第91話 雪の日曜日
雫、零音ときたらもちろん雪の日曜日話もあるのです。まぁ、短いですけどね。
誤字脱字がありましたら教えてくれると嬉しいです。
「あー、暇だー」
ポツリと雪は呟く。
日曜日、日課の運動も、宿題も終わらせてしまった雪にはすることがなかった。
いつもなら遊びに誘ってくるクラスメイトや他のクラスの友達も、今日は誘ってこなかったのだ。その結果、雪は久しぶりに完全オフの一日を過ごすことになっていた。
「鈴も今日は出かけてるしなぁ……こういう時やれる趣味でも作るか?」
部屋で一人、完全にだらけきっている雪。部屋着を着て完全にくつろぎモードだ。こんあ姿を他のクラスメイトには見せられないだろう。
「誰か相手がいたならできることもあるけど……あ、そうだ、晴彦にでも電話してみるか」
思い立った雪は晴彦へと電話をかける。
しばらく着信音が鳴り響いた後、無機質なメッセージが流れる。
この時晴彦はちょうど雫の家でゲームをしていて、お互いに本気のバトルを繰り広げていたため、雪からの着信に気付くことができなかったのだ。
当然ながらそんな晴彦の状況など知る由もない雪。
「ありゃ、でねーか。まだ寝てるってことはさすがにねーよな」
ちらりと時間を確認してみればすでにお昼を過ぎている。
こんな時間まで寝ていることを零音が良しとしないことは雪にもわかっている。それでも晴彦が電話に出ないということは何か用事があるのかもしれないと諦める。
「晴彦もダメか。でも一日家でってのももったいないよな」
家でジッとしているのも嫌だった雪は再び運動着に着替えて少し遠出することに決める。
「よし、走ってくるか」
家を出て走り出す雪。
雪は元の世界にいた時からランニングが好きだった。
走っている間は何も気にならない。ただ己と向き合うだけでいい。
昨日より今日、今日より明日。勝負の相手は自分だけ。
そして疲れが見えてきた時にこそ、自分の真価が試される。この辛さに屈して足を止めてしまうのか。それとも乗り越えてさらに先へと進むのか。
この時感じる苦しさが、そしてそれに打ち勝った時の喜びが、雪は走っている中で感じられる醍醐味の一つだと思っていた。
これを雪が鈴に話した時には「雪ちゃんてドМなの?」と言われてしまったのだが。
鈴も走ることは走るのだが、あくまでそれは体型維持のためで、必要以上の距離は走ったりしない。雪のように先へ先へという走り方はしないのだ。
そうして走り続けてどれほど経った頃だろうか、雪は自分が見慣れない場所にいることに気付く。
「ふぅ……あれ、ここどこだ?」
持っていたスマホで位置情報を確認すると、それは雨咲市の隣の市までやって来てしまっていた。
思った以上に走るということに集中しすぎていたようだ。
「いつも走ってる道からずれちまってたのか。まぁいいや。これもランニングの醍醐味ってな」
またすぐに戻るのももったいないと思った雪はせっかくだからとブラブラと探索することにした。
「ん? なんかいい匂いする」
少し歩いた先で、不意に鼻をくすぐるいい匂い。その匂いに釣られるように近づいていくと、商店街が姿を現す。
「あー、匂いはこっからか。腹減るなぁ」
ちらりと自分の持っている物を確認する雪。ランニングするだけのつもりだった雪は、ほとんど荷物を持っていなかった。
「んー……あ、あった。ラッキー」
腰につけていたポーチの中にあった小銭入れを見つけた雪。中を確認すると、それなりのお金が入っていた。
「あ、そっか。だいぶ前に走り過ぎて疲れて帰れなくなった時に持たされたんだっけ」
それは雪がなんとなく、自分の限界が知りたいと思って走った時の事。文字通り限界まで出し切った雪はヘトヘトになりすぎて全く動けなくなったのだ。そしてその限界を雪は往復ではなく、片道に出し切ってしまったのだ。
自分の馬鹿さ加減に苦笑しながら親に連絡した雪はそれはもう怒られた。しこたま怒られた。そしてその時にお金を持たされたのだ。走れなくなっても、タクシーなり電車なりで帰ってこれるように、と。
それ以来、そこまで無茶な走り方をしなかった雪はそのお金の存在をすっかり忘れていたのだ。
「あれは馬鹿な出来事だったなー……やったのはオレだけど」
しかし、そのおかげで今こうしてお金が手元にあるなら良かったということにしようと雪は自分のことを無理やり納得させる。
キョロキョロと周りを見渡した雪は、人が集まっていたたこ焼き屋を見つけて、それを食べることにする。
「すいませーん。たこ焼き一つくださーい」
「あいよ! お、姉ちゃん美人さんだねぇ。おじさん気合い入れて作っちゃうよ!」
「アハハ、ありがとおじさん」
自分の容姿が優れていることなど百も承知の雪は、今さら容姿を褒められた程度で動揺などしない。むしろまたか、という思いでいっぱいだ。だいたいの男はそう言って雪に下卑た視線を向けてくるが、それをしないだけこのたこ焼き屋のおじさんはいい人なのだろうと雪は思う。
「今日は良い日だよホント」
「何かあったの?」
「大したことじゃないんだがな。お嬢ちゃんの前にそりゃもう綺麗な姉妹がおじさんのたこ焼きを買ってくれてよ。妹さんの方がそりゃもう美味しそうに食べてくれてな。それ見てた他の人が買ってく買ってく。おかげでおじさん忙しくて嬉しい悲鳴が出るってもんだ」
「へぇ、そんなことがあったんだ」
「あぁ。まぁあんまり似てない姉妹だったけどな。妹さんの方は髪が真っ白だったしよ。ありゃなんつーんだ? へルビノ? だったかな」
「おじさんそれアルビノじゃない?」
「おぉそれだそれだ。とにかく、それなんじゃねーかと思うんだけどよ。また見かけたらお礼にたこ焼き奢らなきゃな」
「ふーん。ちょっと見てみたいかも」
「ま、綺麗さってならお嬢ちゃんも全然負けてねーけどな。お嬢ちゃんみたいな綺麗な子が来てくれるだけで元気が出るってもんだ。あい、お待ち」
「お、ありがとおじさん!」
「話聞いてくれた礼だ、ちょっとだけおまけしてやるよ」
「え、いいの! おじさんいい人だね!」
「あたぼーよ。おじさんみたいなナイスガイはそうはいないぜ。それじゃ、また来てくれよな」
「うん。ありがとね!」
たこ焼き屋の店主に礼を言って雪はその場を離れる。
たこ焼きの匂いにさらにお腹を刺激された雪はその場で食べたい気持ちを必死に抑えて、どこかに落ち着ける場所はないかと探す。
「たしかあっちの方に広場があったよな……」
歩く足を速めたその時だった。
不意に視界の端に映る、白い髪。
「えっ」
思わず雪が振り返ると、白い髪の少女はすいすいと人混みを抜けて行っていた。
だが、あれほど目立つ容姿であるというのに、誰もその少女のことを見ない。まるで見えていないかのように。
なんとも言えない奇妙さを感じつつも、雪はその少女から目を離せない。
遠く離れていく少女、しかし、その姿が見えなくなる直前で不意に振り返る。
「っ!?」
目が合った、雪はそう感じだ。顔すらわかりにくいほど遠くにいるのに、周りに人が多くいるのに、他の誰でもない自分のことを見ていると。
それは一瞬のことで、ともすれば気のせいとすら思える出来事だ。
「白い髪の……少女」
雪はその時、なぜか晴彦の言っていた少女の白髪の少女のことを思い出したのだった。
その後。
雪「たこ焼き美味かったなぁ。よし、そんじゃ休憩してから帰るか。でもその前に……」
キョロキョロと周りを見る雪。たこ焼き以外にも美味しそうな匂いが漂っている。
雪「……あとちょっとだけ食べてもいいか」
その後、食べ過ぎて走れなくなった雪は結局電車で帰るのであった。
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次回投稿は12月5日21時を予定しています。