旅に出ることにしてみた。
これは悪の権化であるはずの魔王がなぜか人助けばかりをしてしまい、みんなから感謝されてしまうお話です。
魔王とは世界一の暇人だ。
私の仕事といえば勇者が来るのを待っているだけ。
決められた場所にしか移動することが許されない。
退屈すぎて書庫の膨大な数の本も全冊何度も読み返してしまった。
稀にある刺激は勇者がここまで到着したときだ。
「くふふふ、勇者よ。南の魔王である私に挑むとは愚かな」
「黙れ! 魔王、ひとびとの笑顔のため貴様を絶対に勝つ!」
……せっかくの勇者一行を瞬殺してしまった。
また勇者が現れるには勇者の魂が転生してのを二十年は待たなければならない。
また待つ日が続くことになる。
これで再び退屈で死にそうな日々が始まる。
この魔族一の美貌も絶大な魔力も暇の前では無力だ。
いったいどうすればいいものか?
王としての仕事は有能な部下任せにしている。
上司としては部下の仕事をとるような真似はできないし、勇者関連のことを除けば内政にも侵攻にもなんら問題がない。
部下が優秀すぎるのもつまらないものだ。
まさにお飾りである。
ある天気の好い日、バルコニーに出て風景を見渡した。
荒涼とした世界で、人間界でありながら魔界のような趣がある。
世界中をこのような景色にすることこそ我が使命である。
早い話が、魔族が住みやすい環境作りが目的だ。
魔族に優しい世界を目指しています!
すでにこの大陸の十分の一を占領し、着々と人間の領土を侵食している。
十分の一というと少ないように感じられるかもしれないが、ここは大陸だ。
とてつもなく広いのだ。そこの十分の一を占領した国家は歴史書にも書かれていない。
残りの大地は生活するのに向かない場所がほとんどだから、実質的には大陸の三分の一を制したも同然なのだ。
残りの生活が可能な土地に住む人間共は、二十以上もの国家に別れていたり、何十もの部族に別れて存在している。
魔王軍は一致団結しているが、人間同士といえば我が脅威の前に互いにいさかいを起こしてばかり。
数の多さが人間の有利さなのに、それをちっとも活かそうとしないのである。
何百年も昔、この魔王城とその周辺のわずかな領土から侵攻を始めたときは、少しばかり不安もあったが現状はというと全戦全勝の呆気なさで、さすがに人間共へ憐憫の情が湧いてきたほどだ。
実に退屈なゲームだ。
少しでも勇者が私の玉座にたどり着きやすいよう四天王をあえて退けておいても今回のように瞬殺で終わってしまうようなものしか現れない。
まあ、四天王に勝てないようでは私に勝てるはずもないのだが……。
さて次の勇者が来るまでの二十年以上もの年月をどうしたものか?
魔王城の放出する魔力で血の色に染まった空を見上げると、ふと気がついた。
「あれ? 私、ここにいなくても良くね?」
内政も侵略も部下に任せておけばそれでいいし、事実私は暇に殺されそうになっているのが我が魔王軍の状態だ。
この風景も見飽きた。
「旅に出るか」
書物でしか知らない場所を自分の目で見ていたい。
この現状より千倍は楽しそうだ。
魔王が仕事放棄してなにが悪い。
魔王なんだから自由に思うままに生きるべきだ。
しかしこの大陸では顔が知られていてまずいし、間違っても部下たちに会ってしまうと気まずい。
せっかくだし、思い切って別の大陸に行こう。
というわけで、私は東の大陸に向かった。
我が魔力で空を飛んでいけばあっという間である。
「おお! すごい」
海沿いの岸壁の上を歩きながら植生の違いに感動する。
緑の葉に太く逞しい樹木の森は、私の視覚を魅了した。魔界ではお目にかかれないシロモノだ。
「おっと、そうだった」
長年のひきこもり生活のおかげでくせになった独り言を口にすると、私は変身の呪文を唱えた。
「これで、おかしくはないか?」
書物から知識に従って、平凡な一般人の姿に変化した。
といっても魔族の証である角を消し、魔王の装束を普通の衣類に変えただけである。
「しかし私のような絶世の美女に似つかわしい服だろうか?」
こうつぶやくと同時に森の奥から悲鳴が聞こえた。
並みの人間なら聞き取るのが不可能なくらいに遠くからだが、確かに聞こえた。
私はそちらの方に向かって走り出した。
トラブルの匂いがする!
面白そうだ。
見物をするために私はあくまでも人間の速度を守って走った。
たどり着くと、そこには数十メートルはある高い木の先端に掴まった人間の女が助けを求めていた。
「誰か〜! 助けてください!」
ど、どうやって登ったんだろう?
人間は空を飛べないはずだが。
そもそもなんであんな場所にいるんだ?
むくむくと興味がわいてぜひ事情を聞きたくなった。
しかしそれには魔王と悟られないように彼女を助けださなければならない。
どうすればいいんだろう?