた。しかし、無理だった。めぐみの声が、意志が、瞳が、どうしようなく心をかき乱す。
もしここに立っていたのが他の人物であったならば、雪や雫であったならば零音の心はここまで動かなかっただろう。
しかしめぐみは違う。彼女は何も持っていなかった頃の零音と同じなのだ。孤独を抱え、一人苦しんでいたかつての、元の世界にいた時の零音と。
「あなたは逃げ出したはずでしょ! 私から、全てから! なのにどうして立ち上がるの? 立ち上がれるのよ!」
それが零音とめぐみの違いだった。零音は立ち上がれず、めぐみは再び立ち上がった。歪むことなく、前と同じまっすぐな瞳を今も零音に向けている。そんなことを零音が認められるはずがなかった。
「朝道さん……」
「私のことを憐れんでるの? ふざけないで! 所詮はモブでしかないあなたが、ヒロインである私を憐れむなんてことあっていいはずがないの!」
感情のままに叫ぶ零音を見ても、めぐみの瞳に失望の色はなく、ただただ案じるように零音のことを見ていた。
(どうしてよ……私のことを嫌ってよ、憎んでよ。そしたら、そしたら私も……)
「どうせあなただって私のことを勝手な感情で見てたんでしょう? 綺麗な人、優しい人、勉強のできる人……そんな望んでもないレッテルを勝手に私に押し付けて見てたんでしょう!」
多くの生徒が零音のことを勝手な憧れの感情で見ていた。零音の心を見ようともせず、あの人はきっとこんな人なんだと幻想を押し付けて、違えば勝手に失望して離れていく。
「お生憎様、私はあなた達が思うような人じゃない! 綺麗な人間じゃない! 全部全部晴彦のためにやってることなの。あなた達のために理想のヒロインやってるわけじゃないの!」
それは全て偽りではなく、零音の心に秘めていた思いだった。
感情のままにめぐみに言葉をぶつける零音。そんな零音に対してめぐみは静かに言葉を返す。
「そうだね」
「っ……やっぱりそうじゃない! あなたも他の人と同じで——」
「でも、それだけじゃないよ」
「え?」
「最初は朝道さんの言う通りだった。私は朝道さんを勝手に物語のヒロインみたいだって思って、憧れて、理想を押し付けてた。でも、ずっと一緒に居るうちにそうじゃないんだって気付いた。朝道さんも他の子と同じ普通の女の子なんだって。日向君が他の子と一緒にいるのを見て嫉妬したり、怒ったり……何も特別なことなんてない。私と同じように悩んだりすることもあるんだって」
ずっと零音のことを見ていたからわかったこと。零音は物語のヒロインではないとめぐみは気付いた。悩み、傷つく年頃の女の子なのだと。それがわかった時、めぐみの心に浮かんだのは憧れを裏切られた失望でも、怒りでもない。ただ嬉しかった。零音は決して遠い存在ではないのだと知って。
それがわかったから、めぐみは今こうしてここに立てているのだ。
「ねぇ、朝道さんはどうして理想のヒロインでいようとするの?」
「だからそれはハル君のためで……」
「それを日向君が望んだの?」
「それは……でも、だって綺麗な私じゃなきゃ、誰も見てくれない。ハル君だって」
どうしようもなく、悲しいほどに零音はその考えに縛られていた。『朝道零音』としての自分でなければ誰も相手にしてくれない。こんなに醜い心をしている自分のそばにいてくれるはずがない。そう考えていた。
その考えを壊したいとめぐみは思った。心を閉ざそうとしている零音の奥底にまでちゃんと届くように、すぅっと息を吸い込んでめぐみは叫ぶ。
「私達のことを、私のことをそんな勝手な考えで見ないで!」
「っ!」
「勝手に思い込んで、勝手に決めつけて、理想の朝道さんじゃなきゃ受け入れないなんてそんなことない! あるはずない! 私はどんな朝道さんでも友達でいたいの!」
「そんなの……そんなの綺麗事! あなただって私の本音を知ったら軽蔑する、拒絶する!」
「私はそんなことしない!」
「なんでそう言い切れるの!」
「私がそう決めたから! 何があっても朝道さんの友達でいるって!」
「本当にそう言い切れるの? 私が本当は男だったとしても、同じことが言えるの?」
「それでもだよ! 私が友達になりたいのは、好きになったのはそんな朝道さんだから。だからどんな秘密があったって受け入れてみせる!」
ぶつかり合う視線。だからこそ零音にはわかってしまう。めぐみが本気で言っているということが。言葉に偽りがないということが。
その意志が。強い光が、暗く覆われていた零音の心を振り払おうとする。偽りの強さがなくなってしまえば現れるのは零音の心の弱い部分だ。
「……でも……怖いの」
やがてポツリと話し出す零音。その声に先ほどまでの強さなどない。迷子になった子供のように、弱弱しい声音だった。
「本当の自分を見せるのが怖い。拒絶されるのが怖い……だったら全部嘘でいい……本当の私なんてなくていい……」
本当の自分を受け入れてもらえる自身が零音にはなかった。零音は雫のように飛びぬけて頭がいいわけでもない。雪のように運動神経がいいわけでもない。元の世界にいた時から特筆すべきものが何もないのだ。
人に頼って、縋って生きていくことしか零音は知らなかった。戦うことなど、本当の零音にできるはずがなかったのだ。
「でも、怖くても逃げれなくて……」
この世界にやって来た時、零音は不安に押しつぶされそうだった。逃げ出したかった。でもできなかった。それをする勇気すら零音にはなかったから。そして晴彦に出会い……晴彦に頼って生きていこうと決めた。
「それなのに、皆私から晴彦を奪おうとするの……だったら強くなるしかない。強くなって、他の人に晴彦を奪われないようにするしかないじゃない」
「……日向君は、モノじゃないよ」
「そんなのわかってる! でも……じゃあどうすればよかったって言うの?」
「信じればよかったんだよ。日向君のことを。私と朝道さんが好きになった人のことを」
「……わからないよ、人の信じ方なんて」
結局のところ、それが原因なのだ。零音が晴彦のことを信じ切れていなかったから、晴彦の想いに気付かなかった。あるいは気付いていても見ない振りをした。それに応える資格が無いと思っていたから。
「じゃあこれからできるようになればいいよ。私も日向君も……朝道さんの傍にいるから」
「井上さん……」
優しく笑うめぐみ。しかし、零音はそれに応えることはできない。そうするためには、零音はあまりにも道を間違えてしまったから。
「ごめんね……もう全部、遅いの。もう私は……そこには戻れない」
そう言って零音は涙を流した。
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次回投稿は2月16日21時を予定しています。