第122話 夕方の逃走劇
最近切実に願うのはストックを貯めたいということ。その日ぐらしはちょっと怖いのです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「もっと急いで走りなさい!」
「は、はい~」
「あぁもう、運動は嫌いなのに」
「あ、足がもつれる……」
霞美の家から脱出することに成功した雫達だったが、のんびりと脱出とはいかず森の中を全力で走っていた。
その理由は単純、雫の逃走に気付いた生徒達に追いかけられていたからだ。
「くそ、逃がすな! そっちからも回り込め!」
「わかってる!」
追いかけてきているのは四人。男子も混じっているのだが、森の中を走るということに慣れていないことや、雨が降っていたことによる足場の不安定さなどもあって思ったように走れずにいた。
もちろん、それは雫達も条件は同じなのだが。
「思ったよりも早く気付かれたわね。森の中でなんとか撒かないと」
走りながら呟く雫。
たとえこのまま森の中から抜け出せたとしても、生徒たちの追跡が止むわけではない。むしろ足場が安定してしまうぶん、追い付かれやすくなってしまう。ゆえにこの森の中で生徒達を撒いてしまうのが一番良い方法だと雫は考えていた。
「まぁその方法が思いつかないんだけどね。弥美、どこが森の出口かわかるかしら」
「え、あー……すいません。めちゃくちゃに走ってるせいでちょっとわかんないです」
「そう、まぁ仕方ないわね」
「っていうか会長。結構余裕ですね」
「ふふ、生徒会長は伊達じゃないのよ。そういうあなたこそまだまだ余裕なのね」
「運動は嫌いですけど……花音についていくのは体力がいるので」
「なるほどね。問題は……」
ちらりと雫は少し後ろを走る花音達を見る。
普段ならば体力お化けである花音なのだが、霞美の家の扉を破壊する際に想像以上に体力を使っていたようだ。
依依は問題外、ただの運動不足である。
「このまま逃げてても追い付かれるだけ。困ったわね。せめて奏に連絡が取れたらよかったんだけど……」
今現在、奏は雫の両親について祖父母の家へと行っている。そもそも奏がいれば雫がこんな目にあうことはなかっただろう。昨日雫が泊まると連絡した際も奏がいればその発言のおかしさに気付いたはずなのだから。
(こうして考えるとボクも随分奏に頼ってるのかもしれないな)
「全然困ってる風には見えないんですけど」
「会長たるものいつ何時も冷静であれ、ということよ。上が慌てると下にも伝わるわ。上に立つ人間は内心を表に出さないようにしないといけないのよ」
「その言葉、花音にも聞かせてやりたいです。今はその余裕もないでしょうが」
「そうね」
常に感情全開な花音。雫の言う会長像とは程遠いように弥美は感じた。
しかし、感情を出そうが出すまいが徐々に追い詰められていることに変わりはない。そこで弥美は奥の手を一つ使うことにした。
「会長、ここは私に任せてください」
「何か手段があるの?」
「伊達に花音の無茶ぶりに付き合ってきてはいないってことです——よっ!」
これまで花音に付き合ってきて誰かに追いかけられるような事態に陥ったことは一度や二度ではない。そして弥美は学習する女なのだ。テスト勉強と同じで対策はしっかりと練る。そして本番で結果を出すのだ。
自らの懐に手を入れた弥美はボールのようなものを取り出し、後ろに向かって放り投げる。
「な、なんだ!?」
「ちょっと、足止めたら——きゃあ!」
「うわっ!」
「煙がっ!」
弥美の投げた球から煙が上がり、追いかけてきていた生徒達の視界を遮る。
「今の内です。逃げましょう」
「あなた、なんでそんなもの持ってるのかしら」
「まぁいろいろとあったので」
走るスピードを上げる雫達。そうしてなんとか生徒達を振り切ることができたのだった。
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「ちっ、使えない奴ら」
その様子を霞美は遠くから見ていた。
「もういい。あいつらは捨てよう……はぁ、結局私がやるしかないのか」
最近は洗脳したり、調べたりと自身の力を使うことが多かったため、できることなら動きたくなかった霞美。しかし、ここで雫を取り逃せば面倒なことになる可能性があると思った霞美はしぶしぶ力を使う。
「現れろ『狐狼』」
呟くと、霞美の両サイドに狐のような、狼のような特徴を持った獣が現れる。
霞美は自身の持つ力について多くを知らない。ただ使えるということだけはわかっていたから使うだけ。
ほとんど元いた世界と変わらないこの世界で、霞美しか持たない超常的な力。これがあるからこそ霞美は誰にも負ける気はしなかった。
「あいつらを捕まえてこい」
「「ワン!」」
主の望みに答えるため駆け出す『狐狼』二匹。
「……鳴き声は犬みたいなんだよなぁ」
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生徒達の追跡を振り切った雫達は、いまだ森の中から抜けていなかった。出口が近いことはわかっていたのだが、その前に花音と依依の体力に限界が来たのだ。
「はぁはぁ……すいません。お姉さま」
「ゴホッゴホッ……あぁもう動けない……」
息も絶え絶えといった様子の花音と弥美。少なくともすぐに移動するということはできそうになかった。
「しょうがないわ。特に花音はそうとう無茶したようだし」
「あれは確かに……すごかったですね」
「どうやってもビクともしなかったのに」
「えへへ……わ、私のお姉さまへの想いの前に障害物なんて無意味なんですよ……」
「わかったから。黙って休んでなさい。またいつ追手がくるかわからないんだから。今のうちに休んでおかないと」
「私達が入ってきた方に走ってたらすぐに出れたんでしょうけど……焦って全然違うほうに来ちゃいましたからね。ちゃんと出れますかね」
「それは大丈夫なはずよ。私の方向感覚が間違ってなければね。でもできれば日が暮れる前に森を抜けたいわね」
「そうですね。まだ時間的には大丈夫だと思いますけど……今は六時前ですね」
ちらりと弥美がスマホで時間を確認する。日没までの時間は後一時間といったところだった。
「時間はあるといっても悠長にはしていられないわね。あと少ししたらここを——っ!」
雫が途中で言葉を切り、周囲を警戒する。
「どうかしたんですか?」
「静かに。何かが近づいてるわ」
注意深く周りを見渡す雫。目を凝らして音のした方を見ていた雫はその正体に気付いて驚愕する。
(あれは狐? 狼? なんだかわからないけど。あんなものまであるなんて。このままここにいたらまずい)
「ごめんなさい。休憩の時間は終わりよ。移動するわ」
「え、あ、はい」
「二人もいけるかしら」
「はい、大丈夫です」
「し、しんどいですけど。なんとか……」
「静かに、音を立てないようにね」
幸いにして雫の見つけた『狐狼』はまだ気づいていない。その隙に出来るだけ距離を離しておきたかったのだ。
「な、なんですかあれ」
「さぁね。私にもわからないわ」
「あぁもう。人の次はわけのわからない生き物に追われるなんて……」
「さっき使ったのはまだ余ってるかしら」
「煙幕はあれだけですけど……他のならいくつか」
「いつでも使えるようにしておきなさい」
「わかりました」
ゆっくりと離れていく雫達の前で狐狼はスンスンと鼻を鳴らし、匂いを探っている。
このまま行けるかと思ったその瞬間だった。
「ワン!」
別の場所にいたもう一匹の狐狼が雫達に気付いて吠える。すると必然、もう一匹も雫達のいる方向へと走ってくる。
「ちっ、走りなさい!」
「あぁもう! くらえ催涙玉!」
雫の号令と共に駆け出す三人。走り出す直前に弥美は地面にさきほどとは違う玉を投げつける。
「っ!? 全然効いてない!?」
生き物ならば少しは効果があるかと思った弥美だったが、狐狼二匹はまったく気にも留めずに走って来る。
悪い足場もものともせずどんどん距離を詰めてくる狐狼。先ほどは足場の悪さゆえに助かったが、今度は足場の悪さゆえに追い詰められていた。
そして森の出口直前で、いよいよ雫達の背後に迫る狐狼達。
「あぁもう無理ー!!」
「追い付かれる!」
花音と依依が悲鳴に近い声を上げる。
いよいよ捕まるとなったその瞬間、その間に割って入る人影。
「はぁっ!」
「「キャウンッ!」」
その人物は走る狐狼たちの首根っこを掴み、放り投げる。
突然の乱入に驚いた雫達は思わず足を止めてその人物を見る。
「大丈夫ですか。昼ヶ谷先輩」
「あなたは……山城君!?」
そこに立っていたのは、火曜日から学校を休んでいた山城武志だった。
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