第111話 彼女は夢を見る4
新作の準備に入り、この作品も第一章の終わりが見えてきて最近書くのがますます楽しいですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
目の前に広がる光景を夢だと彼女は自覚していた。そして、自覚していたからこそ恐怖した。
嫌だ、見たくない、お願いだから……しかしどれほど拒んでも夢の世界は無情に進み続けるだけだった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
「○○、待たせたな。こいつがいつまでものんびり朝飯食ってるから遅れちまった」
「○○さん! おはようございます! あとお兄ちゃん、私のせいにしないで。お兄ちゃんが起きるの遅かったから朝飯が遅くなったんじゃん」
少年達は高校生となっていた。転校生の妹も同じ高校へと進学し、朝は一緒に行くのがもう普通のことになっていた。
「おはよう。二人とも朝から元気だな」
「はいもう。元気が私の取り柄ですから!」
「お前のはうるさいだけだろ」
「いたっ。頭叩かないでよ!」
「じゃあ少しは静かにしてろって」
「ぶーぶー!」
「もう一発いくか?」
「…………」
転校生が再びスッと拳を作るとそれまで騒がしかった妹は何もなかったかのように黙り込む。
「女の子の頭叩かなくてもいいだろ」
「っ! そうです! ○○さん、あの堅物にもっと言ってやってください!」
さすがに少し可哀想だと思った少年が助け舟を出すと、我が意を得たりとばかりに妹が少年に近づきその背に隠れながら兄を睨む。
「甘い。お前はこいつが普段どんな奴か知らないからそう言えるんだよ」
「良い子だと思うけどなぁ」
「そうですよね。こんな良い妹、なかなかいないんだからね!」
ここで調子に乗るから怒られるんだろうなと少年は思ったが、あははと笑って適当に誤魔化すにとどめた。これ以上意味のない兄妹喧嘩を見ているのがめんどくさかったという思いがあったからである。
この兄妹喧嘩はほとんど毎朝のことなので、少年にとっては見慣れた光景でもあった。
喧嘩を終えた後は何事もなかったかのように普通になるのだから兄妹というのは不思議だと少年は思っていた。兄弟のいない少年にとってその関係は少しだけ羨ましいものだった。
「あ、そういえば○○さん、『アメノシルベ』もうやりました?」
「あぁうん。勧められてやってみたけど、すっごく面白いね。すっかりハマってるよ」
「ですよね!」
学校へ向かう道中で妹が思い出したと少年に聞く。
「お前もあのゲームやってるのか?」
「うん。けっこう面白いよ」
「ほら、○○さんもこう言ってるんだしお兄ちゃんもやってみようよー」
少年が転校生の妹に勧められて始めたゲーム『アメノシルベ』。中高生の間で最近密かな流行を見せていた。
「ちなみに○○さんはどの子がお気に入りですか?」
「うーん……幼なじみかなぁ。あの一途な感じ好きかも」
「わかりますわかります! 私もその子が一番好きなんです!」
そこからわいわいと『アメノシルベ』の話で盛り上がる二人。ゲームをプレイしていない転校生は二人の話について行けず呆れたような顔をしていた。
「そんな顔するくらいならお兄ちゃんも一緒にやろうよ」
「お前がやってるの見てるだけで十分だよ」
いつも部屋のテレビを占領し、ウェへへとおよそ女の子がしていいものではない表情で『アメノシルベ』をプレイしているのを見ている転校生は、それだけでいいと思っていた。
「今度『アメノシルベ』の続編が出るって噂だし、やるなら今だと思うんだけどなぁ」
今日も勧誘に失敗し、兄を同じ領域に引きずりこむことができなかった妹は残念そうにつぶやく。
「あはは、まぁでもオレもあのゲームはやって損ないとおも——」
「あの!」
突如三人の前に現れる少女。なかなかの美少女だ。服装から同じ高校の女生徒であることはわかったが少年と妹はその人のことを知らなかった。しかし、転校生はそうではなかったらしい。
その少女も三人に用があるというよりも、転校生だけに用があるといった様子だった。
「あれ、あんたこの間の……」
「あの時はお世話になりました。それで……その……こ、これ!」
顔を真っ赤にしながら少女が差し出したのは一通の手紙だった。
「え、あぁ」
「そ、それじゃ!」
戸惑う転校生に半ば無理やり手紙を押し付けた少女は、そのまま立ち去ってしまう。
「「「…………」」」
ポカンとしたまま取り残される三人。
転校生は手に持った手紙をまじまじと見つめている。
そして、硬直からいち早く立ち直ったのは妹だった。
「え、いやいやいやいや! 今のなに!?」
「俺にもわからん」
「いやそれ手紙じゃん、絶対にラブレターじゃん! え、お兄ちゃん何したの!」
「何したって……困ってたのを助けただけなんだけどなぁ」
「またぁ?」
呆れたように言う妹。転校生が誰かを助けるのはこれが初めてのことではなかった。なぜだか巻き込まれやすい体質の転校生は何かと事件に巻き込まれ、そのたびに誰かを助けていたのだ。
高校生となった転校生は見た目良し、性格良いうえに運動までできるとモテない要素がほとんどなく、女子達の注目の的だった。そんな転校生に助けられた少女たちの大半は今回の少女のように転校生に惚れるのだ。
「それでどうするのお兄ちゃん」
「そうだな……」
いつもなら迷いなく断る転校生だったが、今回に限っては即答しなかった。
「え、なにもしかして脈あり? たしかに綺麗な人だったけどさ」
「バカ。そういうわけじゃねーよ。でも……そうだな。ちょっと話聞いてくるよ」
「え?」
それを聞いて驚いたのは少年だった。
今まではすぐに断り続けてきたのに、今回に限っていつもと対応が違うというのが少年の不安をあおっていた。
今のこの関係が、転校生とその妹と一緒にいる時間が少年にとって一番大切なものだった。そこに、他の誰かが入るということへの忌避感。ずっと自分がいた転校生の隣を奪われるかもしれないことへの恐怖。少年は無自覚なままにそれを抱えていた。
その場で手紙を少しだけ読んだ転校生はそれをカバンにしまって言った。
「今日の放課後、ちょっと行ってくるな。それじゃ学校行くか」
「お兄ちゃんとうとう彼女持ちですか。いやー青春だね」
「うるさい」
「いたっ。また叩いた! 二度も、二度も叩いたね。可愛い妹の頭を!」
ギャーギャーと騒ぎながら先を歩いていく二人を、少年はただ不安そうな目で見つめていた。
この後に起きる悲劇を、この時の少年はまだ知らなかった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
「——っ!?」
ガバっと起き上がった彼女はせりあがってくる不快感を抱えたまま洗面所へと向かう。
「ゴホッゴホッ……ハァ、ハァ……」
頭の中がぐちゃぐちゃしている。考えがまとまらない。彼女の心はさっきまで見ていた夢のせいでめちゃくちゃだった。
ふっと顔を上げて鏡を見ると、そこにはいつもとは違う、酷くやつれた表情の少女が映っていた。
「なんで……あの時の夢を見るの」
その呟きは悲しみに満ちていた。
さきほどまで見ていた夢の続きを彼女は知っている。どうなってしまうのかを知っている。
「私は……私があの人を……」
こみあげてくる吐き気を彼女は必死に抑える。
「ごめん……なさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
彼女は口をおさえたままうわ言のように謝り続けるのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク&コメントをしていただけると私の励みになります!
それではまた次回もよろしくお願いします!
次回投稿は1月7日21時を予定しています。