第107話 決着の水曜日 中編
クリスマスが終わったらすぐに年末。やること多くて忙しいですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「おぉ、良い感じだねぇ。この分なら今日中には終わりそうだなぁ」
霞美は外から零音達の様子を見てそう呟いた。
「零音は順調そうだし、こっちもさっさと終わらせようかな。ねぇ、そこにいる君ちょっといいかな」
霞は近くを歩いていた高等部の一年生生徒に声を掛ける。
「え、何かよ——」
「はいどーん」
その生徒が振り向いた瞬間にデコピンをする霞美。それだけで生徒は途端に目が虚ろになる。
「これから言うことを復唱してね」
「……はい」
「朝道零音と日向晴彦は付き合っている」
「……朝道零音と日向晴彦は付き合っている」
「彼女達は両想いだ」
「……彼女達は両思いだ」
「彼女達の邪魔をする奴は排除しないといけない」
「……彼女達の邪魔をする奴は排除しないといけない」
霞美の言う通り、その生徒は霞美の言ったことを復唱し続ける。
「よしよし、そのこと忘れないでね。それじゃ……ほいっ」
霞美が再びデコピンすると、虚ろだった生徒の目が元に戻る。
「……あれ、オレ何して……?」
直前の出来事を忘れ、首を傾げる生徒。
しかし、その疑問すらも次の瞬間には忘れ、何事もなかったかのように歩いていく。
「……これでひと通り終わったかなぁ」
その生徒が歩いていくのを目の前で見送った霞美は満足気に頷く。
「いやぁ、思ったより時間かかったなぁ。直接かけたほうがいいのはわかってるんだけど、面倒だし。一年生の間では結構広まってるみたいだから良しとしよっかな」
自分の思い通りに物事が進んで行くことが嬉しくて、霞美は思わず鼻歌を歌う。
「随分とご機嫌じゃないか」
そんな霞美の下に、彩音がやってくる。
それに気づいた霞美は『夜野霞美』としての仮面を被る。
「……風城彩音」
「校外学習以来だな」
「何か用?」
「ずっと大人しくしていたのに最近ずいぶん活発に動いているようだからな」
「それが気になるの?」
「……その話し方しなくても大丈夫だぞ。お前の本性は知ってるからな。何より、時間の無駄だ」
「そりゃ残念。せっかく雰囲気作れるかと思ったのに」
「ここには私達しかいないのに雰囲気も何もないだろう。そんなものを私は必要としてないしな」
「ダメだよー。雰囲気、状況は大事なんだから。空気に呑まれるっていうでしょ。私、素の話し方がこれだからさ。このままだと雰囲気作れないんだよね」
「なるほどな」
「ま、君がいらないっていうならそれでいいけどさ。それで何が聞きたいの? 今なら機嫌がいいからなんでも答えちゃうかも」
「それはよかった。なら一つ聞くが、さっきの生徒には何をしたんだ」
「さっきの子? うーん……なんて言うんだろうね。催眠? 暗示? よくわかってないけどそんな感じかな」
「よくわからない?」
「この世界に来た時に手に入れた『夜野霞美』としての力だからさ。まぁ詳しい理屈とかはわかってないけど、私は意のままに人を操れる。それだけわかってればいいんだよ」
「その力を使って、朝道に有利な状況を作ろうとしてるわけか」
「その通り。零音と晴彦は付き合っている。好き合っている。その程度の暗示なら簡単だからね」
生徒に暗示をかけて、晴彦と零音に二人に対する認識を変化させること。それが霞美が月曜日から行っていたことだった。
「零音のクラスメイト達にはもうちょっと強力な暗示をかけさせてもらったけどね」
「そうやって周りから固めて、朝道に有利な状況を作ろうというわけか」
「そういうこと」
「なぜそこまでする」
「そりゃもちろん零音の晴彦を想うひたむきさに心打たれたからだよ」
「嘘を言うな」
「……なんで嘘だと思うの?」
「お前は以前言っていたな。ハッピーエンドは認めないと」
「…………」
「そんなお前が素直に朝道に協力するわけがない」
「だとしたら?」
「お前の目的が知りたい。最終的な目的をな」
「そんなことでいいの?」
「あぁ」
「そうだなぁ……簡単に言うなら、破滅かな」
「破滅?」
「破滅。バットエンド。言い方はなんでもいいけどね」
「……それが目的か」
「そうだよ」
朗らかに、明るく言う霞美。
「それには零音を使うのが一番だっただけ。彼女の心は素晴らしいから」
「あいつの心は歪んでいる」
「その歪みが素晴らしいんだよ。彼女の晴彦に対する執着。奪われることに対する恐怖。でもそれに耐えるには彼女の心はあまりにも弱かった、脆かった。私の求めていたものにぴったりだった」
そう言って楽しそうに笑う霞美。
「それで、君はこれを知ってどうするの? 生徒達に手を出されて怒ってるのかな?」
「別に何も」
「何も?」
彩音の答えが予想外だったのか、霞美が目を丸くする。
「私は傍観者だ。ただ成り行きを見守るだけだ。生徒に手を出されたからと言って怒ることはない」
「……へー。意外に薄情なんだ」
「なんとでも言え」
「でもじゃあなんで私の所に来たの?」
「知りたかっただけさ。もう一つ聞きたい」
「何かな?」
「日向晴彦には何をしたんだ。あいつだけは他と明らかに様子が違う」
「あぁ、なるほどね。うーん、簡単に言うなら洗脳かな」
「洗脳?」
「零音のことを好きになるように……ね」
「? どういうことだ。あいつはもう朝道に惚れてるだろう」
「……アハ、アハハハハハハハハ!!」
彩音から質問に霞美はおかしくてたまらないといった様子で笑い出す。
いきなり笑い出した霞美を彩音は怪訝な目で見る。
「なにがおかしい」
「おかしい、そう、おかしいんだよ彼女は、零音は。私の最初の計画では、晴彦には何もしないつもりだった。惚れてるし、多少の無茶なら聞くからさ。でもね、私の計画を聞いた時に、私に人を操る力があると知った時に彼女が言ったんだよ」
その時のことを霞美ははっきりと覚えている。
日曜日、ファミレスで話していた時の事。
『ま、詳しくは話せないけど。君のクラスメイトを操ってって感じかな』
『それだけじゃわからないんだけど』
『別に知らなくても問題ないからさ。さしあたって君にしてもらいたいのはいつも通りすごすことだよ』
『いつも通り?』
『そうそう。特に特別なことをしてもらう必要はないかな』
『それでいいの?』
『いいんだよ。君は今まで通り『朝道零音』として過ごしてくれたらいい。後は私がなんとかするからさ』
『できれば教えて欲しいんだけど』
『それはできないってば』
『……じゃあ、一つだけ聞かせて』
『何かな』
『操るって言ってたけど……どのレベルで操れるの?』
『うーん……まぁ時間をかければ人格変えれたりもするかもね』
『……なら、お願いがあるの』
『お願い?』
『晴彦を——操って』
至極真剣な瞳で、零音は霞美にそう告げた。
その時の驚きをなんて言い表せばよいのか、それを霞美は知らない。
「操れってさ、晴彦の事を。自分の事を、自分だけを見るようにしてくれって彼女は言ってきたんだよ! 真剣な顔でね。それがどういう意味かわからないはずがないのに」
「……晴彦に対する洗脳が完成したらどうなるんだ」
「簡単な話だよ。零音の望んだとおり、晴彦は零音のことだけを見るようになる。そして——」
恍惚とした表情で霞美が言う。
「晴彦の元の人格は……無くなるかな」
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次回投稿は12月27日21時を予定しています。