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瑞花に沈む  作者: 百瀬ゆかり
1/10

0 白との出逢い

初めての方は初めまして。

お見知り合いの方にはこんばんは。

百瀬ゆかりです。


今日に至るまで春、夏、秋と物語を書いてきました、今回は冬。一区切りとしてこれが季節と花をテーマにした最後の物語となります。


楽しんで読んで下さったら幸いです。

白に塗りつぶされた視界の端に緑と紅と空から落ちてくる白が混じる。口からこぼれる息は白い。ソレは微々な風に攫われてすぐに灰色の空へ昇って消えていく。


……山に入ってからどれくらいの時間が経過したのだろう。かなり着込んでいるはずなのに身体は寒さに震え、顎が痙攣して上下の歯がガチガチと顎関節を痛みつける。


地面に積もる白を踏みしめている足は油が足りない機械のように関節が軋み満足に動かなくなってきている。体全体が、寒さと運動不足の祟る肉体の筋肉が悲鳴をあげていた。


怪我を理由に都会を離れることになるとは思いもしなかった。当たり前だと思っていた居場所はあっさり奪われ、空いた席には似たりよったりの人間が代わりがそこに入るだけ。特殊な世界も一般的な社会もどう足掻いても僕は歯車の一つでしかなかったのだ。



そこを離れてから気づくとはまだまだ僕は未熟な人間というのだろうな。



視界の端に写るのが白から紅の面積が広くなってきた時に、チリリンと近くでなにか────それはまるで鈴が落ちたかのような音がした。


僕は音のなるものは持っていないから誰かが“其処”にいるのだろうか。


先を進もうと足を踏み出した時、何かを踏んだ。それは丸くてクルミのような大きさ。足を退かして拾ってみればそれは緋色の紐に繋がれた黄金色の鈴だった。


落ちた音の正体は、これか。

そうなれば何処から落ちてきたというのだろう……まさか、空の上?


こんな天気で山の中。現実ではありえないことなんで二個も三個も起きたって不思議じゃない。

痺れの残る右の指先で紐を摘んでみればシャラランと高い音が転がる。よく見れば一見は大粒の鈴なのに綿密な装飾が施されて、それはまるで浮き彫りのデザインとも言えた。


不意に振ってみたいと思った矢先、宙を舞うように鈴を三回鳴らしてみれば……この世とも思えない世界が現れたって不思議じゃない。


そう思った矢先にまるで空間を揺らすかのように襖が乱暴に開かれるような音が山の中で大きく木霊する。忙しなく鳴り響くそれは機織りのように繰り返され、それが一瞬にして音がやんだ時にまた。手の中にある鈴がチリリンと音を鳴らした。



目の前には雪に埋もれつつある鳥居。

白の中に緋色が顔を覗かせている。それはまるで血のように鮮やかな色だった。鳥居の向こうは視界の端に見える世界とは違うものを映している。それはまるで青空を転写させているようにも思えたのだ。


「もし、人の子」


顎を引き、下を見てみればウサギのお面をつけた少女がこちら側を覗き込んでいた。


「……花の香りがします。貴方はこちら側の者に招かれてしまったのですね、それならば仕方ありませんね」


少女と女性の中間を取ったような声質の主は僕の目をじっと、見る。


「ならば行きましょう。貴方を待っているのがどんな方か見当がつきますから」


白魚のような小さな手がしびれのある右手を取り、僕を中へ引きずり込んだ。そこからだった。

視界がぐるぐると旋回してこれはスカイダイビングを疑似体験するかのように鳥居を飛び出してから下は穢れを知らない白だけが存在してる。


この落下していく中で少女の服に乱れの見られない。少女に手を握られているおかげか少しだけ不安は軽減されるが少女の方を一瞥した瞬間、クスクスと笑ったのを合図に僕の身体は激しく空へ舞ったのだった。







その後、少女に回収された。

そんな地獄を味わってからこの恐怖を味わう発端になった少女が「ごめんなさい」と儚く謝るもんでこっちは怒鳴る気満々だったのにあまり強く言い出せなくなった。


「今度はちゃんと連れていきますから。行きましょう」


再び少女と空中で手のひらを強く重ねると、足元から紅い花弁のようなものが粉雪と混じって吹雪くと視界は真っ赤に染まった。


「失礼、私の友が出過ぎた真似を」


……友?そんな不思議な言葉を呟いてから足が浮いている感覚が終わり、しっかりと土を踏みしめているのを感じられるとホッと心を撫で下ろした。


色素の薄い少女の紅の差した唇から鈴を転がしたような声が歓迎の言葉を紡いだ。


「ようこそ、山茶の屋敷へ」


たくさんの種類の椿が咲き乱れる屋敷へ青年は招かれたのだった。



***



雪のようにの真っ白な屋敷の一室に通されると今まで着込んだものが重く感じられてきた。ニット帽、マフラー、セーターとバカのように重ね着をしていた洋服を脱いでいくと身体が少しずつ篭っていた熱が抜けて軽くなっていく。


汗をかいたため最後の一枚であるワイシャツを脱ごうとした時に部屋の襖が開かれる音と共に人形のような少女が手拭いを入れた桶を持って現れた。


「まぁ、着替え途中でしたか。失礼しました」


「いやちょっと待って」


自由の効く左手で少女の細い手首を掴む。

色素の薄い彼女は戸惑いの表情を浮かべてからすぐに耳まで真っ赤にして俯いてしまう。


「あの、殿方の裸体を見たことがなくてその。どのあたりを見たら良いのか戸惑ってしまったんです……驚きましたか」


絹糸のようなまつ毛から紅椿のような瞳がちらりとこちらをた見つめ、はにかむように目を細める。


「いや、こちらも配慮をすべきだった。

図々しいかもしれんけど背中を拭いてくれないだろうか?見ての通り、右腕が満足に動かないから何かと不自由なもので」


脱ぎかけのシャツを手で押さえ、出会って間もない彼女にこんな頼みごとをするのは筋違いだと思っている。だが、大量の汗をかいたせいで風邪を引く前に拭い去りたかったからだ。


「……わかりました。では私に背を向けて下さりませんか、その。刺すような熱い視線で見つめられても恥ずかしいです……」


彼女に背を向けてシャツを脱ぐ。

後ろから手ぬぐいを絞り余分な水が桶の中に戻り水面を揺らす音がした後に背中に触れたのは手の温度より少し高い温もりだった。


不思議と心地よい。手ぬぐいは一点に置かれると少々熱いが一度動き始めれば後を引く気持ちよさが身体にしみてくる。


「お加減は如何ですか」


「とても、気持ちがいいです」


拭ってもらっている間、雪の中をさまよいさらにはスカイダイビングのような体験を思い返してみれば心身ともに疲弊していたらしく頭は睡魔に襲われつつあった。


「……んん」


「お疲れのようですね。お辛いのでしたら布団を敷きますのでそれまで少々お待ちを」


「いえ……お構いなく、こちらは招かれている身で尽くされるようなことを」


「私が貴方をここへ“呼んだ”のです。なので貴方は私の立派なお客様です」


呼んだ?

そういえばウサギのお面をつけた少女が僕は招かれた者って言っていたけど、これのことか。


「貴方は休まれて行けばよろしいのです。そうですね……雪に閉ざされた山奥にある少し高級な隠れ宿とでも思ってくだされば、それでよいのです」


身体がそれなりに拭われたのか浴衣のようなものをかけられた。


「茶を入れてきますので少々お待ちを」


襖の隙間から見えたのは少女の白い後ろ姿と紅い花弁持った低木樹だけだった。



***



白い彼女が部屋を出てから拭ける範囲を軽く絞った手ぬぐいで拭いてから背中に掛けられたのは男物の着物だったようで、ありがたく袖を通す。


襖にトントンとノック音。はい、と返事を返すと漆器に乗った湯呑みと急須、口休めの複数の落雁が盆の上で鎮座していた。


「熱いのがお好きですか?」


「今だけは熱いものをお願いします」


いくら拭ってくれたとはいえ、身体は芯から冷えていた。飲もうと湯呑みを持っただけでも火傷をするかと思ってしまうくらいに身体は冷え切っていたらしい。


「あつっ」


「お気を付けてくださいね」


熱がる姿を見て、少女は苦笑を浮かべていた。


「そういえば、君のことをなんて呼べばいいのだろうか。呼称でも愛称でもどちらでもいいから教えてほしいんだ」


少女は少し考えるような仕草をしたかと思うと白金の髪を揺らしてどうしたのだろうと思えば心底不思議そうな表情を表した。


「私は白雪(しらゆき)と呼ばれています。こちら側は人の世から離れた世界……俗に言う常世(とこよ)と呼ばれる場所です。なので私は人間ではありません。なので貴方も私どもに“真名”を教えてはいけませんよ」


真名……?真の名前ってことは本質を語ってはならないってことになるのか。


「僕のことは……そうだね、八重菊(やえぎく)と呼んでほしい。本当なら君のいう真名を名乗ってもよいと思ったのだけど郷に入ったら郷に従えって言葉もあることだし」


常世、そうか鳥居はその境目だったのか。

そしてこちらへ招かれた。

いつかは自分を招いた人物にも会わなくてはならないんだなぁ。


「それではよろしくお願いします────八重菊様」


白雪の虹彩は元々が紅と言っても薄い色だった。緋色と薄紅色の間の子と言えるくらいの色彩。彼女の名前を呼ぶと頬には赤味がさし、目元はやわらかく蕩けているようにも思えた。


雪が降っているというのに、誰かがいるようには思えないのはとても不思議なことだった。



この一件から彼女を白雪。

僕は八重菊と呼び合う間柄になった。

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