第123話 山城という男
新作が、もうそろそろ投稿準備が整いそうです。ホントはもっと早くする予定だったんですけど、なかなかうまくいかないものですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「どうしてあなたがここに」
山城という思いもしなかった人物の登場に雫が驚いた声を出す。
「その話は後で。今はこいつらに集中します」
山城は雫達の方には視線を向けることなくジッと静かに目の前の狐狼達を睨みつける。
「「グルルルル……」」
対する狐狼達も低く唸りながら突然割って入ってきた闖入者を睨む。その目には明らかな苛立ちが宿っていた。
こいつさえいなければ主の望み通り逃走者を捕まえることができたのに、そう言わんばかりの視線。しかし、自分達をやすやすと投げ飛ばした男に油断することなく狐狼達は次の行動について思考を張り巡らせていた。
対する山城はと言えば、実のところ何も考えていなかった。考えていないというと語弊があるかもしれないが、正確には狐狼達が動くのを待っていた。
山城は直感的に狐狼達が普通の生き物ではないということを感じ取っていた。その思考能力が非常に高いであろうということも。
なればこその無思考。下手に相手にこちらの動きを悟らせるくらいならば何も考えない。行動の予備動作を悟らせない。それが山城の出した結論だった。
結果としてにらみ合う両者。動くことは無くただただ時間だけがいたずらに過ぎていく。
しかし、その均衡が破られる瞬間が訪れる。
(何してるの。早くして!)
「「っ!?」」
いつまで経っても捕まえたという報告をよこさない狐狼達に苛立ちを覚えた霞美からの突然の言葉に驚く狐狼達。
その焦りからか、今までずっと山城の動きを探っていた狐狼達が一気に襲いかかってくる。無策ではあれど、勝算はあっての行動。ただの人間に身体能力で負けているわけもなく、油断さえせず二匹でかかれば倒せるであろうと思っての行動だ。そして、山城さえ倒してしまえば雫達を捕まえることなど造作もないと狐狼達は考えている。
しかし、それは山城の前ではあまりにも隙だらけの行動だった。
「何があったかは知らないが、それは無謀だぞ」
ほとんど同時に、別々の方向から山城に噛みつこうとする二匹。
しかし山城は焦ることなく冷静に見極める。そして、二匹の焦りから生じたわずかな隙を見つける。
「隙だらけだ」
喰らいついた、と狐狼が思った瞬間にはもうその場に山城はいなかった。一匹の噛みつきを体捌きで躱した山城はその次の瞬間にはもう一匹の狐狼に向けて裏拳を放つ。
「ガッ!」
突っ込んだ勢いのまま裏拳を叩き込まれた狐狼はなすすべもなく弾き飛ばされ、躱されたもう一匹が再び食らいつこうとしたその口を山城は抑え込む。
「悪いが、少し痛いぞ」
言うやいなや、狐狼が抵抗する暇もなく山城は狐狼を持ち上げ、地面に叩きつける。
「キャウン!」
ここまでほとんど一瞬の出来事。雫達にはほとんど見えない速さでの出来事だった。
それでもかろうじて起き上がれる二匹だったが、本気の一撃を容易く躱され、反撃までくらわされたことで狐狼達は山城に対して明確な恐怖心を覚えていた。
「まだ向かって来るというなら今度は容赦しないぞ」
「「……ッ!」」
山城から放たれる圧倒的な強者のオーラに今度こそ心が折れた狐狼達は身を翻して遁走する。
完全に気配が遠のいたのを感じた山城は、そこでようやく息を吐く。
「おそらくですが、もう大丈夫でしょう」
「えぇと……なんというか、手慣れてたわね」
あっという間に狐狼達を対処した山城に雫は思わずそう言ってしまう。
「まぁ、こうした経験は初めてではないので」
「そうなの?」
「話すほどのことではないですが」
「とにかくありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「いえ、偶然気付いただけなので」
「あの、ありがとうございました」
「助かりましたー」
「……一応、お礼を言います」
雫に続き、花音達も山城に助けられた礼を言う。花音は嫌々、という感じではあったが。
しかし、礼を言われた山城は何も言わず、黙り込んでしまう。
「どうしたの?」
「……いえ、その、女性は苦手で……」
実のところ、狐狼達に集中していたから大丈夫だっただけで、ふと現実に戻れば女性ばかりの環境に山城は元来の女性苦手を出してしまっていた。
「でも私と話すのは平気なのね」
「あぁ、それはその……昼ヶ谷先輩は朝道と同じで女性という感じがしなくて」
「ちょっとどういうことですか!!」
その言葉に噛みつくのは花音だ。先ほどまでの疲労はどこへやら、立ち上がり山城に詰め寄る。
「お姉さまほど完璧な女性はいません! それを女性という感じがしない? あなたのその目は飾りか何かですか!」
「い、いや。女性じゃないと言ってるわけじゃ……その、すまない」
「花音! 助けてもらったのに失礼でしょ!」
「うっ……ふん!」
「もう……すいません先輩」
「いや、気にしなくていい。俺のせいだからな。先輩もすいません」
「ううん。気にしなくていいわ」
言いながらも雫は内心少しだけ動揺していた。零音も以前山城に言われて動揺したのと同じように。
(バレてない……はず。でも気を付けておこう。この子は鋭い子かもしれないし)
「そういえば、あなたはどうしてここに来たの?」
「月曜日の夜なんですが、俺は白い髪の女子に出会いました」
言わずもがな、それは霞美のことである。他の生徒と同様、催眠をかけようと山城の前に現れたのだ。しかし、山城は他の生徒とは違う所があった。
「先ほども言いましたが、このような経験は初めてではないんです。だからこそ白い髪の女子が何かしてきた術にとっさに対処することができました。それも完全ではなかったですが」
「……すごいわね」
「それほどでもないですよ。要は心構えです。誰でもできます。まぁ最初の術は対処できたんですが、その後が問題でした。俺に上手くかからなかったことを悟ったのか、次に使ってきたのはより強力な術で、まんまとかかってしまった俺は今日になるまで家で眠り続けていたというわけです」
それは霞美にとっても予定外のことだった。まさか催眠術に抵抗されるとは思わず焦ってより強力な術を使ってしまったのだ。それこそ、ずっと眠り続けたまま起きなくなってしまうようなレベルの術を。
「あなたの過去に何があったのかとっても気になるところだけど……それは聞かないわ。時間もないしね」
「ここに来たのは風城先生に言われたからなんです。理由は話してくれませんでしたが」
「風城先生に?」
「行くも行かないもお前の好きにしろ、とだけ言われたんですが、来て正解でしたね」
「そうね。あなたがいなかったら私達は捕まっていたでしょうし」
「助けになれたならよかったです」
「まぁいつまでものんびりしているわけにもいかないわ。いつまた追手が来るかわからないしね。早く森から出ましょう」
「そうですね」
「わかりましたお姉さま!」
こうして花音達は無事に森から脱出し、霞美の手から逃れることに成功したのだった。
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狐狼達の失敗を感じた霞美は怒りの感情そのままにとある場所へと向かっていた。
その場所は保健室。彩音のいる場所だった。
保健室についた霞美はノックもせずにドアを開く。
「なんの用だ」
「お前の仕業か」
「何の話だ?」
「とぼけるな!!」
霞美の怒りなどどこ吹く風というような彩音の態度に霞美はさらに怒りボルテージが上がる。
「山城に連絡したのも、雫の後輩共に雫の居場所を教えたのも、全部お前だろ!」
「あぁそのことか。それがどうかしたのか?」
「邪魔はするなと言ったはずだ」
「直接言ったわけじゃないだろう。桜木達には森のことを教えただけ。山城も同じ。そこから行動したのはあいつら自身だ。私の関与するところじゃない」
「ふざけ——」
「おいおいどうした? 化けの皮がはがれかかってるぞ」
「っ!?」
嘲笑するように彩音は言う。
そこで頭に血が上っている自分に気付いた霞美は二、三度と深呼吸して自分を落ち着ける。
「安心しろ。もうこれ以上はなにもしないさ……お前達の作りあげる結末を見届けてやる」
「……ふん、その言葉が本当だといいけどね」
「本当だとも」
「どうだか。まぁいいよ。もう何かしたって遅い。昼ヶ谷雫一人逃がしたところで問題はない。もう結末は変わらない」
霞美はそのまま踵を返して保健室から出て行く。
「今日の夜、全ては完成を迎えるんだから」
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次回投稿は1月24日21時を予定しています。