第114話 立ち上がる木曜日 後編
もっとパソコンに強い人間になりたい。パソコンとかインターネット関連の知識がある人ってすごいですよね。羨ましいです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「ふー、お風呂ありがとね」
雨でずぶぬれになった鈴を家の中に入れて、ひとまずお風呂に入れた雪。
ちょっと雨やんでたから傘使わなくてもいけると思ったというのが鈴の言い分だ。鈴の手の中にありながら役目を果たせなかった傘は可哀想である。
「それはいいんだけどさ。どうしたの? まだ授業残ってるでしょ?」
「えへへ、サボっちゃった」
「サボっちゃったって……ダメじゃん」
「今日朝からサボってる雪ちゃんには言われたくないよー」
「うっ」
そういえばそうだったと、自分の発言がブーメランだったことに気付く雪。
雪が仮病を使って休んだことは鈴にはバレているようだ。
「そ、それは置いといてさ。なんの用なの? なんかあった?」
「うーん、用っていうか……」
リビングのソファにボフッと勢いよく座る鈴。若干言葉を濁した後に、意を決したように雪の目を見て言う。
「なんかあったのは雪ちゃんだよね」
「っ!?」
雪の反応を見た鈴はやっぱり、といった様子で息を吐く。
「……なんでわかったの?」
「雪ちゃんのことだもん。わかるよ……なんて言えたらいいんだけどさ。昨日昼休みの前にね、生徒会長に会ったんだ」
「ひるが……先輩に?」
「うん」
そして鈴は前日にあった出来事を雪に伝える。
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水曜日の二時間目終わり、合間の休憩時間のこと。
鈴は次の時間の教室に向かって一人歩いていた。
その最中、考えるのは朝に鈴が言っていたこと。
「雪ちゃん……本気なのかな」
電車の中で言っていた、日向晴彦というクラスメイトの事が好きだという話。晴彦の事は鈴も知っていた。朝道零音という、一年生でもトップクラスの知名度を誇る女生徒の幼なじみにして恋人。そういう風に鈴は聞いていた。
「……あれ、誰から聞いたんだっけ?」
確かに誰かから聞いたはずなのに、それが誰なのか思い出せない。うーんと唸りながら思い出そうとすると頭に痛みが走り、思考が中断されてしまう。
霞美からの洗脳を受けている鈴は、そのことについて考えられないようにされていた。
「んー、まぁいっか。でもさすがに無茶だよねー。すっごくラブラブだって噂だし。邪魔したくないよね」
昼休みに雪の所に行こうと考えた鈴はさっさと次の教室に行こうと歩く足を速める。
「ちょっといいかしら」
「え……って、生徒会長!?」
「その通りだけど。そんなにびっくりすることかしら」
突然雫に声をかけられた鈴は驚きのあまり声が上ずる。
「だ、だってその、会長は雲の上の人って感じで……まさか私が話すことがあるなんて思ってなかったですから」
「別に雲の上の人じゃないわよ。あなたと同じこの学園の生徒だもの」
「そりゃそうなんですけど……えと、それでなにか?」
「そうね。時間もないし手短にいきましょう。夕森さんに関することよ」
「雪ちゃんに?」
「一応確認しておくけれど、あなた夕森さんの一番の友人なのよね」
「はい。自分ではそう思ってます……けど」
雪のことを一番の友達だと思っているし、雪もそう思ってくれていたらいいなと鈴は思っている。
「そう、それならいいの。少しお願いがあるのよ。夕森さんに関することでね」
「はい」
「別に難しいことじゃないわ……と言いたいけど、状況によっては大変なお願いになるかもしれないわね」
「えーっと……よくわからないんですけど。どんなことなんですか?」
「ふふ、ごめんなさい。お願い自体は簡単なの」
ジッと鈴の目を見据えて雫は言う。
「夕森さんのことを支えてあげて」
「え?」
突拍子もないお願いに、鈴は目を丸くする。
「えと、どういうことですか?」
「そのままの意味よ。なにもなければそれでいいんだけど……そうはいかなさそうだもの。打てる手は打っておきたいの。幸い、あなたはまだ軽いようだし」
「軽い?」
「ごめんなさい。こっちの話よ。それじゃあ引き留めて悪かったわね」
雫は言うだけ言ってその場を立ち去る。
状況を飲み込めないままの鈴は、予鈴が鳴るまでその場に立ち尽くしていたのだった。
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「とまぁ、これが昨日あったことなんだけど。よくわかんなかったけど、昨日の雪ちゃんはなんか様子が変だったし。そしたら今日はサボりでしょ? そりゃいくら私でもなんかあったんだってわかるよ」
(昼ヶ谷の奴、余計なことを。なんだってわざわざ鈴なんだよ)
「それでさ、なにがあったの?」
「えーと……それは」
まさか昨日起きたことを素直にそのまま伝えるわけにもいかない。それに伝えた所で意味はないと雪は思っていた。
「んふふー、当ててあげよっか」
「え?」
「日向君と朝道さんのことでしょ」
「…………」
「やっぱりそうなんだ。ねぇ、教えて。何があったのかさ」
そう言って雪の手を取る鈴。
状況に呑まれたのか、ただ単に雪自身も誰かに話を聞いて欲しいと思っていたのか。
それは雪自身もわかっていなかったが、気付けばゆっくりと口を開いて昨日起きたことについて話していた。
それはある意味、雪が初めて話す弱音だったかもしれない。今まで誰にも、雪は弱い所を見せたことがなかった。それは勝ち続ける上において必要ないことだと思っていたから。弱音を吐くくらいなら次の勝利へ向かって歩く。それが今までの雪のやり方だった。
そして、そんな雪の話を鈴はただ黙って聞いていた。
「だからねアタシじゃ……ハルっちの心を振り向かせることができなかったんだよ」
改めて雪の心に湧き上がってくる、暗澹たる気持ち。敗北感が泥のように雪の心を覆い、沈めようとするのだ。
そんな気持ちを振り払うように、雪は努めて明るく振る舞う。
「でももう大丈夫だよ。無理だってわかったら次にいくだけだからさ。明日からいつものアタシに——」
「どうして」
「え?」
「どうして諦めるの? 本気じゃなかったの?」
「……本気だってば。でも、それでダメだったなら次に行くしかないじゃん」
昔から、元の世界にいた時からそうしてきたように。本気でやる。それでもだめだったら次に行く。そうして雪は過ごしてきた。
「雪ちゃんって、いつもそうだよね」
昔のことを思い出しながら鈴は話す。
「雪ちゃんはなんでもできて、なんにでも本気だった。色んな競技で一位とったりしてさ。私いつもすごいなって思ってたんだ」
「……」
「でも、どの競技でも負けたらそれまで。それでおしまい。すぐに次の競技に移っちゃう」
勝って勝って負けて、勝って勝って負けて。雪はそれを繰り返し続けてきた。
「しょうがないって言って。さっきみたいに笑って。諦めちゃう。どうして? どうして諦められるの?」
「それは……」
鈴からの問いに雪は答えられない。なぜなら、雪にとってはそうするのが普通で、そこに理由なんて考えたことがなかったから。
「わからないなら教えてあげる」
雪の目を真っすぐ見て鈴は告げる。
「雪ちゃんにはね執着心がない」
「執着心?」
「なにがなんでもしがみついて、離さないって気持ち。雪ちゃんはなんにでも本気だよ。本気で取り組んでて、勝つための努力をして、そのために必要なことをするための覚悟もある……でもね、執着心が無いから、その競技に執着してる人に負けちゃう。競技への執着も勝ちへの執着も雪ちゃんにはないよね」
勝てるように努力をするということと、勝ちに執着することは同じではない。雪は努力はする。勝ちへの労力は惜しまない。しかしこの競技で絶対に勝つのだという思いまではない。雪にとっては数多ある競技の一つにすぎないから。そんな人間が勝ちへの執着を持てるはずがないのだ。
だからこそ、勝ちへの執着を持つ人に負ける。
「日向君のこと本気だったのはわかったよ。でも、どこかで思ってなかった? 負けたらそこまでだって。大人しく身を引こうって」
「…………」
図星だった。今回のことがなくても、晴彦が自分以外の誰かを選んだならその時点で諦めようと雪は考えていた。
「そんな程度の気持ちで、日向君を振り向かせることができるわけないよね」
「そんな程度じゃない!」
雪自身の晴彦への気持ちをそんな程度と言われ、それまで言われっぱなしだった雪が言い返す。
雪の晴彦への気持ちは本物だった。その気持ちをそんな程度と言われて認められるはずがなかった。
「じゃあどうすればよかったって言うの? アタシの言葉はハルっちには届かない。届くのはレイちゃんの言葉だけ。レイちゃんもアタシの話を聞いていくれない。もうどうしようもないじゃん!」
偽りなき雪の叫び。それがリビングに響く。
「じゃあ教えてよ、雪ちゃんの気持ちを! 本音を!」
しかし、それ以上の声で鈴は叫ぶ。
雪の本音。諦めるということに慣れきっている雪自身の、奥底に押し込んでいる本当の想いを呼び起こすために。
「諦めたくない! 晴彦のことも、全部全部諦めたくなんかないよ!!」
引き出される想い。それと同時に気付けば雪は涙を流していた。
「でもわかんないの。諦めることが、切り捨てることが普通だったから。今さらどうしたらいいかなんてアタシにはわからないんだよ!」
涙を流しながら叫ぶ雪。ずっとずっと抑えてきた感情が溢れて、雪自身にもどうしたらいいかわからなかった。
そんな雪を鈴はそっと抱きしめる。
「それでいいんだよ」
「……え?」
「そうやって、悔しがるの。悔しがって、怒るの」
「……あ」
その鈴の言葉が、雪の中にあった弟の言葉を思い出させる。
『兄さんは……負けて悔しくないの? 怒らないの?』
元の世界にいた弟がいつだったか聞いてきたこと。その時雪はなにも言えなかった。ただ、悲しそうな弟の表情を雪は覚えている。
「どうして聞いてくれないんだって、怒って怒って。そしたらその気持ちが力になってもう一度雪ちゃんのことを立たせてくれるから。負けて終わりじゃない。この世界はゲームじゃない。負けたって、何度だって立ち上がれば挑戦できるの」
「鈴ちゃん……」
「ちなみにね、私は今怒ってるよ」
「え、なんで?」
「だって日向君、雪ちゃんの話聞かないなんて何様だーとか色々あるけど、一番は雪ちゃんが負けちゃったこと。なんで負けちゃうの!」
「え、えぇ……」
突然理不尽な怒りを向けられて戸惑う雪。
しかし、鈴の言葉には続きがあった。
「だって雪ちゃんは学園で……ううん、この世界で一番素敵な女の子だもの! 朝道さんにだって負けてない。私はそう信じてるよ」
どこまでも真っすぐな言葉が雪の胸を打つ。
気付けば雪の心を覆っていた敗北感も何もかもが無くなっていた。
そうして湧き上がってくるのは、鈴の言っていた通り怒りの感情だった。
「そうだよね。アタシはレイちゃんにだって負けない。それなのにハルっちもレイちゃんも話すら聞いてくれない。アタシ二人にガツンと言ってやりたくなってきたよ!」
(あぁそうだ。洗脳も何も関係ねぇ。全部全部ぶっ飛ばして無理やりにでもオレの話聞かせてやる! 朝道、てめぇもだ!)
落ち込んでいた心に再び火がつけられ、大きく燃え盛る炎となって雪の心に力を与えていた。
鈴はそんな雪の様子を見て嬉しそうに笑う。
「やるよ鈴ちゃん。アタシ、今度こそ想いを届かせてみせる!」
「うん!」
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