9 花に絡め取られた鋏
ラストスパートですよ!
少し甘々……かもしれません!!
幾分か身長が伸びた。体つきも女性寄りの肉付きに変わりそれは造形的に美しくも妖艶な雰囲気を纏いつつあった。
白金のような艶のある美しい髪。
露出した肌には少しばかり赤みが差し、目元と小さな唇に縁どられた化粧は赤く開かれた眼は生命力溢れる紅がそこにあった。
「あなたの願いはもう叶ったでしょう?
それならば、今夜にでもお返事を聞かせて頂けると嬉しいです────」
ゆるく結ばれた一房の髪には愛らしい桃色の椿が凛として咲き誇っていた。
***
初めて入った白雪の部屋。
そこはほのかに椿の香りが漂っている。
「さぁ、八重菊様。あなたのお返事をくださいませんか」
ふわりと正座した彼女の姿はまるで白無垢を身にまとった花嫁のように美しい。
喉がゴクリ、と鳴る。
ここまで美しいものには出会えないだろうという畏怖の気持ちと触れてはいけないものを目の前にする緊張感が生まれていた。
「あなたの名前を思い出しました」
「では、教えていただけますか?
何せこちらへ帰った時にチハヤ様にその時の記憶を封じられてしまって思い出せないのです────」
まるで焦らすような仕草を見せてくる。
「あなたは、椿の精霊だった。
2つの名前。それが椿、 もう一つが瑞花ではありませんか?」
彼女の手を取ると、首元にチリチリと焼けるかのような痛みが走り出す。何か触れてはいけないものを口に出してしまったのだろうか。
「ふふふ。ほぼ正解です」
ほぼ、正解?
痛みに耐えながら彼女の方を見上げていると握っていない左手が首に触れてくる。
「言い損ねましたね──その異名以外にもつけられた仮名をその者がえらく気に入った場合は、その生物の精神世界に溶け込み真名と同じ効力を得ることが出来るのです」
チリチリとした痛みは消えていく。
彼女がまた、シャツに手をかけたかと思ったその時────シャツのボタンが無残にも弾け飛び上半身が暴かれる。
「!?」
「姿見をご覧ください、あそこには何が映っていますか」
首の付け根から腰にかけて何やら黒い紋様が現れている。見た感じこれは────植物、なのだろうか。
「高位の妖になれた証拠です。さぁ、あなたの口から聞かせてください。この私をどうしたいのかを」
姿見越しから見る彼女の顔はひどく妖艶で。
さっきまで傍にいた少女とは比べ物にならない別種の美しさを放ち、心を焦がす。
嗚呼、言わされることになるなんてかっこ悪いんだろう。
「────僕は、瑞花と番になりたい」
そう呟くと、くすりと笑う声が聞こえた。
嗚呼。本当に格好悪い。
そんなことを考えていると首には細い腕が絡まってきた。あたたかいぬくもり。これがあれば怖くない。
「えぇ。なりましょう、八重菊様」
白くも柔らかい頬に優しく口づけをすると恥ずかしさを通り過ぎでふにゃりと蕩けた表情を浮かべる彼女がそこにいた。
***
妖も人間もお祭り騒ぎをするのは好きな部類らしく飲めや歌えやの数日間にも渡って続いた宴がようやく終えると、次は結納を祝う宴に変わった。
宴を終えて月が真上を少し越えた頃、僕と瑞花が夫婦になって初めての夜になった。
……どんちゃん騒ぎで潰れてしまう神や精霊たちを高砂から眺めていると姿形が違うだけで人とそう変わらないのではないだろうかという答えを導きつつあった。
「八重菊様」
胸に額を寄せるのは妻となった美しき神。
キラキラと煌めく白金の長い髪を手を櫛のようにするとふわりと椿の香油と共に心地よい滑らかさを味わえる。
「お疲れ様。神になられたばかりなのに上からの扱いがまだ可愛らしい孫を愛でるかのようにも思えてなんだか面白かったです」
白以外の色、濃い藍色の浴衣を着た彼女は普段漂う清らかさの雰囲気より控えめな色香を立てているように思えた。
「……ふふふ」
熱視線で私を見つめないで、と懇願する声がしたがそんなことは気にしない。ゆるく腰を抱くと甘くも切ない吐息が耳を掠める。
「やだ……恥ずかしい、です」
普段の装いでは露出の少ない彼女の白い肌。
その白いうなじに口を寄せて、啄むように首筋に吸い付いてみると肌のきめ細やかさを直に感じて離れ難いという欲求が生まれ始めていた。
「……ぁっ。八重菊、様……」
とろんと蕩けた瞳を向けられている。
首筋には赤い花、恥ずかしがり屋の彼女は日が登っているうちは何が何でも隠そうとするだろうから明日は下ろした髪型で過ごすことになるだろう。
「もう、明日は髪を結い上げようと思っていたのに」
頬を膨らませる行動がとても愛らしい。
ここまで可愛らしい妻をもらうことはなかなか無いだろう。自分が人外になってしまっても終わりよければ全て良し、そう思ってしまえばとても心穏やかな気持ちで胸がいっぱいになってきた。
「僕は下ろしている髪型が好きなんだ。
じゃなきゃ────根元から手櫛が出来なくて寂しいからね」
心からの偽りのない本音。
そう言ってから、彼女は顔全体を真っ赤に染め上げたと思った矢先に僕の体は後ろへ強く突き飛ばされた。
「この時をずっと────待ち望んでいました。
どうか可愛がってくださいませ、“旦那様”」
初めて触れた妻の唇は
どこか、ほのかにあまい味がした。
了
ありがとうございました。
あとがきは同日、活動報告の方で公開します。




