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瑞花に沈む  作者: 百瀬ゆかり
9/10

8 古い繋がり

招かれた場所は大きな広間だった。

周りには人と差ほど変わらない姿の者もいればそれこそ想像の域と思う容姿を持った者もいた。人生は小説より奇なりとはよく言ったもんだ。


右手に繋がれた小さな手が小刻みに震えている。それを誤魔化すかのように僕の指先は圧迫感を覚えるが大丈夫だ、とその手を優しく包むとさっきよりかは若干弱いが握り返してきた。


一緒に並んだ時に、白雪と同じように顔に布を覆った人物が声を発すると空間に重力がかかっていると錯覚したくなるくらいに空気が重くなる。


「これより、白雪の神格化の儀式を執り行う」


横目から見えた彼女の白い睫毛から見える緋色の虹彩が不安げに揺れたことがとても気掛かりだった。2人を囲うように彼等は均等感覚に座って膝に掌を乗せて、歌い始めた。


僕の聞き慣れない音で人々は歌っている。

言語も今まで聞いたことある外国語にも当てはまらない。なれないものほど怖いという感情も湧き上がってくる。


「……八重菊様」


ぼそりと隣から小さな声。

横目で見てみるとさっきよりも不安な色を宿した緋色がこちらを向いていた。


「大丈夫、僕がいるから」


そうとしか言えなかった。

こっちのしきたりも、暗黙の了解も何一つわからない。だからこの儀式の主役である彼女のメンタルケアがとても大事だと思ったから口に出したわけで、とんだ偽善だ。



「えぇ……どうか」






未来永劫────傍にいてください。






小さな唇がそう動いたのを見逃さなかった。

緊張が張り詰める中で彼女はどうしてそう言ったのかその真意をはかるのに必要な判断材料が少ないと感じると歯痒い気持ちでいっぱいになった。



歌がしばらく続いてから、体に違和感が生じてきた。


鋏を入れた革袋が熱い。鋏自体が発熱しているかわからないがそれに鼓舞するかのように右腕にも震えが現れて、体は少しばかり熱をはらんできたんじゃないかと思えてきた。


「さぁ、人の子。仮の名を八重菊よ。

白雪に絡まる唯一の悪縁をその託された鋏で断ち切れ」


唯一の悪縁?彼女の中に、あるのか。

彼女に向き合う形に体を整えると姿勢を崩さなかった白雪がこちらに倒れこんで腕の中にその小さな身体が納まる。




「断ち切れ、人の子よ」



「断ち切れ、今こそ解き放たれる時」



「断ち切れ、断ち切れ」



「断ち切れ、精霊が神の末席に座る瞬間を」



「断ち切れ、絡まるは些細な出来事でも」



「断ち切れ、全てを始めよう────」



断ち切れ、と言われる度に意識が遠のいていく。

見えない階段を降りている。

意識だけが、落ちていく感覚が襲う。

眠気に近いもの。肩にかかるぬくもりに身を任せるように瞳を静かに閉じた。




とおーりゃんせ、とおーりゃんせ


こーこは、どーこのほそみちじゃ


てんじんさまの、ほそみちじゃ


こーこを、とおーしてくりゃしゃんせ


ごようのないもの、とおしゃせぬ


このこの七つのおいわいに


おふだをおさめにまいります


いきはよいよい、かえりはこわい


こわいながらも、


とおーりゃんせ、とおーりゃんせ…………






シャンッという重厚感のある鈴の音。

そこには、自分の目を疑う光景が広がっていた。




雪に塗りつぶされた丘にある神社。

本殿に行く道のりにも帰りの道のりにも数多の鳥居が一本一本が自己主張をするように連なり存在を大きく見せていた。全体がわかるということは自分は宙を浮いているということだ。



白雪はどこだ。

彼女に絡まる唯一の悪縁とはなんなんだ。




宙を滑るように。

意識を神社の方へ向ければ────浮いている意識体である自分の体は本殿の方へ瞬間的に移動できたことに驚きと感動という二つの感情を噛み締めることになった。




『なんだこいつ、白いぞ!』



声のした方へ走ってみれば、ガキ大将らしきやつも含めて五人くらいのガキ集団が真っ白な少女を大樹の根元に追い詰めていた。


『うわぁ、こいつ目が赤いぞ!』


『ここらでは見ない色だな。まさか外の国から来たやつじゃないのか?』


『まるでゆきうさぎみてぇだな、こいつ。

血も赤いのか?化物みたいな姿しているから気になるな』


人のようで人には思えぬ容姿。

白くも艶のある長い髪、身に付ける質の良さを際建てている着物も肌も雪のように白く、唯一はめられている双眸だけは不気味にも美しくも紅く煌めいていた。


そこに彼女を庇うかのように一人の少年が少女を背に隠すかのように現れる。



『やめろ。怯えているだろ』


『またお前か。なんで俺達の邪魔立てをするんだ』


黒に近い緑の瞳。黒い癖のある髪。

太陽の下で動き回ることが多いせいか若干小麦色に変わっている肌。寒さから身を守るように赤いマフラーを巻いているが外気に触れている頬は赤い。



『邪魔立てするなら────覚悟しろよ』



一瞬、眩暈に似た痛みが頭を襲う。

それがおさまった時には喧嘩の場面は終わり白い少女を庇った少年は顔が青痣と唇の端から血の筋を流していた。


『なぜ、私を庇ったの』


少女はお礼の言葉を言う前に率直な疑問を少年に投げかけていた。


『簡単なことだよ、君が女の子だからだ』


訳が分からない、といった表情を浮かべてから掴み取れた新雪を少年の口元に叩きつけてから白い手ぬぐいで汚れを拭う。


『いたい!痣ができているんだからちょっとした刺激でもいたいんだってば!!』


『もう治したよ。私のために怪我してくれたのでしょう?あなたって馬鹿な人間ね』


手ぬぐいを着物の中にしまいながら少女はため息をつく。痛みが消えたことに驚きつつも頬付近をぺちぺちと叩いている謎の光景が生じていた。


『でも怪我をしたのが僕でよかった。女の子は守るべき大切な存在だからね。良かったら君の名前を聞きたいな』


少年は無邪気に笑う。


『私────名前を言っちゃいけないの。

上の人に言ってはならないときつく言いつけられているの』


『そっか、でも君はまるで雪みたいだね。

僕の名前は────だよ。良かったら覚えておいて』


名前の部分はノイズが走って聞き取れない。少年は首元が寂しい少女に赤いマフラーを巻きながら名前を告げている。


『────?良い名前ね。でも私があなたの名前を知っちゃったからあなたはもう逃げられないけれどいいの?』




少女の胸から赤と黒の色が複雑に絡まった糸が現れ始めた。赤は一本だけど黒は数え切れないくらいにいっぱい、でもその赤は数え切れない本数の海に飲み込まれて一気に断ち切ろうと思うなら全部切り落としてしまいそうだ。


一本、一本。慎重に。

手を伸ばしたら細くも強い糸の存在感を指先に感じる。最後の、仕事。全神経を指先に集中させて右手に剪定鋏を右手の指を定位置にはめこんだ。




黒い糸の一本、一本に気を張っていても二人の会話は続いていく。


『逃げるって何だよ、僕は逃げも隠れもしないぞ』


意味がわからない、と少年が意思表示すると少女はクククっと喉で笑う。


『遠まわしに言ったじゃない、私は人間じゃないって。人間よりも何十倍も生きるしそりゃあ怪しい力だって使えるのよ』


少年は考えることをやめたのか、少女の容姿を観察する方へ意識を向けている。少女は見ても何にもならないけど眼福になるのならどうぞお好きに、とおすまし顔に切り替えて大樹の幹を見上げていた。


『君の名前が僕とか、人間に知られるとまずいってどういう事なの』


少年が声を荒らげて質問を投げると少女は淡々と説明し始める。


『妖には通称がある。人間でいう屋号や異名に近いものよ。これは呼ばれてもいいのだけど問題じゃないのだけど真名を安易に名乗ってはいけないのはそこに絶対的服従関係を結んでしまうからなのよ』


結んでしまえば後の祭り。

それが傍若無人の嫌な者に名を知られたらどんなに反抗心を抱いても体は言う事を利かなくなってしまう。だから安易に名乗れないの、誰が能力を求めるかわからないから。と切なそうに。


切り落とした糸の本数は、人の髪一房くらいまで減らせた。赤い糸は何を示すかわからないが儀式に参加した者達の願いはこの赤い糸を示していると思えたからだ。




この赤い糸だけでもなんとか死守したい。



最後の一踏ん張りだと行き込んだ途端に空間が歪み始めたことに気づく。ということはタイムアウト────時間制限のある空間だったことに遅ながらも気付かされるハメとなる。


手元は霞んで鋏の刃先すら黒いモヤに包まれ始めて赤い糸だけは発光してどうやって切らないようにすればいいのか予想外の出来事に頭はパニックに侵食されてわからなくなってきた。






『思い出して────』




少女の声が頭の中を反響する。





『あなたなら、わかるはずよ────』




目の奥で弾ける火花でチカチカする。

何を思い出すっていうんだ。





『私の、真名────最後に伝えたはずよ────』












赤い糸が閃光を放った瞬間に、鋏がジャキンッと激しく音を奏でた時────意識はどこかへ弾き飛ばされた。



「おぉ、目を覚ました」


この声が聞こえるということは、どうやらこっちへ戻ってきたようだ。腕の中にいる物がもぞもぞと動いている感覚を感じるとソレが離れていくのを感じた。


「悪き縁は全て取り除かれた。さぁ。

私達のいる、神の末席においで────白雪」


部屋の中なのに頬には冷たい感触。

瞑っていた視界を開くと目の前には雪の舞う空間に白雪が立ち、周りには今まで対話のしたことのある分霊が集い紅白の花びらをふわふわと浮かばせていた。





「さぁ、とくと見るがいい青年よ。

君の“伴侶”が、まさに神になるその瞬間をその眼に焼き付けるといい────」








そう言われるがままに見つめてしまった。

目を奪われたのも束の間。異質に生まれ変わる時は今まで取ってきた姿も残像のようにチラチラと浮いては消えて、幼げな姿がその目に映った時に意識が弾かれるその前に聞いた声が示した。意味の全てを悟るしか他になかった。





「あぁ、彼女が────」

















遠くに霞んでいたあの記憶に残る白き少女だったなんて────検討もつかなかったよ。





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