第126話 めぐみの決意 後編
1月26日から『オレの職業適性は姉(仮)でした!』という作品の連載を始めました!
本作共々頑張っていきますので、応援よろしくお願いします!
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「めぐみちゃん?」
「……あ、す、すいません」
零音と出会った日へと思いを馳せていためぐみは、双葉からの問いかけにハッと意識を現実に戻す。
めぐみの中にある零音との思い出。めぐみが生まれて初めて光を見つけた瞬間の日の出来事。めぐみはまさしく双葉の言ったように影のように生きてきた。だからこそ憧れた。零音の放つ光に。
そんなことを考えながらめぐみはポツリポツリと話し始める。
「……先輩の言う通りです。私には友達がいませんでした。人に嫌われることが怖くて怖くて……周りの人の様子をずっとうかがってました」
本を読み続けていたおかげなのか、生来生まれ持った資質なのか。どちらかはわからないが、めぐみは人のことを観察するのが得意だった。誰がどんなことをされれば怒るのか、嫌がるのか、それが感覚的にわかったのだ。これを上手く利用できたならばめぐみは人気者になれたかもしれない。しかし、それができなかった。怖かったから。人と仲良くなってから嫌われることが。
「この雨咲学園に来て変わるんだって思ってましたけど……心ではわかってたんです。私は変われない……」
外見をいくら変えようとも、中身が共に変わらなければ意味がない。それはめぐみにもわかっていた。だからこそ雨咲学園に入学したとしても一人で過ごすことになるのだろうとめぐみは思っていたのだ。
「でも……出会っちゃったんです。あの人に、朝道さんに」
覚えている。授業のノートを集めている最中に、朝道さんに声を掛けためぐみ。あの時めぐみは心臓が爆発するんじゃないかというくらい緊張していた。
そんな中で、零音から手伝うと言われ、さらには仲良くなりたいとまで言ってくれたのだ。喜ぶなという方が無理だろう。しかし、それでも今までのめぐみであったなら適当なことばでその場を濁していただろう。誰かと仲良くなることへの恐怖から。
「朝道さんは光でした。影のように生きてきた私にとって、眩しすぎるくらいの光……私はその光に魅せられた。自分の持ってた小さな考えなんて吹き飛ぶくらいに」
「…………」
「そして愚かにも勘違いしたんです。私も光に近づけるかもしれないなんて」
「それが君が零音ちゃんと友達になった理由?」
「……はい」
「憧れ、魅せられた光。それが君にとっての零音ちゃんだったわけだ。でも、それが途中から変わり始めた」
めぐみが、晴彦に恋をした瞬間から。
「ハルハルに恋をした君は少しづつ変わり始めた。恋は女を変えるっていうけどぉ、めぐみちゃんも例外じゃなかったわけだ」
「……そうですね」
自嘲気味にめぐみは頷く。光に、零音に憧れ、近づき、その結果が零音の好きな人を好きになってしまうという結果だった。自分の思いに気付いた時の苦悩が誰にわかるだろうか。憧れと同じ人を好きになってしまったその気持ちが。
「そしてめぐみちゃんは思いを隠すことにしたんだねぇ。零音ちゃんとハルハルが一緒になることが一番だと思ったから」
「……はい。そうです」
晴彦への想いを告げることはしない。零音の応援をする。そう決めためぐみ。しかし、陰から晴彦のことを想うことだけは捨てなかった。捨てられなかった。
「うん。それはボクも知ってるよぉ。だって校外学習で君のその想いを聞かせてもらったしねぇ」
零音の為に想い人を諦めるだけでなく、応援もするというめぐみの自己犠牲。それを双葉は見た。それがあったからこそ双葉はめぐみに興味を持った。面白いと思った。
「でも……もう全部意味ないんです」
泣きそうな表情でめぐみは言う。
「だって、私はもう朝道さんと友達じゃないから」
めぐみが一番恐れていたことが、怖がっていたことが起こってしまった。友達に嫌われる。零音に嫌われるということが。
「私が弱かったから。日向君への想いと、朝道さんへの想いの間で動けなかったから。どっちも失ってしまったんです………私が、光になんてなれるわけなかったんです。朝道さんみたいな特別な人に近づこうとした罰なんです……きっと」
俯いためぐみの瞳から涙がこぼれて落ちる。床に落ちた涙はカーペットにしみを作る。
それをただ双葉は見ていた。
部屋の中に沈黙が満ちる。
静かに泣き続けるめぐみにゆっくりと双葉が近づいて言う。
「ねぇめぐみちゃん。特別ってなんなんだろうねぇ」
「……え?」
「だってそうでしょ~。めぐみちゃんは零音ちゃんのことを特別だって言うけどさぁ。同じ人間なんだよ? ボク達と何も違わない、同じ人」
「…………」
「もしそこに違いがあるとしたら、きっとあるのは意識の違い。めぐみちゃんの中だけのことだとボクは思うんだぁ」
「っ!?」
「そして、自分はダメで、零音ちゃんは特別だ。なんて思ってる時点できっと君と零音ちゃんが対等な友達だったことなんて無いんだろうねぇ」
「それは……でも……」
「悲しいよねぇ。友達になりたいと思った人が隣にいないなんて。自分の後ろを歩こうとするなんてさぁ」
「……私には、そんなことできません。自信がないんです。自分に……」
「じゃあ零音ちゃんは自分に自信があるのぉ?」
「そ、それは……あるに決まってます。だって、あんなに綺麗で可愛くて、なんでもできて……私なんかとは大違いなんですから」
「ううん。違うよ。心から自分に自信のある人なんていない。だからこそ、努力するの。少しでも自信を持つために……もし本当にね、零音ちゃんが自分に自信があるんだとしたら、彼女はきっと嫉妬なんかしないと思うんだぁ」
零音は常に晴彦の傍にいた。自分以外の誰かが晴彦に近づくのを嫌った。それは本当に自分に自信がある人のすることだろうか。
「零音ちゃんも君も、本質的な所は同じなんだよぉ。自分に自信が無い。でも違ったのは、前に出るか、後ろにいるか。ただそれだけ。今回の一件も同じ。ハルハルをとられるのが怖いから、零音ちゃんは君のことを遠ざけようとした。ただそれだけの話……ねぇめぐみちゃん。変わりたいと思う?」
「え?」
「君は今、どうなりたいと思ってるのぉ?」
「……私は……」
しばらく考えこんだあと、めぐみはおずおずと口を開く。
「戻りたい……です。前みたいに、朝道さんと一緒に話したい……です」
偽りなく本音を話すというならば。それこそがめぐみの願い。零音や雪、晴彦達と一緒に話していたあの日々に戻りたいというのが本音だ。
「でも、それは無理だよぉ。一度壊れてしまったものは、もう二度と同じ形には戻らない」
覆水盆に返らず。どんなに戻りたいと願ったとしても、それが叶うことなど無い。始まってしまった変化に歯止めをかけることなどできない。時間は常に前に進み続けるだけだから。
「でも、めぐみちゃんが変わることはできるよぉ」
「私が?」
「君はいままで、怖がって諦め過ぎたんだよぉ。だったら今度は諦めなければいい。もっともっと欲張ればいい。物語の主人公みたいに強い心なんて必要ない。決断なんかしなくてもいい。ただ、自分の願いに正直になること。それが前に進むきっかけになるとボクは思うんだぁ。ボクなんか、いつだって自分の欲求に正直だよ? むしろしたいことしかしてないしぃ」
常に欲求に従って生きてきた双葉だからこそ言えること。自分の願いこそが最大の原動力になるという考え。
「零音ちゃんと友達でいたい。ハルハルのことも好きでいたい。それでいいじゃない。切り捨てるんじゃなくて、欲張る。その想いで真っすぐぶつかればいいんだよぉ。ハルハルのこととられたくないって子供みたいに駄々こねてる零音ちゃんに、こう、ガツンとね~」
シュッシュっとシャドーボクシングの真似事をする双葉に、めぐみがクスッと笑い声も漏らす。
それを見て双葉もふっと表情を緩める。
「君の自己犠牲の精神は素晴らしいけどさ。もっと欲張っていいんだよぉ。ボク達はまだ子供なんだからさぁ……それに、今の零音ちゃんに言葉を届かせることができるのは、きっとめぐみちゃんくらいだろうしねぇ」
「私に……できますかね」
「さぁ?」
「えぇ!?」
ここまで言ったのにここでそんなことを言うのかとめぐみは驚く。
「自信なんていらないよ。ぶつけるだけでいいんだからさぁ。自信なんかいらない。いるのはぶつける想いだけだよ」
「……はい」
静かに頷くめぐみ。もちろん、これでめぐみの抱える悩みが解決したわけではない。しかし、できることは見つかった。それだけでもめぐみにとっては大きな進歩だった。
「うんうん。それじゃあ、ボクはもう帰るね」
「あ、は、はい」
立ち上がり帰ろうとする双葉を見送るために玄関まで来るめぐみ。
「お、雨やんでるね。良かったぁ。今度は濡れずに帰れそうだよ」
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
「その、今日はわざわざありがとうございました」
そう言って頭を下げるめぐみ。
「あはは、いいよぉ気にしなくて。まぁなんていうか……ボクもちょっとは責任あるかなぁ……なんてね。そう思って勝手にやったことだからさぁ。気にしなくていいよ」
「そ、それでも……です」
「ん~。じゃあ素直に受け取っておこうかな。それじゃあめぐみちゃん、頑張ってね~」
「はい!」
力強く頷くめぐみを見て安心した双葉はひらひらと手を振って家に帰っていった。
「明日……伝えよう。私の想いを、全部を」
そしてめぐみは、零音への想いを胸に静かな決意を抱くのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク&コメントをしていただけると私の励みになります!
それではまた次回もよろしくお願いします!
次回投稿は1月28日21時を予定しています。