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魔王「勇者さんご飯作ってください」
魔王「お腹すきました、ご飯作ってください」
勇者「しょうがないな……そこで座ってろ」
魔王「やたっ、勇者さんのご飯。今日は何を作ってくれるんですか?」
勇者「なんだかよく解らない魚を焼いたのと、なんだかよく解らない植物のサラダ的な何か」
魔王「おー。美味しそうですね」
勇者「いや、美味くできるかどうかは解らねぇぞ……なんたって魔界の食材なんて、ここに来るまで使ったことなかったからな」
魔王「でも、最近ご馳走になる度に美味しくなってますよ」
勇者「そりゃどうも。でも良いのか?」
魔王「なにがです?」
勇者「ここ、独房。俺、勇者。お前、魔界の女王。問題ありすぎる組み合わせだろ」
魔王「確かにこの部屋は独房って扱いですけど、それは建前ですよ。実際はちゃんとしたお部屋でしょう?」
勇者「まぁ、風呂は広いし、トイレは綺麗、ベッドはフカフカで、オーブンつきの調理場までついてる独房ってのは、フツーないだろうが」
魔王「ね? それに私は勇者さんのこと、人質とか生け贄とか捕虜とか思ってませんし。そもそも、そんなものいりませんって、ちゃんと断ったんですよ? なのに人間の国王が無理矢理に勇者さんを押し付けてきたんです」
勇者「え、そうだったのか?」
魔王「降伏勧告しに人間のお城に行ったら、『頼む! 勇者を差し出すから命だけは勘弁してくれー!!』って土下座されました」
勇者「マジかよ……あのジジイ……」
魔王「いらないって言ったんですけど、命乞いとゴメンナサイの嵐で……部下とか娘さんの目の前でひたすらソレをやられて、同じ為政者としてちょっと、その……憐れになりまして」
勇者「泣き落としの押し売りかよ」
魔王「結局こっち側の対外的なものもあって、『人類敗北、魔王軍全面勝利』の証として、こうして勇者さんには『捕虜』として、魔王城で窮屈な思いをさせてしまって……申し訳ないとは思ってます」
勇者「いや、別に良いんだけどな……もう慣れたし」
魔王「そう言ってもらえると、私も気が楽になります」
勇者「それはそれとして、なんでお前は俺のところにしょっちゅう顔を出すんだ?」
魔王「さっきも言いましたけど、私は勇者さんを人質だなんて思ってません。客人として扱いたいと思ってます」
魔王「でも、対外的なこともあるし、魔物のほうもまだまだ人間嫌いばかりで……言葉の壁のことも込みで、話し相手になりそうなのが殆どいないものですから」
勇者「……俺の暇潰し相手を、 わざわざ?」
魔王「それもありますけど……私も、その、楽なので。勇者さんと話すの。ようは、体のいいサボり口実ですね。対外的には執務の一部と言うか、『人間への理解を深めるため』としていますが」
勇者「実際は飯を食いに来てるだけだけどな、お前」
魔王「あはは……でも、勇者さんが来るなって言うなら、もう来ませんよ」
勇者「……」
魔王「私のことを恨んで、恨み言のひとつも言ってられれば気も紛れるかなって……そう思って来てるのも、ありますけど……顔を見るのもホントは嫌だっていうなら、遠慮なく言ってくれればと思います」
勇者「別にお前のこと恨んだりはしてないぞ」
魔王「……前から思ってたんですが、なんでです?」
勇者「好きで勇者になったわけじゃないからな……知ってるか? 勇者ってな、生まれたときにヘソの下に星形のアザがあるやつのことなんだよ」
魔王「……初耳です」
勇者「おう。俺はソレがたまたまあって、祭り上げられただけで……なりたくてなった訳じゃないんだ」
勇者「だから別に恨むことでもないな、ってな……たまたま俺が勇者になった時、たまたま人類が降伏しただけなんだから。ほれ、できたぞ」
魔王「……二重にありがとうございます」
勇者「ま、恨むとすれば俺を売った国王だな。なんだよアイツ、俺には期待してるとか言ってたくせに……」
魔王「あはは……」
勇者「それに俺だって、魔物を結構殺してるしな……俺から見れば、お前が俺を恨んでないのだって不思議だよ。結局、俺一人じゃ大局は動かせなくて人類負けたけど……幹部格も何人か殺ったんだぞ?」
魔王「それはお互い様じゃないですか。どっちもがどっちもを殺してるんです。それでお互い憎んで……じゃあ何時、その戦いを止めるんですか?」
勇者「……正論だな。お前本当に魔王なのか?」
魔王「ちゃんと魔王ですって。ただ、私も疲れたんですよね……『死ね魔王!』って意気揚々とやって来た人たちを殺すのも、『魔王様! 今日は人間をたくさん殺しました!』なんてニコニコ報告する部下を見るのも……」
魔王「だからちょっと本気になって人間界攻撃して、良いとこで降伏勧告したんですよ」
勇者「なるほどな」
魔王「実際のところ、その攻撃でどちらともに人は死に、人間側が負けたことで人間は魔物から迫害されたりするので……その、完全に平和とはいきませんけど」
魔王「でも、不当な扱いや、奴隷化の禁止はちゃんと法律にしてあるので、ゆっくりでも人間の皆さんが暮らしやすい世の中にしていきたいとは思ってます」
勇者「……そうやって人格者だから、嫌うに嫌えないんだよな」
魔王「これは人格者であるとか、そうでないとかではありません。勝者の義務ですよ。何もかも奪うのでは、獣と……いえ、獣以下ですから」
勇者「……そうだな。ところで、食べないのか? 冷めるぞ?」
魔王「勇者さんが席につくの待ってるんです。気分はお預けされたワーウルフなので、なるべく早くしてください」
勇者「そうか。じゃ、少し待て。洗い物ももう終わるからな」
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魔王「勇者さん、勇者さん」
勇者「飯か?」
魔王「はい」
勇者「わかったわかった。待ってろ」
魔王「お願いします」
勇者「……」
魔王「どうしたんですか?」
勇者「いや、本当に魔王なのかと思ってな……」
魔王「もー。また疑ってるんですか? 」
勇者「だってお前、魔王っぽくないしなぁ」
魔王「でも、人間っぽくもないでしょう? 見てください、この尖った耳!」ピコピコ
魔王「キラリと光る八重歯!」イー
魔王「人間の血液みたいに真っ赤な瞳!」カッ
魔王「そしてなにより、常に色が変わり続ける七色の髪!」ファサッ
魔王「……ね? 人間には見えないでしょう?」
勇者「人間には見えないが……四肢があって、指が五本で……体つきはフツーに女だし」
魔王「お、女の子の身体を気安く評価しないでくださいよう」
勇者「いや……魔王のイメージとは、なんか違うなぁって」
魔王「人間が勝手に作った『脚色』(イメージ)で話されましても……」
勇者「あー……そりゃそうか。俺もあるからな。『なんか思ってた勇者と違う』みたいに言われたこと」
魔王「お互いに偶像っぽくされてるとこ、ありますよね」
勇者「あるよな……あ、今日は煮物に挑戦するぞ」
魔王「楽しみにしてますよー。……あ、ちなみにこの髪はですね。私の身体に流れている魔力があまりにも膨大なので、その影響で髪の色が常に変化しているんです」
勇者「マジか。魔王すげぇな」
―――――――――
魔王「勇者さん、お腹がすきました」
勇者「嗚呼、俺もそう思ってたところだ」
魔王「ご飯お願いします」
勇者「今日は野菜中心でいいか?」
魔王「どんとこいです」
勇者「しかし、お前なんで俺に飯作らせるんだ? お前魔王なんだろ? 炊事してくれるやついないのか?」
魔王「魔界でも指折りのシェフを何人か、お抱えにしてますよ?」
勇者「じゃ、俺の飯なんて食わなくてもいいだろ」
魔王「……気持ち悪いんですよね」
勇者「なにが?」
魔王「料理人の人たちが」
勇者「飯じゃなくて相手の好き嫌いかよ」
魔王「だってあの人たち、私の好きな食材を、私の好きな味付けで調理するんですよ!?」
魔王「火入れも味の濃さも何もかもが完璧で、私が苦手なものは一切出さない! それで、『魔王様、お味はいかがでしょう』って、美味しい以外どう言えって言うんですか!」ムキー
勇者「……確かに、それは気持ち悪いかもな。なんか一方的に、自分のことを全部把握されてる感じがして」
魔王「でしょう? しかも私に取り入る気満々というのがまた……疲れるんですよね。ご飯食べるだけで、なんで疲れなきゃいけないんですか。しかも毎食毎食一人でモソモソ寂しく食べてますし」
勇者「魔王も大変だな」
魔王「立場ってものがありますからね……だから、勇者さんのご飯が好きなんですよ」
魔王「味はまちまちで、素朴で、たまに私の嫌いなものが出てきて、でも、一緒に食べてくれて……何て言うか、『温度』を感じるんですよね」
勇者「……そうか。ほら、出来たぞ」
魔王「……あ、これ私の嫌いなやつ入ってる」
勇者「俺は知らねぇから食うぞ」
魔王「どーぞ。私も避けて食べますから」
―――――――――
魔王「勇者さん、今日のご飯はなんですかー?」
勇者「よく解らない肉のオーブン焼き。オーブンにはもう入れてあるから、できるまで待つだけだぞ。付け合わせももうできてるし」
魔王「それじゃ勇者さん、待ち時間に魔界チェスしましょう!」ガタガタ
勇者「……なんだその、魔界チェスって。つーかどっから出した」
魔王「魔界のテーブルゲームですよ。人間界のチェスに似てるんです」
勇者「ふーん……」
魔王「ホントはもっと違う名前なんですけど、発音できませんからね」
勇者「発音できないってどんな名前だよ」
魔王「□▼◆◆◎▲●▽……です」
勇者「……は?」
魔王「だから、□▼◆◆◎▲●▽……ですってば」
勇者「……全然聞き取れなかった。ほにゃりき……なんだって?」
魔王「それはそうでしょう。魔界語ですからね」
勇者「魔界語!?」
魔王「魔界の標準言語ですよう」
勇者「そんなもんあるのかよ……」
魔王「人間界とは文化も人も違いますからね。当然言葉も違います」
魔王「あと、今勇者さんに聞こえたのも正しくはありませんよ。魔界語は、人間が聞き取れないくらいの周波数の音も使うので……ですから勇者さんに解りやすいように、魔界チェスって言ったんです」
勇者「そうなのか……って、じゃあお前がフツーに喋ってるのって……人間の言葉、勉強したのか?」
魔王「そうですよ。言葉が通じないと降伏勧告どころか、意志疎通が出来ませんからね……前も言ったじゃないですか、言葉の壁があるって」
勇者「そういう意味も込みだったのか……流暢すぎて、魔界でも人型のやつはこの言語なのかと勝手に勘違いしてたわ」
魔王「勉強は得意なんですよ。人間語も、喋るだけなら三時間でマスターしましたし」
勇者「言語を三時間で覚えるって相当なもんだぞ」
魔王「カタコトでしたけどね。今では結構すらすら話せてるので、たぶん勇者さんに失礼はないと思います」
勇者「失礼もなにも、魔界語なんて言葉があることも気づいてなかったくらいだ。……あ」
魔王「どうしました?」
勇者「いや、今まで戦った魔物がいろんな鳴き声出してたのって、実は魔界語で『死ね』とか言ってたのかなって思って」
魔王「たぶんそうですね。通じてないから意味ないですけど」
勇者「言葉が通じるって大事だな……お、そろそろ出来るぞ」
魔王「そうですか。じゃあ魔界チェスはご飯食べてからにしましょう」
勇者「ちゃんとルールから教えてくれよ」
魔王「お任せください」
―――――――――
勇者「……うーん」
勇者「……もしかして、この調味料のビンらしきに書いてある文字、全部魔界語なのか?」
勇者「人間界の、どっか俺の知らない国の調味料かと思ってたが……まさかこれも、なんだかよくわからない調味料だったとはな……」
勇者「あー……今度あいつが来たら、聞いてみるか。そのままだと、ちょっと使うのがこええし」
勇者「……塩とか砂糖、胡椒みたいなのはあるんだがな。これもよく似た違うやつなのかね……こっちはもう使っちまったから、今さら気にすることもないか」