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003

「うわっ、何をするんですか!?」

「ナニって、決まっているじゃないの。ボウヤもこんなに元気にしているじゃない……」

 女性はローブを脱ぎ捨てていた。波打つ桃色の髪、こめかみの巻き角、長いまつげに泣きぼくろ。蛇のような眼は瞳孔が黄色く、白いはずのところは真っ黒。

「あ、悪魔……!」

「本当に気がついてなかったの?てっきりボウヤがワタシを潜り込む者だって気がついて誘ってきたのかと思ったのに」

 潜り込む者、サキュバスだ。

 人の夢に現れてはあんなことやそんなことをして精気がすっからかんになるまで搾られる。

「さ、誘ってなんかいませんよっ!!」

「ふふっ、コッチはこんなにしているのに嘘をつくだなんて……ワタシの魅了フェロモンを無視された時は驚いたけど、ヤル気だからわざわざ誘ったんでしょう?」

「だから違うって……おわっ!?」

 サキュバスが触れると、なんと着ていたものが全部ほどけ、ほつれてただの糸塊になってしまった。隠されていたすべてが(あらわ)になってしまう。

「あらなんて立派な……本当よ?ここ最近は大きさだけ大きくても不健康なヒトばかりで……でもこれはとても美味しそう。青色の魔力に違いはないってことね」

「青色の魔力!?」

「あの魔力を燃やすランプ、青色の光だったでしょう。ふふっ、わざとじゃなかったの?青色の魔力は絶品なのよ」

 なんということだ!

 あの光がたまたま青かったばかりにっ!

「さて、そのまま始めてもいいんだけれどみたところアナタ初めてなんじゃない?本当に面白いわ、こんなに美味しそうなのにだれも手をつけていなかったなんて……」

「ど、どいてください!」

「うふふ、大丈夫よ。お姉さんが全部体験させてあげるから……」

「ちょっ、うむっ……」

 抵抗を試みるが、失敗。

 正直に言おう、もうナニをされているのか分からなかった。

 確かなのは唇を奪われてしまったことと、その方法が猛烈だったことだ。

「んむ……ちゅ……ふふ、どう?」

「よくわかんなかったです……」

「あら?まあいいわ、夜は長いのだし……」

 サキュバスがべろりとした舐めずりをする。

 ここから先は危険な領域らしい。



 サキュバスは骨盤の辺りにのしかかり、身体を密着させて耳を舐め始めた。

 このとき聞こえていた音を説明しようにもできないので触覚の方を説明すると、まずサキュバスはその大きな胸をずっと押しつけてきていた。もはや柔らかい意外の感想は高鳴る鼓動に巻き込まれて消えたので割愛。

 耳はこそばゆく、すごく恥ずかしいが途中からなんだか心地よくなっていた。蕩けるとはこのような感覚を指すに違いない。

 あとは下半身の話になるがこちらも割愛。正直正確に伝わる気がしない。

 ただ驚いたのは、サキュバスには長い尻尾が生えていてその表面は細かい毛で覆われている。高級絨毯のさわり心地といえばいい感じだ。俺がドコでそれを触覚していたかは聞かないでくれ。事実としては暴発した。


「ふふふっ、早いのね。でも耐えている方よ?普通はみんな最初でワタシに支配されちゃって、精気を垂れ流すだけの人形さんになっちゃうもの」

「悪かったな早漏で!なあ、もういいだろ?これ以上は本当に駄目だって」

「駄目じゃないわ。アナタもせっかくならココに入れたいんじゃないの?」

 サキュバスが身を起こし、自らの下腹部に指が6本ある手を這わせた。そこには白い肌に赤黒い淫紋が浮かび上がっている。そして背中の腰の辺りからはコウモリの羽が生えていることもわかった。

 ちなみに毛は生えていないようである。ドコにとは言わんが。

「キレイでしょ?毎日剃っているのよ。その方が反応がイイから」

「日頃の地道な手入れを俺に報告しないでくれ!お願いだからどいて!」

 手でサキュバスの腰をつかんで力を込めるがびくともしない。サキュバスはすでに腰を浮かせて準備完了だというのに。

「もう、どうしてそんなにノッてこないの?フェロモンも効かないし、なんだか普通のオトコじゃないのね。言っておくけどワタシのは凄いよ?想像を絶する名器よ?」

「知らねえよ!そういう問題じゃねえ!」

「なら、なに?」

「だっ、だって……」

「……?」

「……こういうのは好きな人と愛を確かめあうから意味があるんだ」

「……」

「……」

 部屋の中にサキュバスの爆笑が響いた。

 半分超音波みたいな甲高い声だ。おそらく残り半分は本当に可聴域外なのだろう。

「ア、アナタあれね?ダメだ笑いがっ……ク、クソ童貞すぎるっ……!キャハハーーーハハーハ!」

「うるせえな余計なお世話だよ!わかったらどけっ!」

「どかないわよそんな面白いこと聞いたら!それっ」

「アッーーー」


 その瞬間、純潔の花が散った。


「あら?ごめんなさい笑いすぎて狙いがずれちゃったわ。このままイれないで擦るのもアリだけどやっぱり最初はちゃんとヤらなきゃ駄目」

「な、なに燃え上がってんですかっ!!」

 危なかった。もう少しで変態色魔相手に大切なものを散らすところだった。

 まあ、もう手遅れな気がしなくもない。

「ふふふ、次はちゃんとイれてあげるから。潜り込む者の矜持に賭けて」

「だからやめろって!こ、こうなったら」

 ヘンに真剣になってしまったサキュバスに抵抗しつつ、俺は背中をまさぐった。

 服がほどけたとき、シリンジはそのまま落下した。いま背中とベッドの間に挟まっている。

「それじゃ、テンゴクまでぶっとんじゃいましょう!」

「届けっ……!」


 ムスコの純潔を散らされる、その寸前で俺はシリンジをサキュバスのわき腹に突き立てた。

 念じたのは『即効性の』鎮静剤。

「な、なに?なにしたのい、ま……」

 サキュバスが驚いて硬直している間に投与が完了し、途端、サキュバスのテンションが下がっていくのが目に見えて分かった。

「落ち着く魔法だよ。お願いだから、俺の上から退いて欲しい」

「……わかった」

 サキュバスは先程までの強情さはどこへやら、素直に俺の身体の上から退くと隣へばたりとうつぶせに倒れこんだ。

「うへっ、うへへへ……なにやらヘンな気持ちね……ふわふわとしてて、溶けていくー……ああー……」

「サキュバスさん?」

 なにやら様子がおかしい。大人しくなるだけのはずなのだが……。

「こんなの初めてねー……わたし、あんまり酔わないんだけどなー……なんか、飛んでいるみたい……」

 察した。

 これは、キマっている。

 多分ヘロ○ンとかだ。保健の授業で習った……なんだか、シリンジの薬品選択に時折悪意を感じる。

「あなた、名前は?」

「へっ」

「名前」

「こ、小釜飛行(こかまとぶゆき)です……」

「長いー……コカくんね」

「コカくん!?」

 コカくん。発音しづらいうえに、その、コカって……。

「コーカーくーんー」

「うわっぷ!?」

 サキュバスに思い切り抱きしめられた。

 ヤバい、窒息する。

「うふふ……おっぱいの中で暴れないでよ……」

「じゃあ、ちょっと力抜いてもらえませんかね!?」

「ヌく?いいよーまだげんきだもんね……」

「違う!緩めろと言っているんだ!」

「はいはーい」

 ようやく抱き締める力の手加減をしてくれた。なんか股も開きやがったが無視しておこう。

「コカくん、さっきあいがどうとかっていっていたよねー」

「それが、なんだよ……」

 サキュバスは半開きの目で俺の顔を見つめている。鎮静剤の効果がどんどん出てきていて、脳の回転も遅くなっているに違いない。

「みけーけんのくせにね……なまいきにも……」

「それをまだ言うか」

「だからね……」

 聞いちゃいない。というか聞こえてないのだろう。


「だから、わたしがあいしてあげましょう」


「えっ」

 自分でもわからない驚きの声をあげた俺をサキュバスは再び抱きしめた。しかし、今度は柔らかく。というかろくに力が入っていない。

「わたしがあなたをあいしてあげましょう……うちゅうじんのような、ふしぎなあなたを……だから……こんどは……あいが、たりたら……そのときは、いっしょに……」

 サキュバスはそこで気絶した。寝たのではない。効きすぎた鎮静剤の効果で、目も開けたまま、よだれもたらしたままこと切れるように。

「お、おい……」

 まあ、すぐに寝息をたてはじめたのだが。

 殺すつもりはなかったので、死んでいなくて本当によかったと。

 ほっとしてしまった。



 あい、愛。


 思い出さなくてもいいことを、思い出す。


 先天性の糖尿病を患って産まれた俺にヘンな名前をつけて、俺に合わせて質素な食事をしてくれていた父。


 もはや面倒なことになるのが分かりきっていながら俺を産み、逆恨みをすることも後悔することもなく育ててくれた母。


 運動が苦手でも。

 勉強が得意でも。

 反抗期が来ても。

 途方もない将来の夢を語っても。


 すべて受け入れてくれた。


 あれが、愛なのだったとしたら。



 俺は、なんてことをしてしまったのだろう。



 俺は死んだ。


 両親を置いてきぼりにして。


 すべてを裏切って。


 祖父の葬儀から帰って来て、俺を、俺の死体を見たらどんな反応をするのだろう。


 注いだ愛が、無惨にもそこでこと切れていることに気がついたら、どんなに悲しむだろうか。


 それこそ、想像を絶する。


 俺の葬儀は行われる。その前に司法解剖か。


 そして死体が焼かれ、両親が死をどう受け入れ、拒絶するにせよ。



 そこに俺の魂はないのだ。



 俺はのうのうと、別の世界で生きている。


 生きて、クスリを盛った女から愛されるわけだ。


 ああ、なんて……。


 俺はなんて、恥知らずなのだろう。



 気がつけば俺は希望のシリンジに毒薬を願っていた。

 考えうる限りの最大の毒を。

 カートリッジが充たされる。インスリンと同じ無色透明の、正体不明の液体。

 俺はそれをいつものように、腹に突き刺した。

 投与が完了し、シリンジが浄化される。

 俺は死を待った。

 だが訪れない。

 さらに打ち、死を待った。

 だが、死は訪れない。

 興奮剤を願った。

 隣に眠るこの女をめちゃくちゃに犯してやろうと。

 だが、興奮剤の効果は現れない。


 わかっていたのだ。

 あのカミサマは、わかっていてこのシリンジを渡した。

 こちらの世界で俺が簡単に破滅しては困るのだろう。

 病気なんかにもかからないようにしてやろう、そう言っていた。

 あれは別にサービスでもなんでもなく、自分の不正が発覚する可能性を減らすためのものだったのだ。

 当然、毒薬も効かない。鎮痛剤も、本当はもっと即効性があったのかもしれない。

 改めて、ベッドのすみに落ちていた納品書を見る。

『抗体保持』

 おそらくこれは、俺が全ての害ある物質に対する抗体を持つことを意味する。


 俺は泣いていた。

 ベッドの上に座りこんで、ただひたすらに泣いていた。


 俺の身体は本当に健康そのものになってしまったようだ。腹部にあったはずのインスリン注射の跡もきれいさっぱり消えていた。

 俺の前の人生を思い出せるもの、思い出させるものはこの希望のシリンジだけ。

 皮肉なものだ。

 本当に。


「コカくん……?」

 寝ぼけたサキュバスの手に抱かれ、その豊かな胸に顔をうずめる。

 とても甘くて、安心する匂いがした。

「わたしが、だいててあげるから……なかないで……あいしてあげるから……」

「……ありがとう」

 サキュバスの腕の中で、俺は静かに泣き続けた。

 眠気覚ましの効果が切れ、泣き疲れて気を失うまで、ずっと。

はい。

という訳で、一昨日思い付き、昨日書いた中編でした。

思い付いていたのはここまでだったのでとりあえず書きました。ちなみに僕はあまり異世界転生ものを読んだことがないので、もしマナーとか守れてなかったらごめんなさい。

いまのところ続きを書くつもりはあまりない(し、書ける気もしない)のですがもしかしたら書くかもしれません。

では、ここまで読んでくれてありがとうございました。

感想などお待ちしております。

あと、よければ僕の他の作品も読んでみてください。

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