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002

「ここは、どこだ?」

 目覚めた森の中。自分の周りに軽くクレーターができている。身体を軽く触ってみたが、とくに怪我などは無いみたいだ。

「本当に、異世界に来ちゃったのかな……」

 それにしても森のど真ん中に放り出すとは。生きるのは簡単というわりに、さっそくハードモードな展開だ。

「さてと、どうしたものか……うん?」

 パーカーの右ポケットに何か入っている。取り出してみるとインスリン用のペン型注射器だ。

「俺の形見を俺が持ってきちゃうとは……でも確か糖尿病は治してくれたんじゃなかったっけ?」

 突然不安になった。インスリンを注射できないと、遅かれ早かれ俺は第二の人生の終焉を迎えることになる。

「あ、左ポケットにも何かあるな……納品書?」


 納品書

 小釜(こかま) 飛行(とぶゆき)

 転生基本セット適用

 身体:健康,遺伝子整形

 精神:変更なし

 個性:抗体保持,薬師

 持物:希望のシリンジ

 責任者署名:::カミサマ

 以下余白


 折り畳まれていたA4サイズの紙の上半分にそんなことが書かれていた。日本語で。

「健康にはなっているのか。とりあえず安心?」

 よく見ると二枚綴りになっている。捲るとそれは『希望のシリンジ取扱説明書』と書かれている。


 1:希望のシリンジを持ってください。

 2:希望する薬品を念じてください。カートリッジに薬品が充填されます。欲しい効果のみを念じると、希望のシリンジが自動的に近い効果の薬品を選びます。また、声に出すと希望がより正確に伝わります。

 3:通常のペン型注射器のように皮膚へ刺してください。希望のシリンジが適切な投与位置を検索して針を伸ばすのでだいたいの位置が合っていれば薬品が投与されます。

 注意事項

 1:一度に投与できる薬品は一種類までです。混合薬を投与したい場合は新たに薬品を定義してください。

 2:カートリッジへの充填には3秒ほどかかります。焦らずお待ちください。

 3:使用後、シリンジ内部や針は自動で浄化されます。浄化には4秒ほどかかります。

 4:本製品の使用による中毒事故等に当社は一切の責任を負いません。

 よい生活はよい製品からーーー天界医療器機信仰式会社


「シリンジ、この注射器のことか。見た目には変わっていないけど……」

 手にしたシリンジを眺めるが、やはりどこも変わった様子はない。

「ちょっと試してみるか……インスリン」

 目の前にシリンジをかざして唱えてみた。するとシリンジのカートリッジ内に液体が満たされ、三秒で満タンになった。見慣れた透明の液体。

「まあ、俺にはもう必要ないみたいだけどね」

 前の人生の最初から最後までくっついてきた薬がもう要らないというのは、爽快なようでしかし複雑な気分だ。本当に第二の人生を歩んでいるらしい。


「さて、とりあえずはこの森を抜けて誰かに会わないと……ここがどういうところだか知らないとな」

 歩き出そうとして、ふと思い付く。

 シリンジを取り出した。

「えーっと、光る液体」

 念じると、インスリンが入っていたはずのカートリッジには新たな液体が満たされた。青白く光っており、何かは分からないがランタンくらいの光量だ。

「おお、すげえ便利。間違って投与しないようにしないと……」


 明かりを手に入れ、森の中を進む。少し草を掻き分けると獣道のような場所に出た。

「ここを歩いていけば人に会えるか」

 履き慣れたスニーカーでなんとなく歩く。薄暗さは森の暗さというより単に夜であるからのようで、空を見れば見知った星はひとつもなく月はあるが明らかに形が違う。

「第二の人生、ねぇ」

 冷静になってきたが、あえて冷静になりきらないことにした。冷静になると、おそらく考えたらいけないことを考え始めてしまう。

「歌でも歌うか……なにが流行ってたっけね」

 確かアニメソングに有名な歌手が起用されたことが少し話題になっていた。あとは電撃引退したアイドルがいたり……よく考えればあまり流行りの曲を聞いたりはしていなかった。

「この世界にも流行りの曲とかあるのかな……」

 なんて、適当なことを考えながら歩いていた時だった。


「っ!?」

 ガサガサッ、と音がして驚く間もなくなにかが飛び出してきた。

 獣。イノシシのように見えるが、俺の知っているイノシシにたてがみがついたやつなんかいない。そしてそのイノシシは明らかに敵意を向けてきている。

「はは、そういえばここは森の中だし、当然イノシシの一頭や二頭でてくるよね……」

 独り言を呟くが、正直何も策が思いつかない。

 食われる……のか?

 持っているのはシリンジくらいのもの。逃げて許してくれるとも思えない。

 ん?シリンジは持っているじゃないか。

「そうだっ!うおっ!?」

 思いついた瞬間、イノシシが突っ込んできた。焦ったが反射的に偶然避けることに成功した。そういえば今の俺は健康体なのだから少しは運動神経もマシになっているということなのだろう。

「この隙に……麻酔薬!」

 唱え、シリンジに薬が充たされていく。

「うおおおっ!」

 勇気を出し、まだ後ろを向いているイノシシに飛びつく。驚いて暴れるイノシシの背中に思いっきりシリンジを突き立てた。

「これで、ぐおっ!?」

 麻酔薬の投与には成功したが振り落とされてしまった。イノシシは激怒し、牙で俺を刺し殺そうとしてきた。

 それをなんとか転がって避けたが、イノシシはもう突進の用意をしている。

「麻酔薬って、即効性のやつじゃないのか?」

 ゲームのようにはいかないらしい。まだまだ元気なイノシシが再び突っ込んでくる。

「量が足りなかったのか?ともかく時間を稼ぐしかない!」

 どうにか突進を避けつつ叫ぶ俺。

 家で一人でいるときにお風呂沸かしまーすとか、歯を磨いてやるぜぇ、とか誰も聞いていないのに、いや誰も聞いていないからこそ言ってしまうアレだ。自分で自分の行動を実況するとなんだか楽しいということだが、要はいま俺はそうすることで緊張を和らげている。白い目で見ないで欲しい。

「よしよし、だんだん避ける、コツが、つかめてきたけどっ」

 突進が単調で助かったが、それでも体力は消耗していく。このままではじり貧だ。

「何か、気をそらす方法はないかっ」


 あとから考えると木に登るとか威嚇してみるとか時間稼ぎに使える方法はいくつかあったのだが、このときの俺が思いついたのはたったひとつだ。

 そして、考える限り最低の方法だ。


「幻覚剤っ……!」

 シリンジ内に薬品が充たされていく。俺の認識をもとに自動選択されているとしたら、たぶん入っているのはL○Dだ。保健の授業で習った。あるいはマ○ックマッシュルーム。

「おらっ!」

 隙を見てイノシシに突き刺す。シリンジ内の液体が投与された。

「……あれ?」

 しかしイノシシはまだ怒っている。

「こいつも即効性は無いのかよっ!」


 あるいは量が足りないか。

 こうなったらヤケクソである。


「幻覚剤!麻酔薬!幻覚剤!麻酔薬!幻覚剤!麻酔薬!」

 薬物の連続投与。麻酔薬を連続投与するならおそらく幻覚剤は要らなかったし、なんなら最初から毒薬でも投与した方が早かったがこのときの俺にとってとにかく目の前の脅威が排除できればよく、無我夢中でイノシシをクスリ漬けにした。


 数分後、気がつくとイノシシは泡を吹きながら痙攣してぶっ倒れており、息を切らせながらも立っていたのは俺だった。

「俺の、勝ちだぜ、イノシシ野郎ゲホッゲホッ!」

 もう全身汗でびっしょりだ。骨折などはないが、擦り傷は増え右の足首を捻挫してしまった。

「い、痛み止め……」

 唱え、充ち、自分の腹に突き刺した。腹に注射したのは単に癖だが、ちょっと心が落ち着いた。

「痛み止めが効くまでは、座っていようかな……」

 栄養剤、と唱えてさらに打ち、座り込み、木にもたれ、深呼吸する。

 このシリンジがなければ危なかった。

 あのカミサマとやらは胡散臭かったが何だかんだで役に立つものをくれたらしい。

「眠くなってきた……でもいま寝たらまずい」

 また襲われるかもしれない。そのときさすがに起きていなければまずいだろう。

「そ、そうだ。レッド○ル」

 シリンジに向けて唱えてみたが反応がない。どうやら具体的な飲み物は出してくれないようだ。とすると光る液体はおそらく何らかの効果がある薬ではあるのだろう。

 眠気覚ましにちょうどいいと思ったのだが。

「でもカフェインって言ったらこの量じゃあ多すぎるし……眠気覚まし、とか?」

 ゲームでしか聞いたことのない薬だが、調合されたものが出てくるのなら純カフェインが出てくるよりはおそらく身体にいいもののはずだ。3秒たち、カートリッジに液体が充たされる。

「これで、どうだ……」

 打ってみると、だんだんと目が冴えてきた。カートリッジ容量が人間用に調整されているのだろう、イノシシに打った薬に比べて効きが早い。

 そして効果も劇的だ。

「そういう効果を期待したわけじゃ無いんだけどな……」

 なんというか、その、アレまで元気になってしまった。別に性的興奮があるというわけじゃなくて、ただ単にギンギンになっている。

 寝起きのアレと一緒だと考えて欲しい。

「まあいいや、起きていられるし……光る液体」

 ぼうっと青白い光が充ちる。これでいつ敵が来てもすぐに発見できる。


「あの、もし?」

「ひゃあああっ!?」

 でももたれている木の後ろから話しかけられるとは思っていなかった。慌てて振り向くと、黒っぽいローブに身を包んだ人が立っている。顔もよく見えないが、声からして女性だとは思う。

「この辺りでは見ない格好ですね……旅の方ですか?」

「ええまあ!はい!そんな感じですっ!」

 立ち上がり、前屈みぎみに返事をする。いやその、さっきの眠気覚ましのタイミングがあまりにも悪い。

「……体調が優れないのですか?近くに私の住んでいる小屋がありますから、よければ案内しましょう」

「いやっ、あの、大丈夫なんですけど、タイミングが悪いというか生理現象というかですね……」

 ものすごく清楚な感じの声の女性に我がムスコが元気すぎるのですとはとても言えない。というか、普通に言葉が通じている。これもカミサマの力か。

「この辺りは獣も出て危険ですし、お疲れのようです。遠慮なさらずに、着いてきてください」

「あっ、ハイ……」

 結局断りきれずに女の人の後を歩く。

 なんだかものすごくいい匂いがして、ヘンな気分になってきた。眠気覚ましの効果も悪影響を及ぼしているはずだ。

 お願いだから到着までに鎮まれ……!

「不思議な色のランプをお持ちなんですね」

「あっ、これですか?ああ、あの、祖父の形見でして……」

 適当な嘘をついた。流石にこの世界の情報がほぼない状態でこのシリンジの正体を明かすわけにはいかない。

「もしかして魔力を燃料にするランプですか?」

「ま、まあそんなところです」

「へぇ、噂には聞いていましたけど本当にあるんですね。ふふっ」

 どうやらこの世界には魔力とかいう概念があるようだ。多分だが、俺が想像する範疇を越える魔力とか魔法は出てこない。ほぼ断言できる。なぜなら俺にはカミサマの基本セットが適用されているらしいからだ。

 言葉がそのまま通じ、呼吸ができている時点でこの世界は想像を越えないはず。ちょっと冒険がなくて寂しい気もするが、そんなものなのだろう。


「あ、あの小屋です」

 女の人が指差す先には小屋というよりも、キャンプ場とかにあるコテージにそっくりな家が建っていた。

「日が昇るまでこちらで休んでいって下さい。さ、どうぞ中へ」

「あ、ありがとうございます。お邪魔します……」

 シリンジをとりあえずインスリンで充たすように念じなおして明かりを消し、促されるままに中に入ってみると、なんというか、想像とは違う感じの部屋だった。

 まず入ってすぐ目に入ったのは中央に設置された三人は寝れそうな大きなベッド。全体が薄暗く桃色に照らされていて、また部屋のあちこちに引き出しがある。

 そしてなにより窓がない。

「あ、あの、ここって土足で入っても」

 ガチャリ。

「いいんで、しょうか……」

 明らかに鍵を閉められた。振り返ると女の人がなにやら唱え、ドアに魔方陣が浮かび上がっている。

「ええ、いいですよ。そしてあなたはここから出られない」

「えっ!?」

 気がついたときにはぶわっ、と吹き飛ばされ、ベッドの上に落下していた。

 そして全裸の女性が身体にのしかかっていた。

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