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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正さの境界線

作者: 上杉 鈴成

 早朝。まだ肌寒い森の中を少年は歩く。

 少年は薄汚くぼろぼろな服を身に纏い、黒茶に染まり、先端のみ銀色に輝く大きなスコップを引きずりながら、何かを探すように森の中を見渡している。

 少年の動きが止まり、視線が一箇所に集中する。何かを見つけたようだ。彼は早足で、その視線の先へと向かう。

 目標の場所に着いたであろう。少年は歩みを止めると、今度はスコップを両手で持つ。

 そして少年は穴を掘る。彼の手はタコができ、薄皮は剥がれ真っ赤になっているが、苦悶の表情は見えない。途中で木の根が顔を出しても、それを避けようともせずスコップでガツガツ削りながら掘り進める。

 このように少年は毎日穴を作り続けている。

 森に迷い込んだ旅人は謎に大量な縦穴を見ては疑問を抱き、また少年を見ては、そっとその場から離れていく。

 それでも少年はそんなことを気にせず、穴を掘り続ける。



縦穴が少年の半身ほどまで掘り進めたところで、少年はふと見上げる。彼の頭上が木々の葉で覆われて空が見えなかったのか、彼はスコップを手放し穴から這い上がると、上方を見続けながらふらふらと歩いて行く。

 日の差す所まで移動した後、彼は空をしばらく見つめる。

「遅れてるかな」

 そう声を漏らすと、少年は颯爽と森の中を駆けて行った。



 半刻ほど経ち、少年はベイランという町に着いた。

 建物の壁面は風化し、道に敷かれる煉瓦も欠け、水平ではなくなっている等々、きれいな町とは言えないが、住民は多く、活気にあふれている。

少年は人を避けながら建物の間を通り路地裏に出る。彼は小走りで細い道を駆け抜けていく。

 そして目的の場所に着いたのか、少年の足並みは小さくなる。

階段を上り、視線の先にある少しばかり装飾が施された扉を四回叩く。しばらくすると、扉の横にある小窓から、無精ひげを生やし、眠そうな目をした中年男性の顔が映りこんだ。彼は少年と目が合うと、窓を少しだけ開けた。

「今日はだいぶ遅いな、入っていいぞ」

 中年男はそれだけ言うと、窓を閉める。少年は速やかに扉を開け、中に入っていった。

 少年は扉の先のすぐ横にある受付の前で待つ。受付室に閉じ込められている中年男はバサバサと音をたてながら、小さな窓口に大きな麻袋を何枚も押しだしている。

 少年はそれを受け取ると、なにも言わず扉の取っ手に手をかけた。

「ちょっと待ちな、ノイ」

 少年が外に出る直前に、中年男が彼を呼び止めた。少年は何も言わず、扉を閉める。

 中年男はカウンターに手袋と拳大のパンを三つ置く。少年はそれを見つめたまま動かない。男は少年の方へとそれらを動かした。

「今日は手袋出すぞ。いい加減その手でやるのは止めろ」

 男は眉をひそめつつそう言った。

 少年はパンを一つだけ取ると、再び扉の取っ手に手をかける。しかし少年はすぐに出ず、ピタッと止まった。

「手袋はいつもいらないって」

 そう呟くと、少年は出て行ってしまった。男は少年がいなくなった玄関を見つめた後、ため息をつく。

「町長はなんであいつの世話なんてするんかね。わからん、まったくわからん」

男は愚痴をこぼした後、机の上にある本日の訪問者予定表に目を通し、加筆していく。



 少年はふらふらとした足並みで人混みの間をスルスルと抜けつつ、常に目線を下ろして歩いていく。そして彼は道に落ちているゴミを拾っては手に持っている袋に入れる。

この町の人々は彼を呼び止めず、彼の進路方向を邪魔しないよう気を付けながら、彼の道行く先にゴミをそっと置いていく。そして少年はそれを拾う。

少年は町を何周もしてゴミを拾っている。住民たちもそれを知って彼にゴミを渡していた。

 いつものように町を練り歩く少年だが、彼の目の前で人が立ち止まっていることに気づき、歩みを止める。少年はしばらく立ち止まるが、その人は動かなかった。彼はその人を避けようと動くと、同じ方向にその人も動く。少年は顔を上げると、彼より二、三ほど年上の少女が立っていた。

彼女は少年と目が合うと、笑顔になる。

「やっとこっち見てくれた。はいこれ」

 少女は両手に持った空き瓶を少年に差し出す。少年は無言で瓶を受けとり袋に入れた。少年は彼女を避けようとすると、少女は彼を制止させた。

「はい止まって。そこから動かないでね」

 少女はそう言うと、少年から離れていく。そしてまた便を拾うと戻ってきた。

「はいこれ」

 今度は受け取らず、少しの間をおいて少年が問いかける。

「最近、来た人?」

「あ、そうよ。一昨日、カディアからこっちに引っ越してきたの」

「……カディアから、なんでここに?」

「それはね――」

「フィアネちゃん!」

 突然横から来た声に二人は反応し、声の主を確認する。見ると、女性がひどく慌てながら小走りで近づいてきている。。

「フィアネちゃん! どうしたの⁉」

「こんにちは、カローさん。どうしたもなにも、私はこの子のお手伝いをしようって思って」

「……ノイ?」

 女性は少し強張った表情で少年をゆっくりと覗く。少女は彼女の反応がよくわからない。

 少しの間が空いて、た後少女を一瞥した。

「別に大丈夫だよ。カロー」

 少年のそっけない返答に、女性はほっと息づく。一方少女は、もしかしたら何かしでかしてしまっていたのかもしれない、と一人焦っていた。

「もしかして、手伝っちゃダメだった?」

「そういうわけじゃ、ないけど」

 またもやそっけない返答だが、少女が安心するには十分であり、すぐに笑顔に戻る。

「良かった! ノイ君っていうのね。私はフィアネ。フィアネ・マルネール」

「マルネール……? カゾの家族?」

「あれ、なんでお父さんの名前を――」

「フィアネちゃん」

 またもや、女性によって少女の言葉が遮られた。少女は機嫌を悪くし、彼女を見る。女性は困ったという感じで少女を見ていた。

「フィアネちゃん。ノイの邪魔になるから、そろそろね」

「うーん」

 少女はそう言って少年を見た。彼は相変わらず表情無く、二人の会話を聞いている。

「私、邪魔だったかな?」

「……邪魔とかじゃないけど」

「けど?」

「続きは、したいかな」

 少年からそう聞いて、少女は残念そうに首を横に振った。

「わかったわ。がんばってね、ノイ君」

 少年はしばらく少女を見つめた後、再び町をふらふらと歩いていった。少女はその背中を見つめる。彼が少し遠くに行った頃に、少女は女性に問いかけた。

「カローさん。私、昨日彼を初めて見たわ。一人でずっとゴミを拾っていて……。ノイ君の手伝っちゃいけない理由とかあるの?」

「フィアネちゃん」

 女性は険しい目で少女を見つめる。

「ノイとは関わっちゃ駄目よ」

「……何で?」

「……とにかく、ダメよ。私はあなたの親じゃないけどこれだけはきつく言わせてね」

 女性は大きく息を吐く。

「悪く思わないでね」

そう言い残して女性はその場を去ってしまった。


 少年が町を回っている途中、前の方から妙に若い声が聞こえるのに気づく。前を向き、目に映る光景を眺めた。

少年の見る先には青年が二人、ベンチに座って瓶を持ちながら笑い転げていた。

しばらく少年は彼らを見た後、辺りを見渡す。そして近くにある精肉店へと向かった。

「トドゥ。久しぶり」

 店員は忙しく作業をしていたが、少年の声を聞くと素早く、そして明るく接してきた。

「ようノイ。マキラ食べるかい?」

「大丈夫、それより聞きたいんだけど」

「なんだいなんだい」

「あれ」

 少年は騒ぐ青年達を見つめた。明るく振る舞っていた店員は少年と共にその光景を見ると、「ああ、彼らね」と言い、急に表情が陰りだす。

「カゾさんの工場で働いているんだよ。最近夜でも工場動かしているみたいで、彼らは夜働く子たちだよ」

 夜遅くまで大変だ、そう店員は続けた。

「夜遅くまで……。工場、うるさくない?」

 店員の表情は固まってしまい目だけで少年の表情を窺う。青年達を見ている少年は明らかに不機嫌であることが店員には分かった。

「い、いや。もう大丈夫さ」

 店員は声の調子をいつものように戻す。

「確かに最初はみんな不満があったし、カゾさんにも言ったさ。でもカゾさんはちゃんと誠意をもって対応してくれたよ。みんな納得したし、もう慣れたさ」

「そう」

 店員は乾いた笑い声を出していたが、少年の一言で調子よく話していた店員は黙り込んでしまう。

「でも、あれは、だめだよね」

 そう言うと、少年は彼らへと向かって行った。店員はただ少年の背中を見つめる。

「こりゃ、行かなきゃだめだな」

 そうつぶやき、店員は颯爽と店の奥へと入っていった。



 カーンとベイルは楽しく真昼間からお酒を飲み、会話する。人通りの少ないこの通りではその騒々しさが響きわたり、寝ている人がいればすぐに怒鳴られるほどだが、今日はそのような人は近くにはいないようだ。

 カーンは酒を飲もうと瓶を傾ける。数秒経って、お酒がないことに気が付いた。

「なんだよ。もうないのか」

 カーンはそう言って瓶を放り投げた。ベイルは少し顔を引きつらせながら、空中に舞う瓶を眺める。

 地面が瓶を鳴らす音が聞こえる――はずなのが、その音は聞こえない。二人は不思議に思った。

 瓶をよく見ると、空中で浮いている。視野を広げると、誰かがその瓶を持っている。さらによく見てみると、少年が怖い顔をして瓶を持っていた。

「ナイスキャッチ!」

 カーンは少年を褒めるが、少年は無表情である。

「あ、ありがとね」

 少年がなんとなく不機嫌であることを察したベイルは一応お礼を言う。少年は男二人を見ながら、瓶を袋の中へと勢いよく放り入れた。中で瓶の割れる音が聞こえる。そして少年は二人に近づいていき、ベイルの目の前で止まった。

「それ、もう入ってないんじゃない」

 少年はベイルの持つ瓶を見つめる。ベイルは瓶を持ち上げ、中身を確認すると少しだけ入っていた。くいっと残りを飲み干すと、少し引きつった笑顔をしながら少年に瓶を差し出した。

「ありがとね」

 少年は何も言わず瓶を受け取る。袋に投げ入れられた瓶はまたもや快音を響かせる。

「坊主、いつもゴミ拾いしてんのか?」

 カーンは元気よく少年に話しかける。少年は薄目でカーンを一瞥すると、身を翻した。

「おいおい、無視かよ」

 少年の態度に不機嫌になったカーンは吠える。歩き出そうとした少年は動きを止め、首だけ回してカーンを睨み付けた。

「お前とは、喋りたくない」

「あ?」

 カーンは地面を強く踏みつけながら立ち上がる。ベイルはそれにひどく慌てて、彼らの間に入った。

「カーン。子供相手にムキにならなくても」

「こいつの躾をするだけだっての」

「そんなに怒るなって」

勢い良く立ち上がったもののフラフラなカーンをベイルは支えつつ少年を見る。少年はいまだカーンを睨み付けたまま動かない。

「ごめんね、なんとかするから」

 ベイルが苦々しく笑う。少年はベイルとカーンをそれぞれ一見してから、その場を足早に離れていった。



「ベイル、なんで止めたんだよ」

「さっきから散々言ってるだろ」

 ベイルは何度も同じ話をして辟易する。二人は二人が住む寮へと向かって歩いていた。

「たしかに子供相手に、てのは少し反省するけどよ。あの反応は癪に障るぜ」

「まぁ、そうだけどさ」

 ベイルは言葉を続けず、何か考え込んだ。少し落ち着いたのかカーンはすぐに聞くことはなく、彼の言葉を待つ。

「あの子供、なんか変じゃなかった?」

「は? 変だったから俺が物事を教えてやろうとしたんだろ」

 期待はずれな返答に加え、またあの少年のことを思い出したカーンはまた憤慨する。そうしてまた言い合いをしているうちに、彼らの寮が見えてきていた。

「そういう変じゃなくて、雰囲気がさ」

「雰囲気?」

「そう。不気味ってよりかはやばいって感じの」

「そうか? 俺にはそういう風にはー」

 カーンが言葉を伸ばす。ベイルは彼を見てみると、やたら真剣な表情で寮の方を見ている。ベイルは彼が見ているものを探そうとして、すぐに見つけた。

 二人は急にシャキッとして、普段からお世話になっている人へ向かっていく。




 夕刻。

日がほとんど沈みかけていることに気づいた少年は、そろそろ戻らなければ、と思いふらつきながらも少し早く歩く。その途中に、今日見かけた人物を彼は視界の端で捕らえた。お昼頃に出会った少女である。

少年は別に気にするわけでもなく歩き続けたが、またもや本日見かけた人が視界に入る。彼女より後に見た、あの騒いでいた青年である。少年目線は青年をしっかりと見つめる。

青年はお昼の時より明らかに泥酔し、そしてあの少女を追いかけている様子であった。

少年は立ち止まり、まっすぐ彼らがいる方へと向かっていった。



「お嬢さん」

 少女は声のした方へと振り向く。そこにいたのは、頬を赤らめ、目の据わった青年がこちらに向かってきている。彼の足取りはとても怪しく、嫌な予感がした少女は一歩後退する。

「はい」

 少女がなんとか返答すると、青年はにかっと笑う。

「お嬢さん、こんな夕方まで歩いてどうしたの?」

「今は家路を歩んでいます」

「そっかー。でも、もうすぐに真っ暗になる」

 青年は天を仰ぎ見る。少女はまた一歩後退する。

「お兄さんが送ってあげようか?」

「い、いえ。大丈夫です」

「んー、そっか。でも、本当に危ないよ? ここは本当にいい町だけど、夜は決してそうとは言えない。警備の人が働いてないからねぇ」

 青年は怪しく笑い、彼女へと正確な一歩を踏み出す。

「あの、本当に大丈夫なので」

 青年は喋らず、歩を進める。少女が身を翻し、走り出そうとした時、また別の声で呼び止められた。

「カーン!」

 大きな怒声で二人の動きが止まる。青年は小さな舌打ちをして、不機嫌そうに振り向くと、また違う青年が彼らの元へと走って来ていた。

「カーン! なにやってんだ!」

「なにもしてない、俺は今彼女の心配をしているんだ」

「なに言ってんだ……。 ここで何かしでかしたらカゾさんに何て言われるか!」

 新しく来た青年の剣幕に押されながらも、彼女は振り絞って彼に質問する。

「あの、お父さんのお知合いですか?」

 青年二人の表情が急に青ざめ、彼女の方へとゆっくりと向く。

「「今なんて」」

「フィアネ」

 また新しい声が聞こえる。声が聞こえた方へ向くと、三人とも「あっ」と心の中でつぶやく。お昼頃会った少年がそこにいる。

 しかし少年は、三人がお昼見たような独特な雰囲気を纏わず、明らかに怒っているようだった。

 カッと見開いた少年の目は少女を見つめている。少女は先ほどの青年よりもひどい恐怖を覚えた。

「大丈夫?」

 少年が昼と同じ声の調子で少女へと声をかける。少女はゆっくりとうなずくことしかできなかった。

「そっか」

 そう言うと、今度は青年たちへと黒目を動かす。諌めていた青年は相方の服をぐっと引っ張った。

「さ、さっきの子か。こんな時間まで頑張っているんだね」

 青年は少年の持っていた袋を一瞥してから、少し声を震わせそう言った。少年はただ黙って彼らを見つめている。

「行こう」

 青年は酔っ払った相方を引っ張ってどこかに行ってしまう。酔っ払った青年は何か小さく言い続けながら、少年をにらみ続けていた。残された二人はその光景を眺める。

「あの、ありがとう」

 少女は恐々と少年へと話しかける。彼は振り向くと、彼女は少し安堵した。彼の表情はいつものように戻っていた。

「この時間、危ないからね」

 少年はまっすぐ少女を見つめる。

「わかった。ノイ君も気をつけてね」

 心拍が上がったままだが、少女は笑顔でそう言った。少年はまた黙ってその場を立ち去る。

 少女は違和感に気づく。少年の足取りが、ちょっと前に見たふらふらとした歩き方ではなく、なにかしっかりと歩いていることに。



「ただいまです」

少女が家に帰ってくると、玄関近くで彼女の父が忙しくしていた。

「お父さん?」

 少女が声をかけると、ようやく彼女に気づいた彼は朗らかに笑い、そしてすぐ険しい顔になる。

「お帰りフィア……。遅いじゃないか」

「ごめんなさい。町を見て歩くのが楽しくて」

 少女は小さな箒で靴裏を払うと、奥へと進む。彼女の父は入れ違いに玄関へと向かってきた。

「あ、お父さん」

「ん。なんだい」

「ノイ君って知ってる?」

 帽子を被りかけていた彼は、目を見開いてピタッと止まった。

「……ノイ君がどうしたんだい?」

「今日会ったの」

 少女は今日会った出来事はあえて言わなかった。

「なにもなかったかい?」

「……ええ、なにもなかったわ」

 ――助けてもらった――そう言いたがったが、昼にカローが言っていたことを思い出し、その言葉は飲み込んだ。

「あんまり、あの子のことは話しちゃだめ?」

 彼は何か考えた後、深いため息をする。

「ま、いつか、知ることになる」

「何を?」

「知らないほうが幸せだ」

「いつか知ることになるんでしょう? 今、知りたいです」

「フィア」

 彼は少女に近づき、やさしく頭をなでる。

「たぶん君は大丈夫だ。でももし彼に〝見られたら〟、その時は父さんがしっかり守るから」

「……?」

 少女は彼が何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 彼は「じゃ」と短く言うとどこかに出かけていった。



 深夜、とても大きい金属音に青年の目が覚める。確認をしたかったが今日は飲み過ぎたせいで体までは動かない。

 お昼頃、寮に着いた青年は働き先の工場長から、「明日は機械の検査があるから、夜は動かさない」と言われ、仕事が休みになった。夜勤の人達で夕方から飲み続け、酔っぱらった友達を彼の部屋に放り込んだ後すやすやと寝ていた。

 しかし先ほどの音で青年は起きてしまった。ひどく動揺しているが、とりあえず聞き耳を立てることにした。

 金属音の後、誰かが居間を徘徊している気がする。恐らく、玄関が破られたのだろう、そう思い起きようとするが、いまだ酔いのせいでうまく動けない。続けて音を拾い続けることにする。

 しばらく続いた何かの音が何か、酔った頭を必死に回転させる。少しすり足な音、重い物を引きずる音、そして金属のような物を引きずっている音だということが分かった。

 しばらく居間を回っている音は、青年のいる寝室へと向かって来ている。青年の額に汗が出てくる。

 キィ

 そして寝室の扉が開く。月の明かりがかからず、青年はまだそこに誰がいるのか分からない。

 誰かが青年の部屋に入り、その姿が月光に照らされる。青年は「あっ」と声をだし、体が一気に熱くなり、そして冷えた。

 青年の目に映ったのは、あの少年だった。目を見開き、肌や服には赤茶色く染まっている部分があった。

 少年と青年の目が合う。すると少年は青年のベッドへと向かってきた。彼の手には大きなスコップが握られている。

 青年は動けなかった。実際酔いはすっかり醒め、今すぐに動きたかったが、なぜか半分あきらめていた。少年の動向だけを目で追う。

 少年は青年のベッドに乗り上げ、青年を見つめた。青年の呼吸が荒くなり、顔は青ざめている。

 少年はスコップ取っ手を持ち、そして一瞬の速さでそれは振り降ろす。スコップの先は布団にめり込み、その下――青年の右足の脛に突き刺さる。

 その痛みは青年の声へと変換される。手で毛布を鷲掴む。

「あんたらは捨てる」

 青年は少年がそう言っている気がした。痛みでそれどころではないのである。歯を食いしばり、少年を凝視する。

「でもあんたは少し違う、あのゴミたちとはちょっと違う」

 もう一度スコップを押し込む。青年の声がまた大きくなるが、気にせず少年は大きな麻袋を部屋に引きずりいれそれを踏みにじる。

「そのキズを一人で抱えるのは大変だよね。わかる」

 少年は胸に手を当てる。そして麻袋に目をやりながらこう言った。

「あんたに質問する。こうなりたい?」

 涙で視界が歪んでいるが、少年が何を引き入れたのか、一瞬で理解できた。痛みとは別の涙が青年の頬を流れる。

「どうする?」

 少年は立て続けに問いただす。青年は声を振り絞った。

「ご、ごめんなさい」

 それから少年と青年はしばらく見つめあう。少年の返答を待つ青年の意識はほぼ飛びかけている。

 急に少年の顔が笑顔になる。まるで作られたような、不気味で満面の笑みだ。

「大丈夫だったね」

 そう言うと、少年は青年に顔を近づけ、ケラケラと笑うとスコップを乱暴に引っこ抜いた。そして、麻袋とスコップを引きずり部屋を出て行った。

 もう、青年には何が何だか全くわからない。意識が途切れそうになる瞬間、また頭が冴えるような光景が飛び込んでくる。今日飲んだ酒場の店主、寮の大家さん、町の医者、ご近所さん、働き先の社長、そして町長が部屋になだれ込んできた。

 彼ら全員が「大丈夫か!」と言いながら青年を取り囲み、

傷の手当てを始めた。そして口々に「助かって良かった」「良かった」と喜んでいるようである。

 混乱してついに疲れてしまった青年の意識はプツンと切れた。



 


朝。

「埋めたくはないんだよな」

 少年は穴を埋めながらつぶやく。

 そうして地面と同じくらいの高さに均した後、空を見上げる。

「もう、時間か」

 そうしてスコップを突き刺して、町に向かう。

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