第6話 喫茶店にて
喫茶店っていいですよね。何時間でもいれるような、そんな雰囲気が好きなんです。まぁ実際何時間もいたら迷惑なんでしょうけど。
生徒会室を後にした私達は、教室で晴彦と合流しそのまま帰宅という流れになった。
生徒会長の提案で私達は敵対しながら協力関係を結ぶことになった。こういうとよくわかんないけど、これが事実なんだからしょうがない。まぁ、ゲームのシナリオから外れないように協力しましょうっていう認識でいいだろう。万が一にでも全然知らない女のことを好きになられたら困るし。
「うーん、今日はいい運動もできたし、満足満足!」
「そうだねー。結局二つしか見てないけど満足かも。あ、でもホントにハル君はよかったの? 見たい部活とか……」
「ないない。だから気にしなくて大丈夫だ」
「そう。ならいいんだけど」
「それじゃアタシこっちだから。また明日ね!」
「うん。バイバイ雪ちゃん」
「おう、また明日な」
予想外だ。てっきりなんだかんだ理由をつけて放課後もついてくるかと思ったんだけど。まぁ好都合といえば好都合だ。
「よし、そんじゃ俺達も家に帰るか」
「あ、ちょっと待って。まだ時間もあるんだしせっかくだから喫茶店に寄っていかない?」
「喫茶店? なんでだ?」
「ほら自己紹介の時に言ったでしょ。喫茶店知ってますって。でもハル君喫茶店とか知らないでしょ?」
「まぁそりゃ知らないけど。でもそんなの適当に近所の喫茶店言ったらいいんじゃ」
「ダメだよ! 実際に行かないとそのお店のおすすめの商品とかわからないでしょ」
喫茶店にはそのお店の看板メニューというものがあるし、店主のこだわりの商品があったりするものだ。お店の名前だけ知ってるだけじゃ意味がない。上辺だけでも取り繕うなら実際に行ってみるのが一番だ。
「そ、そうか……んじゃあ行ってみるか」
「うん、行こ!」
雨咲市には商店街がある。結構広い商店街で、夜ご飯の材料から裁縫の道具までだいたいなんでも揃ってる。色んなものがあるおかげで比較的賑わってる商店街だ。
目的の喫茶店はその商店街から少し離れたところにある。中を通っていった方が早いだろう。
「お、零音ちゃん! 今日はトマトが安いよ! 今日の晩御飯にどうだい!」
「ホントですか? また後で寄らせてもらいますね」
「零音ちゃん! こっちのコロッケはどうだい! 今ちょうど揚がったとこなんだ」
「うーん。ごめんなさい! 今日はこれから行くところがあるんです。また今度いただきますね!」
「あ、朝道さん。この間欲しいと言ってた本が入荷しましたよ。また時間のある時にいらしてくださいね」
「ありがとうございます涼香さん。また来ますね!」
子供の頃からよくこの商店街を利用していたからか、ひとたび商店街を歩けばひっきりなしに声を掛けられる。これも人気者の宿命というやつだろうか……なんて冗談は置いといて。私はこの商店街が好きだ。ここには暖かい空気が流れているから。まぁ、たまに熱いくらいの時もあるけど。この空気感は元の世界にはなかなか無かったものだと思う。
「おや零音ちゃん。それ、雨咲学園の制服でしょう? もう高校生になったのかい。早いもんだねぇ」
「あ、下野さん。お久しぶりです」
「久しぶりだねぇ。隣の子は彼氏かい?」
「違いますよ。幼なじみのハル君です。日向晴彦君。おばさんも会ったことあるでしょう」
「おやまぁ! 」
「いつものことながらすごいな零音。人気者って感じだ」
「そんなことないよ。みんな優しいだけ……私が特別なわけじゃないもの」
そう、私は特別なわけじゃない。いや、特別なのかもしれない。でもそれは『朝道零音』のことで私じゃない。
「零音? どうかしたのか」
「なんでもないよ。ほら、早く行こ」
商店街を抜けて少ししたところに喫茶店はある。
『目覚めの小鳥亭』それが店の名前だ。
「へぇ、こんなとこに喫茶店あったのか」
「ハル君何回か誘ったけど来てくれなかったじゃない」
「そうだっけ? 悪い、全然覚えてない」
「全くもう。まぁいいけどね。それじゃ入ろっか」
喫茶店の中は明るすぎず、暗すぎずといった感じで。かかっている音楽も相まって非常に落ち着く雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃい」
カウンターに立っていた店主に案内されて席に着く。
このお店はメニューは多くないけど、それが気にならないくらい味が良い。あと、値段が安いということも学生には嬉しい所だ。
「今日の日替わりケーキってなんですか?」
この店は店主がケーキを作っている。でもその日の気分によって出すケーキが変わるのだ。それが楽しみなところでもある。
「……チーズケーキとガトーショコラだね」
「それじゃあ、私はコーヒーとチーズケーキでお願いします」
「じゃあ、俺も同じので」
「えー。せっかくだったらガトーショコラにしてよ」
「なんでだよ」
「ガトーショコラも食べたいじゃない。私のチーズケーキも一口あげるから、ね?」
「それなら二つとも頼めば……いや、なんでもないです、はい。俺はコーヒーとガトーショコラで」
この男は何を言っているのだろうか。一度に二つもケーキを食べるなどできるわけがない。体型の維持の難しさを教えてやりたい。って、なんで元男の私がこんなことで悩まなければいけないのか。元の世界にいた時はこんなこと気にもかけなかったのに。悲しい。
「ねぇハル君」
「ん。どうかしたか?」
「ハル君は高校生活をどう過ごしたいの?」
「どうって……そうだな。まぁ、普通に過ごせたらそれでいいと思ってるけど」
狐に力を与えられた時点でそれは無理だと思うんだけど。でも普通、普通か。晴彦の言う普通ってどんなんだろうか。
「それってどういう感じ?」
「うーん、まぁ、友達と遊んだり、一緒に勉強したり……とか?」
「ふふっ、ホントに普通だね」
「なんだよ、悪いのか」
「そんなことないよ。ねぇその普通にさ、私って入ってる?」
「そりゃそうだろ。俺の生活ってお前がいないと破綻するし……いきなりどうしたんだよ」
「ん、なんでもないよ。でも……そっか、そうなんだ。ふふっ」
「何いきなり笑ってんだよ」
「つまり、ハル君の高校生活は私にかかってるわけだね!」
「いやそういうわけじゃ、うん? いや、そうなのか?」
なるほどなるほど、私が思っていた以上に私は晴彦に頼りにされていたらしい。これは好感度も一番高いんじゃないだろうか。今のままいけば私のルートに入る可能性が一番高いだろう。
でも、それだけで安心するわけにはいかない。私のルートを選ぶように少しずつでも晴彦の好感度を稼いでいかないと。
「あ、来たよハル君」
この店の店主はシンプルなものを好む。作るケーキも余計な素材は加えず、すごくシンプルなものになっている。しかしそれだけに無駄のない美味しさなのだ。
「お、これおいしいな」
「でしょ。こっちのチーズケーキも食べてみてよ」
このチーズケーキ……あげるのは簡単だ。しかし、ただ単にあげるのはよくない。それでは好感度は稼げない。だったら、することは一つ。
「はい、あーん」
「え? いや」
「あーん」
「普通に切り分けてくれたら」
「あーん」
「……あーん」
「ね、美味しいでしょ?」
「うん、美味しい、美味しいけどさ。それ以上になんていうか……」
言わずともわかる。恥ずかしいんだろう。いくら幼なじみとはいえ、こんな美少女に「はい、あーん」攻撃をされたら嬉しいやら恥ずかしいやらで心の整理がつかなくなる。
数少ないお客さんの生暖かい目は気にしてはいけない。
「ま、でも確かにこの店美味しいな」
「でしょ」
それはそうだろう。私が回った喫茶店の中でも上位に入るお店なのだから。
「また今度別の喫茶店にも連れていってあげるね」
「楽しみにしてるよ」
「その代わり、このあと夜ご飯の買い物付き合ってね!」
「いいけどさ。今日の夜ご飯って何作るんだ?」
「うーん。八百屋さんがトマト安いって言ってたし。トマト使って何か作ろうかな。あ、でも食べたいのがあるならそれでもいいけど」
「うーん。いや、トマトでいいや」
「わかった。でも、もう少しここで休んでからにしよっか」
「そうだな。なんかここ落ち着くし」
こうして過ごす時間が晴彦の望む普通であるというなら、なるほど、それは確かに尊いものなのかもしれない。
トマトを使った夜ご飯のメニューを考えながら、私はそう思った。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
もっと研鑽を積んで良い作品になるよう努力します。
また次回もよろしくお願いします。
次回投稿は8月13日9時を予定しています。




