第112話 立ち上がる木曜日 前編
直感とノリだけでなく、しっかりと計画して書けるようになりたいですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
木曜日。前日まで止んでいた雨が再び降りだしていた。
その日の昼休み、零音は一人教室を離れて空き教室へとやって来ていた。
「やぁやぁ、遅かったじゃない」
「お昼ご飯食べてからでもいいって言ったのは霞美でしょ」
「そうだったっけ?」
零音が晴彦の傍を離れてまでやって来たのは霞美に呼ばれたからだった。めぐみに続いて雪も休んでいたので、晴彦を一人にしても問題はないだろうと考えたからこそ零音は一人でやってきたのだ。それでも、晴彦の傍を離れるのは本意ではないのでできるだけ早く戻りたいと思っているのだが。
「どうしたの? ずいぶん顔色が悪いけど」
「……なんでもない。大丈夫。ちょっと今日の夢見が悪かっただけだから」
霞美が指摘した通り、零音の顔色は良いとは言えなかった。
しかし零音は問題ないと言い切り、そしてそれを聞いた霞美はなぜかニヤニヤと笑う。
「へぇ、そうなんだ。でもせっかく勝ったんだし、体調管理はちゃんとしないとね」
「わかってるよ」
「ならいいんだけどさ」
「それで、なんの用なの?」
ニヤニヤと笑い続ける霞美に体調の悪さも相まって余裕のない零音はどうしようもない苛立ちを覚えた。これ以上は付き合っていられないと用件を聞く。
「まぁまぁ、そう焦らないでよ。君にとっても悪い話じゃない……と思うよ」
「霞美の持ってくる話ってだけで心配なんだけど」
「酷いなー。まいっか。晴彦に関することだよ」
「晴彦に?」
「決着はついた。君の勝ちという形でね。それはわかってるでしょ?」
「……えぇ。もう誰も私と晴彦の間に入ることはできない」
「うんうん。昼ヶ谷雫は私がおさえてるし、夕森雪は負けを認めた……もう君を阻む者はいない。後は告白するだけ」
「…………」
「そのことについての話だよ」
「そのことって……告白の事?」
「明日にして欲しいんだよね。告白されるの。って、告白されるの待って欲しいって変な言い方だね」
「……え?」
クスクスと笑う霞美に対して、突然そんなことを言われた零音はポカンとした表情になる。
元々、告白のタイミングについては霞美からという話だった。しかし、零音としてはもう決着はついたのだからいつでも構わないだろうと思っていたのだ。早ければ早い方がいいだろうとも。
「な、なんで。別に今日だっていいでしょ!」
「おや、なんでそんなに慌ててるのかな」
「そ、それは……」
零音自身にもなぜこんなに自分が焦っているのかはわからない。しかし、零音のなかにはどうしようもない焦りがあった。早く、少しでもはやく晴彦と結ばれる……自分と晴彦の間にある絆を確固たるものにしなければならないという焦りが。
「もう君の邪魔をするやつはいないんだから、そんなに焦ることもないのに。それにさ、君は晴彦と結ばれて……その先はどうするの?」
「っ!?」
ビクッ、と零音の肩が震える。
それは零音があえて考えないようにしていたことだ。
「晴彦とどうなりたいのか、晴彦を……どうしたいのか。ちゃーんと考えないと……ね?」
霞美の言葉が零音の心を蝕む。
「今日はそれを考えるための時間ってことにしてさ。後は体調も整えないとね。今日の夜はちゃんと寝るんだよ」
「……わかってる。わかってるの、そんなことは」
「ならいいんだよ。用件はこれくらいかな。また今日の夜に私と雫の分のご飯貰いに行くから、用意よろしくね~」
「……えぇ」
ひらひらと手を振って霞美が手を振って教室を出て行く。
零音はただ一人空き教室で立ち尽くすのだった。
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「……これはまずいな」
雫は霞美の家で一人残されていた。
零音に用があると言って出て行った霞美。見張りの生徒は置いていったものの、人数がそれほど多かったわけではなかったので逃げ出せるかとも考えたのだが、まるで不思議な力に閉ざされているかのように扉はまったく動かなかった。
「外は雨、ここがどこかもわからない。もし外に出れたもしても無事に帰れるかもわからない……状況は最悪だね。でも、このあとまた一人になる時間があるとも限らない」
逃げ出すなら今のチャンスを生かすしかないと雫は部屋の中を探し回る。
「外の見た目に反して中は綺麗だけど……物は少ないね。最低限って感じだ」
物色した結果は芳しくなく、脱出に使えそうなものもなかった。
「急がないと……」
雫が焦っているのには理由があった。
早くしなければ霞美が戻って来てしまうということもあるが、それともう一つ。昨晩に霞美から聞いた話が原因だった。
雫は、昨晩霞美が言っていたことを思い出す。
『私はね、バットエンドが見たいんだ。最高のバットエンドがね。そのために晴彦には死んでもらわないとね』
そう言って高らかに笑い声を上げる霞美の目は静かな、しかし大きな怒りに満ちていた。
それがなによりも霞美の本気度合を雫に感じさせたのだ。
早く脱出して対策を練らないと晴彦が死ぬ。そんなことを認めるわけにはいかないと雫は頭を必死に働かせた。
「とにかく、早くどこか出れる場所を見つけないと……」
「出れる場所がなんだって?」
「っ!?」
不意に背後から聞こえる声。
雫がバッと振り返ると、そこには霞美が立っていた。
(いつの間に……全然気配を感じなかった)
「まったく、油断もなにもあったもんじゃないなぁ。逃げようとしちゃダメだってば。まぁ、出れないだろうし、もし出れても帰れないだろうけどさ」
「ずいぶん早かったのね」
「君が余計なことしてないか心配で早めに戻って来たんだよ」
霞美はそう言いながら途中でコンビニによって買ってきたというお菓子を広げて食べ始める。
「うーん、おいしいなー。あ、君もいる?」
「……いいわ」
(この子が戻ってきた以上、逃げ出すのは難しいか……せめて奏さんに連絡だけでもできたら)
外部と連絡がとれないようにスマホは没収されている。
今の雫には外部と連絡を取る手段がなかった。
「そうそう。明日にしたからさ」
「明日?」
「明日、全部を終わらせるよ。その時を楽しみにしててね」
(明日……もう時間がない)
「あぁ、明日が楽しみだなぁ」
楽しそうに笑う霞美とは対照的に、雫の表情は硬いままだった。
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次回投稿は1月9日21時を予定しています。