第102話 変化する火曜日 前編
自分の生活スタイルを直したい今日この頃。体に悪いとわかっているのに直らないものですね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
火曜日の朝、空は厚い雲に覆われ雨が降り続けていた。どこまでも続く雲の塊に途切れ目は見えていなかった。
「ハル君、起きて」
「う……ん……れい……ね?」
耳朶に沁み込むような零音の声。その声に誘われるように晴彦はゆっくりと意識を浮上させていった。
「ほら、もう起きないと」
(あれ……朝? 俺……いつの間に寝て……)
意識が覚めていくにつれて、晴彦は自分が寝ていたのだということを理解する。
しかし、晴彦には前日の放課後以降の記憶がなかった。
(たしか昨日帰ろうとして……それで……誰かに会ったんだ。でも……誰に?)
「ハル君、もう起きてるんでしょ? 気付いてるんだから」
ぼやける記憶を手繰り寄せ、晴彦は放課後の事を思い出そうとする。
しかし、掴みかけた記憶は零音によって遠のいていく。
結局晴彦は何も思い出すことのないまま目を覚まし、その頃には起きた時には確かにあった違和感さえもなくなっていた。
「ん……おはよう、零音……って何してんだよ!」
完全に起きた晴彦は目を開けようとして零音が自分の腰の上に座っている光景を目にして絶叫する。
「え、何ってハル君のこと起こしに来たんだけど」
「いやだから、なんでそれで腰の上に座ってんだよ!」
(まずい、今零音が乗ってる位置はまずい!)
男としての生理現象が起きそうな晴彦は慌ててその場から零音のことをどかそうとする。
しかし、当の零音はキョトンとした顔だ。
「何言ってるの? いつもこうやって起こしてたじゃない」
「え、あれ……そう……だったか?」
「そうだよ。もう、おかしなハル君」
クスクスと笑う零音。
「そう……そうだよな。スマン、寝ぼけてたみたいだ」
(零音が嘘吐くわけないんだから……俺が間違ってんだよな)
晴彦は何の疑問もなく零音の言うことを信じてしまう。零音の言葉のおかしさにも晴彦は気付かない。まるで、零音の言葉に対して疑問を持つことを封じられているかのように。
「まぁ、でも、とりあえずそこから退いてくれよ。体起こせないからさ」
「ジーーー」
「な、なんだよ」
「今日もハル君はカッコいいなーって」
「な、ば、いきなり何言って——」
その瞬間、晴彦の前に選択肢が浮かんでくる。
1:『零音も綺麗だよ、とカッコつけて言う』
2:『バカなこと言ってんじゃねーよ、と零音の額を指で小突く』
3:『俺のカッコ良さは俺が一番よく知ってんだよ、とポーズを決めて言う』
(また変な選択肢だな……でも、この中で零音の好感度上げれるとしたらどれだろ)
目の前に浮かぶ選択肢を吟味して、どの選択肢が零音の好感度を稼げそうかということを考える。
ごく自然に、そうすることが当たり前であるかのように考えていた。
「バカなこと言ってんじゃねーよ。いいから早く退いてくれ」
結局、晴彦が選んだのは二つ目の選択肢だった。
「いたっ。えへへ、ハル君に小突かれちゃった」
「なんで嬉しそうなんだよ」
少しだけ零音の好感度が上昇する。『73』から『75』へと。
それを確認した晴彦は、とりあえず好感度が上がったことに安堵する。
(あれで好感度上がるってのも変な感じだけど……この調子でいったら今週中には告白成功ラインの80は超えれるかな。そこまでいったら安心して零音に告白できるんだけどなぁ)
「それじゃ着替えるから」
「うん」
「いや、うん、じゃなくて部屋から出てくれよ」
「見てちゃダメ?」
「恥ずかしいからダメ」
「ケチー」
文句を言いながらも零音は晴彦の部屋から出ていく。
「……やっぱり——なんだね……」
部屋を出た零音は、一瞬だけ悲し気な顔をして呟く。
「でも、それも私が決めたことだから」
しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔を作りキッチンへと向かい、朝ごはんの用意をしたのだった。
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「みんなおはよ」
「おはよう」
「おうおう、今日も朝道さんと一緒に登校か? 雨でも君が隣にいてくれるなら俺の心は晴れるさってか? 朝からお熱いねー、まったく」
「うっせ」
零音と晴彦が教室に登校してくるなり、友澤が二人をおちょくるようなことを言う。
零音は少しだけ恥ずかしそうに笑い、晴彦は友澤のことを睨む。しかし、二人とも友澤の言葉を否定はしない。
他のクラスメイトも、晴彦と零音の二人を羨ましそうな顔で見たり、晴彦の事を呪うような顔で見る男子がいたりと様々な反応だった。
「いいよなー、オレも世話してくれる幼なじみが欲しーよ」
「今からは無理だろ」
「だから羨ましいんだろ。あ、そうだ。一つ提案があんだけどよ」
「なんだよ」
「朝道さんをオレの幼なじみに下さい!!」
土下座せんばかりの勢いで晴彦に頼み込む友澤。しかし、それを受けた晴彦の目は冷ややかだった。
「無理」
「そ、そんなどうか、どうかお慈悲をーー!!」
「いや、っていうかそれ俺に言うことじゃねーだろ」
「まぁ、それもそうか。朝道さん、オレの幼なじみになってください!」
まるで告白するかのように零音に向かって手を差し出す友澤。
それを受けた零音は若干苦笑いしている。
「うーん……ごめんね。私、ハル君だけの幼なじみだから」
「ぐはぁっ!!」
やんわりと、しかしはっきり断られた友澤はがっくりとその場に崩れ落ちる。
クラスの女子はそんな友澤のことを晴彦同様、冷ややかな目で見つめている。男子はどちらかというと同情的な感じだ。
晴彦は零音が友澤の願いを聞き入れることはないということはわかっていたのだが、実は内心少しだけ不安があったので、ハッキリと断ってくれたことに安心していた。
「……心配だった?」
「何がだよ」
「わかってるくせに」
クスクスと笑う零音。晴彦は何も言わずにそっぽを向く。
そんな二人の様子ははたから見ればただイチャイチャしているようにしか見えない。
間近でそんな様子を見せられた友澤は嫉妬を通り越してもはや呆れていた。
「お前らさー、それでホントに付き合ってないつもりなのか?」
「なんだよ藪から棒に」
「どう見たってカップルにしか見えねーよ」
「そ、そんなこと……」
晴彦とて、告白できるなら告白してしまいたい。だけど好感度が見えてしまう晴彦にはまだ告白が成功する自信がなかったのだ。
晴彦はちらりと横にいる零音の事を見る。
「どうしたの?」
「な、なんでもねぇよ」
もはや露骨と言ってもいいほどに態度に出ている晴彦だが、零音がそれに気づく様子はない。
友澤を含めたクラスメイトはそんな二人の事をもどかし気に見つめていた。
「まぁ、お前らがそれでいいならいいけどさ。あんまりのんびりしてんなよ日向。朝道さんのこととられても知らねーぞ」
「とられるって?」
キョトンと首を傾げる零音。
「いやいや、朝道さんは知らなくていいですよ」
「なんのことなのハル君」
「いや、それはその……言えないです」
「えー、教えてくれてもいいのに」
朝の教室で行われる他愛のないやりとり。
特に特別なことなどないただの日常の風景。
しかしそれは今までとは違う日常となっていることに誰も気付いていなかった。その日常に呑まれていた。
ただ一人、夕森雪を除いては。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回投稿は12月20日21時を予定しています。