第95話 始まりの月曜日 前編
一気に寒くなりすぎて、パソコンのキーボードを打つ手が震えるのです。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
月曜日の朝、雨が降りしきる中零音は晴彦の家の前にいた。
「……ふぅ」
若干の緊張感を滲ませつつ、心を落ち着けるように息をつく零音。
「大丈夫……大丈夫。私はいつも通りだから」
自分に言い聞かせるように呟きながら零音は昨日の霞美との会話を思い出す。
『さしあたって君にしてもらいたいのはいつも通り過ごすことだよ』
『いつも通り?』
『そうそう。特に特別なことをしてもらう必要はないかな』
『それでいいの?』
『いいんだよ。君は今まで通り『朝道零音』として過ごしてくれたらいい。後は私がなんとかするからさ』
そう言って不敵に笑っていた霞美。その後どれだけ聞いても内容は決して教えてくれず、結局零音は折れるしかなかった。
まだ謎の多い霞美のことを完全に信用することができない零音だったが、だからといってできることは無い。
霞美が下手なことをしないようにと願うしかないのだ。
「……よし」
心を整えた零音は、意を決して家の中に入る。
いつも通りの静寂。まだ晴彦は寝ているようだった。
家に入った零音はいつものように朝ごはんの用意をするためにキッチンへ向かう。
そしてそこで、予想外の人物に出くわす。
「今日の朝ごはんは何に——って、え!?」
「おっはよー」
「な、なんでここにいるの!」
そこには、いるはずのない霞美がいた。
リビングのソファに座って、スナック菓子を食べている姿に零音は目を丸くする。
あまりの驚きに晴彦が寝ていることも忘れて、大きな声を出してしまう。
「なんでって……いるからだけど」
「その理由を聞いてるの!」
「んー、まぁせっかくなら朝ごはんを私もご馳走になろうかなーって。料理得意なんでしょ?」
「なんであなたの分まで」
「いいじゃない。一人作るのも二人作るのも大して変わらないでしょ」
「そういう問題じゃ——」
「っていうかいいの? あんまりおっきな声出したら。晴彦が起きるよ?」
「あ」
慌てて零音は口を塞ぐ。
しかし、すでに時すでに遅く、二階から晴彦が降りてくる足音が聞こえる。
零音が急いでリビングの扉を抑えようとするが、それよりも早く晴彦がリビングに入ってくる。
「どうかしたのか!?」
零音が霞美と話している声までは聞こえていなかったようだ。しかし、滅多に大声で叫ぶことがない零音の声に慌てて起きてきたのだ。
「えっと、いや、その……」
対する零音は霞美のことをどう説明するかを考えて頭を必死に働かせている。
「どうしたんだ? 変な動きして」
「あの、その。この子は……」
「この子? 誰のこと言ってるんだ?」
キョトンとした顔で聞いてくる晴彦。
「え?」
後ろを振り返る零音。しかしそこには先ほどまでソファでダラダラとしていた霞美の姿は無い。
「零音?」
「……あ、そ、そう! Gが出たの!」
「え、マジで?」
「うん。それでその、びっくりしちゃって。大きな声出しちゃった。ごめんね」
「いや、それはいいんだけど。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。こう、スパーンとね、やっといたから」
「お、おう。そうか。零音ってG平気なんだな」
「平気ってわけじゃないけど……さすがに慣れてるかな」
どれだけ綺麗に掃除をしていても出てくるG。昔からキッチンでの作業をすることが多かった零音は苦手意識は持っているものの、ある程度は慣れていた。
「それでもさすがにいきなり出てくるとびっくりするからさ」
「そりゃそうだよな。でもまぁ、それだけなら良かったよ。何かあったのかと思って」
「あ、ごめんね。起こしちゃったもんね」
「いや、まぁどうせ学校だしいいんだけどな」
「まだ朝ごはんもできてないし、先に着替えてきたら?」
「ん、あぁそうだな。起きてそのままだった」
「またご飯できたら呼ぶからさ。それまでは部屋でゆっくりしてて」
「…………」
「……ど、どうしたの?」
「なんか、俺の事リビングから遠ざけようとしてないか?」
「っ!? そ、そんなわけないよ。遠ざけるも何もここはハル君の家だし。ただ……」
「ただ?」
「私、朝ごはんを作るときにちょっと特別な儀式をしてるんだけど……」
「え?」
「……ハル君に、その儀式を見る覚悟はある?」
「……部屋で大人しくしてまーす」
顔を青くした晴彦は、それ以上の疑問を挟まずにリビングから出ていく。
「……いるんでしょ」
晴彦が二階に上がったことを確認した零音は、さきほどまでよりも声を潜めて言う。
「あ、バレた?」
キッチンの陰からひょっこりと姿を現す霞美。零音が慌てている間にキッチンの陰に姿を隠していたらしい。
「あれ、なんか怒ってる?」
「怒ってる」
「なんで?」
「あなたのせいで晴彦の寝顔が撮れなかった」
「え、そんだけ?」
思ってもみなかった零音の怒っている理由に霞美が呆れたような声を出す。しかし、それが零音の逆鱗に触れてしまった。
「それだけ? それだけなんてよく言えるね。今日という日は二度とやってこないんだよ? 今日は6月4日。晴彦の誕生日が9月17日。つまり晴彦の誕生日まで100日ちょっと。15歳の晴彦の寝顔を撮れるチャンスはあとそれだけしかないのに、そのうちの貴重な一回をあなたのせいで無駄にしたんだよ? これが怒らずにいられる? そんなわけない。たとえ神様が許したって、私がそんなこと許さない。もし今日晴彦が珍しい寝相で寝てたらどうするつもり? ほんと、そういうとこちゃんと考えて」
「え、あ、ごめんさない」
思わず普通に謝ってしまう霞美。
晴彦のこと起こしたの私じゃなくて、大声出した零音じゃん。と思った霞美だったが自分も原因の一つであることに違いはないし、何よりそんなことを言える雰囲気ではなかった。
「……次はないからね」
「はい」
射殺すような零音の目。それが言葉の本気具合を語っていた。
「そ、そいえばさ。上手く言って誤魔化したね。Gとか儀式とかさ」
これ以上この話をしてはいけない、そう思った霞美は話を逸らそうとする。
「ん、まぁGの方は嘘なんだけど……」
「え? まさか儀式はしてるの?」
「儀式なんて大層なものじゃないよ。ただちょっとおまじないしてるだけだから。晴彦が私のこと好きになりますように……ってね」
「……ホントにそれだけ?」
「どういうこと?」
「なんか怪しい薬入れてたりしない?」
「…………」
「してるのっ!?」
「ふふ、冗談だよ冗談。そんなことしてるわけないでしょ」
「だ、だよねー。さすがにしてないよね」
笑って言う零音。しかしその目が笑っていなかったのを霞美は見なかったことにした。世の中には知らなくていいこともあるのだと。
「あ、そうだ。こんなのんびり話してる暇なかった。朝ごはん早く作らないと」
晴彦を待たせていることを思い出した零音は急いで朝ごはんの用意を始める。
「それで、あなたも食べるの?」
「ん、あぁ……じゃあもらおうかな」
さっきの話を聞いて若干不安になっていた霞美だったが、お腹は空いていたのでもらうことにする。
黙々と朝ごはんの用意を進めていた零音は、そこでふと霞美がいる理由を聞いていなかったことを思い出す。
「そういえば、結局なんでいるの?」
「なんでって、まぁ色々と理由はあるんだけどね……教えちゃうと面白くないから秘密。まぁでも安心してよ。悪いようにはしないからさ」
「その言葉からして不安なんだけど」
ニヤリと笑う霞美に、零音は一抹の不安を覚えるのだった。
零音「そういえば、どうやって入ったの? 鍵はかかってたはずなんだけど」
霞美「そこはほら、霞美ちゃんの不思議パワー、的な?」
零音「………」
霞美「ジト目は止めて!」
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次回投稿は12月10日21時を予定しています。