第94話 彼女は夢を見る
今回は少し短めです。
そろそろ第一章の終わりに向けてスパートをかけていければいいなぁ……と思います。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
その感情が芽生えたのは、小さな頃だった。
小学生の低学年の頃から少年の両親は共働きで、家を空けていることが多かった。そんな時、少年の遊び相手になってくれたのが近所にいたお兄さんだった。
そのお兄さんは優しい人で、歳離れていた少年のことを実の弟のように可愛がってくれた。
そんなお兄さんに、少年が懐くのに大して時間はかからなかった。
両親がいないという寂しさを埋めてくれる存在だったのだ。
「ずっとボクと一緒に遊んでね」
少年は無邪気な笑顔でそう言った。
彼は年齢差的にも、ずっと一緒にいるということができないのはわかっていた。少年はやがて成長し、友達を増やし、自身の手から離れていくのだろうとそう思っていた。また。彼自身にも友人や彼女がいて、その付き合いがあるのだから。
しかし、そんな事実をまだ小さい子供であった少年に告げることを彼は良しとはしなかった。その少年の事を可愛がっていたのは事実だったし、やがて自分の手を離れていくまで、そばにいてやることくらいはできると思ってもいた。
なにより、無邪気に笑う少年の笑顔を曇らせたくなかったのだ。
だから彼は少年に対してこう言った。
「あぁ、もちろんだ。ずっと一緒に遊ぼうな」
それは、少年のためについた一つの嘘。守られることのない約束。
そんなことを知らない少年は、彼からの答えを聞いて心の底から喜んでいた。
だからこそ彼は気付かなかったのだ、少年がこの言葉を、どれだけ本気で言っていたのかということを。
それからしばらくの間、少年は彼と遊び続けた。
たとえ小学校の同級生に遊びに誘われても断り、お兄さんと遊ぶことを選んだ。
最初のうちは喜んで少年の相手をしていた彼だったが、次第に別の考えが浮かぶようになっていた。
それは、自分のせいで少年には友達ができないのではないか、ということだ。
自分のせいで、自分が一緒にいるから、少年は友達を作らずにいるのではないか、と。
やがて彼は一つの決断をする。
少年を自分から引き離そうと。
その頃には少年の母親が仕事を辞め、彼が面倒をみる必要もなくなっていたのだ。
ある日のこと、彼は少年に告げた。
「もう俺の家に来ちゃいけない」
その頃、彼は大学への進学を控え、引っ越しの準備をしていた。どのみち少年と遊んであげられなくなるならば、早めに自分から離れていた方がいいだろうと、そう思ったのだ。
「俺ばっかりと遊ぶんじゃなくて、学校の友達と遊ばないとダメだよ」
少年のためを想って言った言葉。彼は少年の事が嫌いになったわけでも、遊ぶのが面倒になったわけでもない。純粋な善意。自分はいつか一緒にいられなくなるのがわかっていたから。
しかし、少年にとってその言葉は到底受け入れられるものではなかった。
ずっと一緒に居てくれると言ったのに、遊んでくれると言ったのに、様々な思いが少年の中を駆け巡り、うちのめした。
それから彼は、少年と遊ばなくなった。
少年が家にやって来ても、用事があるから、勉強があるからと理由をつけて断り続けた。
やがて彼は引っ越しの時期を迎え、遠い町へと行ってしまった。
少年の中に残ったのは、どうして、なんで、という思いだけ。
幼かった少年には、彼の思いなどわかるはずもなかった。
「……ボクが悪かったんだ」
最終的に少年がたどり着いた答え。
「ボクがもっといい子だったら、ボクがもっと賢かったら、ボクがもっと、もっと……」
彼が少年から離れていってしまったのは自分が足りなかったからだと。だから彼は少年のことを捨てたのだと。
そういう結論に達してしまった。
それから月日は過ぎて、少年は成長し、友人ができていった。
しかし、幼き日に刻み込まれた喪失、そして恐怖は少年の中にずっと残り続けていた。
それが、やがて悲劇につながることを、この時の少年はまだ知らなかった。
□■□■□■□■□■□■□■□■
「……っ!? はぁ、はぁ」
夜中、彼女は目を覚ます。
その背は先ほどまで見ていた悪夢のせいでぐっしょりと濡れていた。
「………嫌な夢」
小さく呟く彼女。
ひどく乾いた口を潤すため、彼女は飲み物を取りに向かう。
その途中、窓を叩く音に彼女はふと外を見る。
「……雨……か」
まるで彼女の心の中を表すかのように、厚く空を覆った雲から雨が落ち続けていた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク&コメントをしていただけると私の励みになります!
それではまた次回もよろしくお願いします!
次回投稿は12月9日21時を予定しています。